鷹は楔の名を思い出す
その日の昼休みは勿論、誰も外に行かず、トイレだけを済ませて全員が教室に集まった。
「……さて」
将治は、教卓に手を突いて言った。こうしていると教師のようだ。
「みんな知ってると思うけど、全員の家に、こういうものが届いた」
将治は黒板に正八面体の絵を描いた。白で囲った正八面体の中に、緑で円を描く。「これはまあ……黒だと思ってくれ」将治は補足した。
「で、これが、俺達二年二組の生徒全員に届けられた。差出人は不明。調べたところによると、こいつが届いたのはこのクラスだけ。――ま、状況はそんなモンか」
将治は一呼吸置き、全員を見渡した。
「いないと思うけど、これに心当たりがある奴は?」
誰も名乗り出なかった。当然だろう。いたらとっくに言っている筈だ。クラスの大半が、自分の手許にある正八面体に眼を落とした。
「……だよな」それほど落胆してもいない声で、将治は呟いた。
「でもよ、そんなにビビる事無いんじゃないか?」
口を開いたのは黒川だった。クラスメイトの中の――特に、黒川の事をよく思わない連中の――視線が集中した。
「だって、何も起きてないんだし」
「ま、そうなんだけどさ」
将治は反論できなかった。と言うか、何故こんなに不安を持っているのか、自分でもよく分からなかった。
「でもまぁ、警戒するに越したことは無いと思うぜ。差出人不明で、なんだかよく分からないものがクラスメイト全員に届けられてるって言う事だけでも、充分不審なんだから……ん?」
将治は、台詞の最後で少し動きを止めた。それから、「あ」と漏れたような声を出す。
「どうした?」
訊いたのは正成だった。
「いや……そうか、それでか」
成程――やっと分かった。何故自分がこんなにも不安を感じていたのか。何の事は無い。将治は知っていたのだ。
「分かったよ、なんで俺がこんなに不安だったか」
全員の視線が上がった。
「俺は知ってたんだ。俺は昔、神話かなんかでこいつの話を聞いた事があったんだよ。確かこれの名前は……」
将治は顎に手を当てて、虚空を見つめた。名前は……、名前は……。
「〈ヴァン〉」将治は独り言のように呟いた。「そうだ、〈ヴァン〉だ」
「それなら聞いた事がある」
朝山が言った。
「ヴァン――空間転移能力がある宝玉の事……。その時は『下らない』としか思ってなかったけど……まさか自分が関わる日が来るなんて」
朝山の口調は、どこかうっとりとしていた。
「でも、本当にそうだとしたらやばいぞ」
将治は、夢見心地の朝山を現実に引き戻すため、意識的に厳かな口調で話した。
「だって、ヴァンを手にした者は――」
しかし、言葉はそこまでしか続かなかった。不意に感じた『歪み』の所為だ。それは例えば、家中の本棚にある書物が全て天地逆にされているような違和感で、長くは続かなかった。ほんの一瞬の出来事。しかし、将治の言葉を止めるには充分だった。
『家中の書物が全て天地逆にされている』……だと……?
時空が歪んでるじゃないか……!!




