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その7



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 変化があったのはその1年後になる。


 同級生のほとんどが恋愛に興味を抱き、異性を充分に意識しつつ、それを胸のうちに


収めていた。


 女子はドラマで見るような恋愛に憧れ、自分にもそんなことが起こってほしいと期待


する。


 加奈子ちゃんもそういう影響を受けやすい人だった。


 男子は雑誌で得る異性の情報に奮わされ、現実ではそれを無理に隠している。


 僕もその通りの人だった。


 誰もが恋というものに感受性が強くなってるときだけど表面に出すことを恥ずかしが


っていた。


 だから、学年にいくつかいるカップルはヒーローのような扱いを受ける。


 みんなの望むところにいる数少ない男女は羨望の的で、僕のようなやつはその様を傍


から眺めてるのがお似合いなんだろう。


 正直、僕は加奈子ちゃんに対して少なからずそういう意識は持っていた。


 僕の唯一の仲の良い異性なんだから自然とそうはなっていく。


 もはや、この年齢でそれだけ仲の良い女子ができることは考えない方が正しいといえ


るから、彼女をそういう対象として捉えるのはごく当たり前の流れではあった。


 でも、僕はそれを現実では無理に隠している。


 加奈子ちゃんが変わらなく接しているから、僕も変化をつけにくい。


 なにより、そんな度胸は僕には備わっちゃいなかった。


 加奈子ちゃんに変化がないんだから、加奈子ちゃんの気持ちにも変化はないんだろう


と決めていた。


 この関係はしばらくこのままなんだろうなと感じていた。


 中学2年生になっていた僕らは初めて同じクラスになった。


 「一緒のクラスになれたらいいね」と毎年言ってたから、ようやくそれが叶って「や


っと一緒だ」と喜んだ。


 ただ、叶ったからといって大きく何かが動くこともなかった。


 普段教室にいるときはそれぞれの友達で集まったり話したりしてたし、これという接


点はなかった。


 思春期特有の気恥ずかしさで近づくことを難しくしていたから。


 そんな距離を保っていた僕らに変化が起こる。


 それは良くもあり、悪くもあるものだった。


 夏に差しかかろうとしている暑さを感じはじめたころの授業中。


 席順でいうと加奈子ちゃんは僕より前にいたから勉強に打ちこんでる姿はよく目にし


ていた。


 僕は心ここにあらずな状態で物思いにふけっていたせいで、そのときは視界はぼんや


りとして集中に欠けていた。


 けど、加奈子ちゃんの異変は早めに察した。


 見慣れた姿が縮まっていき、耳慣れた声がだんだん上がっていく。


 やがて、苦しそうに机にうずくまり、呼吸の感覚が狭くなっていった。


 先生が近寄り、友達が集まり、心配そうに声をかけていく。


 それ以外の人たちは何もできず、目の前で起こってることを眺めるしかなかった。


 僕もその一人だった。


 すぐにでも近づいて声をかけたかったのに、心配でたまらなかったのに一歩も動けな


かった。


 先生に教室の外に運ばれていくのをただ見ていた。


 先生と加奈子ちゃんのいなくなった教室はざわざわと騒がしくなっていく。


 騒いでるのは何もしなかった人たちだ。


 加奈子ちゃんの友達は不安な表情で小さく声を発している。


 僕はそのどっちにもならなかった。


 一人きりで不安と後悔に押しつぶされそうになっていた。


 加奈子ちゃんの体の不安と何もできなかった自分への後悔。


 しばらくすると救急車が学校まで来て、加奈子ちゃんは運ばれていった。


 サイレンの音に学校中の人間が教室の窓から注目していく。


 それでも、僕だけは席から動くことができなかった。


 これが別の生徒のことだとしたら、僕も他の人たちと同じようにしていたと思う。


 なのに、今は周りの様がやかましくて異様な怒りをおぼえた。




 放課後になると、部活には出ないで病院へ直行した。


 走りはしなかった。


 考え事をしながらだったから歩きの方がよかった。


 あと、自分にはそこまで急ぐだけの資格があるのかっていう迷いもあった。


 加奈子ちゃんが苦しそうにしてる姿を近くで目撃していたのに何もできなかったやつ


がそんなに心配を前面に押し出していいのか、そこまで心配ならどうしてあのときすぐ


に側に行ってあげなかったんだ、そう心内でせめぎあっている。


 本当は救急車の後を追うように駆けだしたかった。


 それが本音であることに間違いはない。


 ただ、行動はそれと同じにはなってくれなかった。


 それも間違いなく事実だった。


 目の前であんなことになったのに全く動くことができなかった。


 ああなる可能性があることは知っていたはずなのに、それをどこか現実的には受けと


めきれずにいた結果だ。


 今さら悔やんでも遅い。


 結果が出てから現実と受けとめたところで事はもう起こってしまってる。


 正直、病院に行くことさえためらっている。


 あれから授業中も気が気じゃなかった。


 今すぐに駆けつけたい願望、何もできなかった後悔、その間で揺れている思いをどう


しても結びつけられずにもがいていた。


 それは今も続いている。


 どんな顔をすればいいのか、その顔をすることができるだろうか、そう罪悪感と闘っ


ている。


 その答えを出せないまま、病院に着いた。


 行くべきかは悩んだけれどそうした。


 行くことで生じるマイナスな感情より行かないことで生じるマイナスな感情の方がは


るかに大きいはずだから。


 受付に行くと、今は面会はできないと言われた。


 どうしようと考え、オジさんとコンタクトを取ってもらうことにする。


 数分後にオジさんはロビーに来てくれた。


 「着いてきなさい」


 そう言われ、後ろを着いていくと集中治療室に通された。


 数年前にも来たことのある部屋。


 でも、あのときとは状況も違う。


 僕は成長もしてる分、ここにいることの意味もあのときよりは分かる。


 そして、それがまたこの心を痛めていく。


 「今はある程度は落ちついてるよ。ここに運ばれてきたときはかなり苦しそうにして


たけどね」


 部屋の中のベッドに加奈子ちゃんはいて、その横にはオバさんもいた。


 その周りをいろんな医療機器が囲んでいる。


 少しすると、オバさんが僕に気づいて軽く頭を下げてくれたから同じようにする。


 それを見た加奈子ちゃんもこっちにゆっくり視線を向けてきた。


 視線が合うことには怖さもあった。


 全てを見透かされてしまいそうで。


 けど、僕は視線を外すことはしなかった。


 自分がそうしてしまうことの方が怖かった。


 加奈子ちゃんが見ているのに、返してあげないなんて薄情の過ぎる人間になることは


今以上の後悔を確実に生むことになる。


 そんな自分であることは耐えられないだろう。


 だから、視線はしっかり合わせていた。 


 でも、視線が合ったまま、僕はやっぱり何ということもできなかった。


 声をかけてあげることも、笑顔を見せることも、少しでも近づくこともできずにただ


立ちつくすだけだった。


 教室のときと同じ状態だったけど、あのとき何もしなかったのに今になって手の平を


返すようにするには僕は若かった。


 まだ青さが邪魔な年だった。


 しばらくそのままでいると、加奈子ちゃんの目から涙が一雫流れていった。


 それが僕の心の奥にまで強く突き刺さっていく。


 自分に向けられた初めての女性の涙だった。


 今までに感じたことのない深い感情が募ってきて、僕も泣きそうになっていた。




 加奈子ちゃんは当分の間は入院生活を送ることになった。


 依然として詳しい原因はつかめてない病状のため、慎重に検査をして経過を見ていき


たいようだ。


 学校も翌日から長く欠席になってしまう。


 学校では体調不良というふうに強調されて説明がされていた。


 クラスメイトの輪の中では悪い病気じゃないかと鋭く突いてくる意見もあったけど、


どれも想像を超えるものじゃなかった。


 彼女の友達、特に仲良くしている南江くるみは面会もできない現状に心配を隠せずに


いた。


 声を掛けてあげたいぐらいだったけど、そうもいかなかった。


 適当な言葉を掛ける関係じゃなかったし、かといって全部を話すのもはばかられる。


 僕と加奈子ちゃんが昔からの知り合いと伝えるのも今さらだし、僕だけ特別に集中治


療室まで行ったことを伝えるのも言いずらかったし。


 結局、僕は何を変えることもなく、今まで通りの教室でのポジションにいることを選


んだ。


 選んだというよりも、変わることを選べなかったという方が近いんだろう。


 放課後になると、きちんと部活に出た。


 南江たちが面会に行こうと言ってるのが聞こえたから時間を置くことにして。


 僕も早く会いに行きたかったけど、女子たちと同じ場にいたら普段のようにいること


は難しくなる。


 気を長くして待つしかなかった。


 そして、部活が終わるとようやく病院へと向かう。


 距離が近づいていくほど気持ちも急ぎめになっていく。


 加奈子ちゃんは個室に移っていて、今日は普通に面会をすることができた。


 加奈子ちゃんのいる個室まで行くと、女子たちがいないだろうことをうかがって扉を


ノックする。


 返事があったので扉を開けると、加奈子ちゃんとオバさんがいた。


 加奈子ちゃんはベッドに横になりながら僕を目にして、オバさんは僕のことを歓迎し


てくれた。


 少し前まで南江たちもいたらしく、加奈子ちゃんの状態を実際に目にしていたく心配


してたようだ。


 それは僕も似ていた。


 加奈子ちゃんがこれだけ弱ってるのを目にするのは初めて会ったころ以来だったし、


感受性が豊かになってきている年頃だから深く感じるものもある。


 今すぐにでも助けてあげたいけど、昔のようにはいかない。


 その対象は目には見えないもので、医者にも治せる見込みがないものだから。


 自分は彼女に何をしてあげられるんだろう、そう迷いこんでいくとフッと温かい感触


が伝わってきた。


 オバさんはさっきから席を外していたから、それがどこから来たものかはすぐに分か


った。


 ベッドからはみだしてきた加奈子ちゃんの左手が僕の右手をつかんでいた。


 加奈子ちゃんは昨日のような不安げなまなざしを向けている。


 よく分からないまま、僕はその手を握りかえした。


 何か見た目より奥に繋がれるものがあるようだった。


 「昨日、こうしたかった」


 弱めな声で加奈子ちゃんがつぶやく。


 昨日、あのときに感じたやるせなさは加奈子ちゃんにもあったのかもしれない。


 それが涙になって出たのかもしれない。


 そう感じ、昨日の分の思いも込めて握った。


 そこから言葉はなかったけど、それ以上に通じるものがあった。



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