鷹は豹に助けられ、豹の言葉から凡てを察する
黒い部屋――。
見ていられない。『彼』は思った。もう何度目だ、この光景を目にするのは――数えようとして、途中で止める。その試みは、思い出したくも無い思い出を想起させる物に他ならなかったから。
彼は縛り付けられていた。頑丈な鎖で、壊れそうもない。武器も使えない。手も足も出ない、とはまさにこの事だろう。
〈黒い部屋〉と呼ばれるこの部屋には、自分と、自分を縛り付けている鎖と十字架、そしてモニターとタイマーしかない。
眼前にあるモニターには、四人が死んだジャングルが映し出されていた。短時間で四人。虐殺に他ならない。彼は拳を強く握り、鎖を振り解こうと腕を前に突き出した。が、やはり無駄だった。鎖は頑丈で、千切れそうもない。
モニターの横にはタイマーが設置してある。それは『15:00』から徐々に数字を減らしていき、今は『6:18』だった。
あと六分――あと六分だ。耐えてくれ。モニターの向こうの少年たちに向けて祈る。そうしたら、俺が行くから――。
モニターの向こうで、ゴリラが不意に腕を上げた。そして拳を開いて地面に打ち付けた。
ドンキーが地面から手を離すと、夥しい血の跡と二人分と思われるぐちゃぐちゃになった死体が見えた。彼は思わず嘔吐しそうになったが、奥歯を噛み締めて堪えた。
ゴリラは追いかける足を少し緩めた。もう飽きたのかもしれない、そうであってくれ――彼は切に願った。
ゴリラは雄叫びを上げて胸を叩いた。ゴリラによく見られる、あの動作だった。低く、重い音が周囲に響いた。
ゴリラは雄叫びを止めると視線を下に落とし、少年たちを睨みつけた。
あと何分だ。タイマーを確認する。あと十秒。ゴリラが腕を振り上げる。あと五秒。頂点で一度止める。あと三秒。振り下ろす。あと――。
* * *
ジャングル――。
ゴリラの身体が真っ二つに割れた。黒い巨体がぐらりと揺れ、鮮血が吹き出す。それは辺り一面にばらばらと降って来、文字通り血の雨となった。
『彼』は降り立った。手にはサーベルのような物を持っている。それにも鮮やかな血が付着しており、それでゴリラを切ったのだと直ぐに分かった。
ゴリラが倒れ込んだ。ずずうううん、と巨体の沈む音がする。それと同時に、『彼』の持つサーベルが小さくなり、ヴァンの形を成した。彼がそれを自分の胸に当てると、ヴァンは吸収されるかのようにどこかに消えた。
「悪い、遅くなった」
彼は言った。
「誰だよあんた?」
将治は、率直な疑問を口にした。助けてもらっておいておこがましいが、訊かずにはいられなかった。当然だろう。突然訳の分からない怪物と戦わされ、何人もの友人が死に、そこへ見知らぬ男が突然現れたのだ。正体を訊きたくもなる。
「俺は〈死闘士〉。現在唯一ヴァンを身体に装備する事を許されている。名は――」
そこで彼――〈死闘士〉は言葉を切った。将治らがここへ来た時に感じたのと同じ感覚――歪みを感じ取ったからだ。――気が付くと、そこは白い部屋だった。
「――名は結城忍だ」
将治は時計を見た。時刻は一時二十七分だった。
「順を追って説明していこう。お前たちがここに来たのは、このヴァンの力だ」
結城は着ていた服の前をはだけ、胸を見せた。そこには、身体と一体になったヴァンがあった。
「このヴァンには、空間転移能力がある。転移できる距離はほぼ無限、地球上どころか宇宙にでも行ける。――と言う噂がある」
結城は微笑した。
「速く喋った方が良いんじゃないか?」
場に似合わないような、毅然とした声で言い放ったのは、将治だった。時計をちらりと確認する。
「……あと二十秒」
結城は驚いた顔を作って見せた。
「……すごいな。一回目でそこまで見抜いてるのか」
「だけじゃないぜ」
「ほう?」
結城は興味深げに眉を持ち上げた。
「あんたの上に偉い人がいるってのも分かってる。それから、ここが何処かも」
ここが何処であるかは、来た時から分かっていた。そして、帰って来た事で確信を持った。
「…成程、有能だ」結城はまた微笑した。「ま、その通り……なんだろうな、きっと。帰ったら教えてやれよ」
「ああ」将治は頷いた。「分かってる」
カチリ。時間だ。視界が一瞬歪む。景色が消える。結城が消える。気付いた時にはもう、彼らは教室にいた。




