その8
○登場人物
宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)
橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)
南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)
山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)
村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)
武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)
橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)
橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)
加奈子ちゃんの症状は順調に回復に向かっていった。
病室も個室から大部屋に移り、症状に比例するように加奈子ちゃんも元気を取りもど
していく。
オジさんも慎重さは保ったままではあるけれど、大きな波は静まったようだと安心し
ていた。
このまま体調が良くなっていけば、あと数日で退院できるらしい。
僕は学校からの帰りぎわに毎日面会に訪れていた。
彼女の友達と鉢合わないように部活が終ってから。
この日もそのつもりで夕暮れ時に病院へ行った。
「大和くんだ」
加奈子ちゃんの笑顔はこれまでのように快活な印象に戻っていた。
ただ、このときはそれを感じる間もなく変化がやってきた。
「おじゃましてまぁす」
加奈子ちゃんじゃない声だった。
声の方を向くと、笑みをこぼしながらこっちに手を振っているウチの制服姿の女子が
いる。
誰なのかはすぐに分かった。
南江くるみだ。
加奈子ちゃんの友達の中では彼女だけが体育会系の部活をしていて、部活終わりで面
会に来ている。
そうなると時間がカブってしまうため、わざわざ部活の仲間と喋ったりして、そこも
外していたのに。
しまったと思ったけれど、同時に疑問も浮かんできた。
こっちは南江がいることに驚いてるのに、彼女は僕がいることに一切驚いていない。
どういうことだと考えてると、「ごめん」と加奈子ちゃんから謝られる。
「くるみにね、バレちゃった」
あっさりと告げて、2人でなにやらクスクス笑っている。
その様を眺めながら、事態をうまく呑みこめずにあっけらかんとするしかなかった。
「そういうことだから」
そう言い置かれ、置いてけぼりの感覚になる。
完全に2人のペースの中での流れであって、僕はそこに乗っかることができない。
その流れをうかがうようにしてると、南江が加奈子ちゃんに「ほらっ」と何かを促し
ていく。
「大和くん、あのね」
そう言いだして、加奈子ちゃんは側にあった雑誌を広げて見せてきた。
この地域を扱ってるローカル雑誌で、ここらへんを特集してる記事だった。
加奈子ちゃんが指したのはここからそう遠くない丘だった。
「退院したらね、ここに一緒に行きたいの」
「うん、いいよ」
断る理由なんてないから即答した。
「いい?」とまた聞かれ、「うん」とまた返す。
加奈子ちゃんはホッとしたように表情を崩す。
「よかった」
そう南江と理解しあっていたけど、僕には真意はまったく分からなかった。
2人だけの間で成り立ってるものは最後までつかめなかった。
なんとなく気持ち悪さは残ったけど、そこに割って入って聞きだすだけの余裕はこの
ときはなかった。
この状況に着いていくのがやっとだったから。
結局、この日は不完全燃焼のまま帰ることになった。
「それ、知ってる、知ってる」
疑問を投げかけると、山津高志はすぐに反応した。
「あれだ、恋愛成就」
続くように村石樹も反応する。
加奈子ちゃんに誘われた丘について次の日に友達に聞いてみると、簡単に情報を得る
ことができた。
変に勘ぐられないように近所の子の話ってことにして。
「恋愛成就?」
「あぁ。なんかさ、そこに行くと恋愛運がアップするらしくてよ。夫婦で行ったら円
満になるし、カップルで行ったらずっと一緒になれるし、好きな人と行ったら両想いに
なれるし、1人で行ったら恋人ができるっていう」
そんなことは初めて聞いた。
そんな夢のような場所がわりと近めにあったなんて盲点すぎる。
「まっ、そんなとこに1人でいたら周りに笑われっから1人で行くやつなんていない
けどな」
「そりゃそうだ」
そう2人は大笑いしていく。
乗っかって笑っておいたけど、どこか乗りきれないところがあった。
自分の知らないうちに周りはしっかりとそういう知識を高めていってることに。
僕は本当に毎日をだらだら過ごしてるだけなのかもしれない。
みんなも見えてるところでは同じようにしてるのに、見えないところでこうやって成
長のための努力をしてるみたいだ。
自分もちゃんとしとかないと、いつのまにか見えないとこまで離されていっちゃうか
もしれない。
山津は小学校、村石は中学校からの友達だ。
それ以外にも仲のいいクラスメイトは今までそれなりにいたけど、気の合う仲間って
いうのはこの2人だった。
意味のあること、意味のないこと、思い出せないぐらいのいろいろな話をした。
まぁ、だいたいは意味のないことだけど。
「それさ、そこに行って何すんの」
「何って、景色見たり、手つないだり、キスしちゃったり」
山津は盛り上がるように言ったけど、いたって普通といえば普通だ。
別に、他の丘だってできるじゃないか。
「何か特別なこととかないの」
「特別って?」
「いや、そういう恋愛成就とかって何かあんじゃん。神社だったら絵馬を書いたり、
お参りしたりとか」
「うぅん。ないかな」
なんだ、それ。
そういうのって、何か2人で共同作業とかしたりするから恋愛成就のスポットになっ
たりするんじゃないのか。
「だからさ、あんま信じらんないよな。なんか、そういうふうに勝手に言ってるだけ
なんじゃねぇの」
なんとも疑わしい曖昧な情報だった。
でもまぁ、そんなこと言いだしたら世の中には根拠の具体性の怪しいその手のスポッ
トなんていくらでもあるんだろう。
そういうのに乗っかって幸せな気分になれるんならそれでいいんだろう。
つまり、加奈子ちゃんもそのうちの1人ということか。
そこに行くことで幸せな気分になりたいのか。
そして、当然の疑問も生まれてくる。
その相手が自分ということ。
加奈子ちゃんがそこに一緒に行きたい相手、幸せな気分に導く相手が僕なのか。
そう考えつくと、なんだか急に心がそわそわしてくる。
どう受けとめればいいんだろう。
都合よく解釈していいのか、その奥に何か別の意味でもあるのか。
考えていくけれど知識の乏しい僕には答えに結びつけるのは難しかった。




