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とらべるぼーる  作者: 原雄一
第一章 転移《と》ぶ
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鷹は自分の推測を皆に伝える

 今回は少々長め。

 教室では、数学科の高山(たかやま)郁美(いくみ)先生が、静かな声で授業をしていた。これだけ長く授業をサボっていたにも拘らず、彼女に怒った様子は無い。

 帰って来たクラスメイト達は戸惑っていたが、将治だけは違った。予想の範疇だと思っていた。やっぱりか、と言う納得さえあった。


 五時間目終了のチャイムが鳴る。二年二組は結局、状況をいまいち掴めないまま五時間目を終えた。殆どの者が将治に寄って来る。


「おい、あれって結局どういう事だったんだ?」


 皆が口にしたのは、そういう質問だった。将治はまず、落ち着けと手で制すと、説明を始めた。


「びっくりするなよ、ってのも無茶な話だが」そう前置きした。「ま、推測も交えてね」


 将治は一つ咳払いをした。


「俺達があの空間に行ったのは、あの結城って奴が言った通り、ヴァンの力だろう。そもそもヴァンは、空間転移能力を持つとされる宝玉だ。そして、これを手にした者は戦い続けなければいけない。――そう神話には書いてあった」


 一瞬、思い出す目つきになる。


「あの空間――まあ、今回はジャングルだったが、あそこで起きた事は多分全部現実だ。ただし、把握してるのは俺達のあの結城って奴、それからもう一人と考えていいだろう」


「もう一人って?」


 慶尚が尋ねた。眉を顰めている。


「もう一人ってのは、あの白い部屋で俺が言った、結城より偉い奴の事だ。多分そいつは、俺達の戦いを見ていて楽しんでやがる。最低の人間だ」


 皆が唾を飲み込むのが分かった。確かに最低だ。人の死を見て喜ぶなんて。

 人の死と言えば――今回の戦いで一体何人死んだだろう。今この場にいないのは七人……。


「それから、あの白い部屋には、三十着以上の服が掛けられてた。多分、あれを着ると有利に戦える。勘だけど」


 全員が押し黙った。将治は全員の顔を見渡す。


「あと、あの白い部屋だけど、あそこは多分、『ヴァンの中(・・・・・)』だと思う」


 将治は、手に持っていたヴァンをひらひらと振ってみた。


「初めてあそこに行った時、慶尚のヴァンが消えてただろ?」


「ああ……」


 慶尚が曖昧に頷く。


「あれは多分、慶尚のヴァンの中(・・・・・・・・)に入ってた(・・・・・)って事なんだ。で、帰りは俺のヴァン」


 将治は帰りに、自分のヴァンが無くなっていた事によって、あの白い部屋がヴァンの中であると言う事を確信したのだ。


「それから、疑問もある」


「疑問?」


 安西が、聞きなれない単語を訝しむかのような顔で言った。


「そう。例えばこれ」将治はヴァンを示した。「何人気付いてるか知らないけど、これ、物質を透過するんだ」


 さっと、全員の顔が上がった。友人を殺され憤っていた者、泣いていた者例外なく。


「この壁も透過する」


 将治は、教室の廊下側にある壁の一方向からヴァンを抛った。ヴァンは壁を通り抜け、反対側に待ち構えていた将治の左手に捕まえられた。


「ところが。ところが、だ」将治はヴァンを徐に落とした。「この床はすり抜けない」


 将治の落としたヴァンは、通常のボールや何かと同じように、コンと奇妙な方向に弾き飛ばされて転がるだけだった。


「他にもあるぞ。集団失踪事件の事だ」


「ああ、昨日の朝、『めざましテレビ』でやってたな」


 大西が発言した。将治も首肯する。


「そう。俺も『めざまし』で見たんだけど。あれ、そのあと続報見た奴いる?」


 ……誰も手を上げない。将治は、やっぱり、とでも言うように小刻みに頷いていた。


「あのニュースは、あのあと一回もやってないんだ」誰もが訝った。「それだけじゃない。ニュースに取り上げられてないどころか、みんな忘れてる(・・・・・・・)んだ。集団失踪事件の記憶をごっそりと」


 驚きの表情が現われるのが直ぐに分かった。そうだろうそうだろう。俺も初めは驚いたものだ。母にあの言葉を聞かされた時は。


――あら、そんなものやってた?――


 母は、そう言ったのだ。あの時の当惑を、将治は今でも思い出せる。

 そして父も言った。


――そんな事あったか?――


 忘れていた。あのニュースを見ていたにも拘らず。それに、他にも例はある。


「俺が確認したのは、ウチの父さんと母さん、それから角井先生と阿部先生――特に阿部先生やなんかは、いつもなら知ってる筈だ。角井先生もな」


 阿部(あべ)義孝(よしたか)先生は社会が担当教科であるし、角井先生は生来が世間話好きだ。知っていてもおかしくない――と言うより、知らない方が不自然だった。


「…でも結局、原因はこのヴァンなんだろ?」


 望月が言った。


「ああ、あくまでも多分、だけど」


「どうする? これ捨てちゃうか?」


「いや、やめた方が良い」将治は即座に否定した。「と言うより、やめておけ」


「なんで?」


 望月が訝しむと、将治は一つ溜息を吐いた。まだ気付かないのか、と言うような動作だった。


「一人、いないだろ? この場に」


 辺りを見回してみる。いないのは先程ゴリラに殺された者達だけに見えるが――健一、遠山、八島、石川、柴田、御調、土肥……、いや、もう一人。


「――原口」望月が口を開けた。愕然、と言った感じだ。「原口がいない」


「そ、原口」将治も頷いた。「あいつ今日、ヴァンを持ってくるの忘れてただろ。だから――多分だけど――それで死んだんだと思う。って、まだ死んだとも限らないけど」


 そう言えば確かに、将治が登校した時、原口は済まなそうにその事を告げていた。そして改めて、原口の影の薄さに不謹慎ながら感心する。さすがは『サイレントキリング』の異名をとるだけの事がある。


「だから、ヴァンは捨てられない。肌身離さず持ってるしかないんだ」


「……じゃあどうすればいいんだよ……!」


 何人かが絶句した。それと同時に、六時間目のチャイムが鳴った生徒たちは、各自自分の席に戻って行った。

 六時間目は社会だ。いつもなら活気に溢れる社会。しかし今日は皆、意気消沈していた。大切な友達――少なくともクラスメイトを失ったのだから当然だ。寧ろ、これで意気消沈しない方がおかしい。

 しかし、将治はその『おかしい』人間の方だったようだ。

 彼は意気消沈などしていなかった。先を見据えていた。過去を振り返っている暇はない。その事を、はっきりと自覚していたのである。

 死んだ人間はもう戻らない。それは間違いない。だから、俺は『次』を見据えて行動する。

 将治は固く決意した。

 第一章《vsゴリラ編》完結。


 死亡:七人

    加藤 健一

    遠山 英治

    八島 悠二

    石川 舞香

    柴田 遥子

    土肥 優里枝

    御調 奈菜

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