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その3



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 それから数日後、僕は小学校へ入学した。


 暇ばかりの時間がなくなったのはよかったけど、学校は学校で疲れるところだった。


 今までにはなかった、決められた時間割の通りに進行していくこと、多科目の勉強、


授業中は自分の席でジッとしていること、いろいろと慣れない環境にスムーズに入りこ


めない部分はあった。


 まぁ、休み時間と給食と体育とホームルームは良いもんだったけど。


 そんな変化もありつつ、加奈子ちゃんのお見舞いに行くことは続けた。


 毎回オジさんやオバさんに「また来てね」と言われるから行かないと白状な気もする


し、他に特別やることがあるわけでもないし、なにより僕自身が前向きな気持ちだった


のが大きい。


 少しずつ加奈子ちゃんが回復していくことや少しずつ心を開いてくれることが嬉しか


った。


 病室も個室から大部屋に移り、淋しさも緩和されていったようだ。


 安定した状態になったからオバさんは面会時間に付きっきりになることはなくなった


けど特に問題はなかった。


 大部屋の患者で若い年代は彼女だけだったけど、みんなに温かく接してもらえて明る


さも取りもどしていった。


 そして、その明るさは僕にも届けられるようになった。


 自然に話してくれるようになったし、笑顔も見せてくれるようになった。


 僕が面会に行くと「大和くんだ」と笑顔で手を振って迎えてくれて、2人きりでいて


も不自由なく会話は進んで、帰るときには「バイバイ」とまた笑顔で手を振って送って


くれる。


 その時間はどこか気恥ずかしくもあり、楽しいものだった。


 女の子と2人きりでいるっていう恥ずかしさもあるけれど、純粋に2人でいることは


楽しかった。


 会話で多かったのはやっぱり学校のことだった。


 入院で入学に間に合わなかったから、未知の世界である小学校については興味津々だ


った。


 特に興味を持っていたのは給食と勉強。


 ずっと病院食ばかりになっているせいで、給食のメニューを伝えると「いいなぁ」と


うらやましがられる。


 勉強は意外だけど、まだ体験してないから無いものねだりのような気持ちになってる


みたいだった。


 きっと体験してしまえば、イスに座って長時間を勉強して過ごす退屈さを分かっても


らえるだろう。


 ただ、今のところそれを知らない彼女からは好奇心の質問を毎度されていく。


 そんな話を続けてくうちに帰る時間になる。


 「バイバイ」


 そう手を振ると、加奈子ちゃんも笑顔で手を振りかえしてくれた。


 「バイバイ」




 小学校に入学してからは面会に行くことが毎日の日課になった。


 放課後に帰るとき、通学路からはずれて病院に寄ることが。


 むしろ、それ自体が通学路のような気さえしてくるように。


 加奈子ちゃんもオジさんもオバさんもいつも温かく迎えてくれた。


 オジさんは病院に勤めてるけど仕事もあるし、オバさんも家事があるから僕が面会に


行くことをありがたく思ってくれていた。


 入院生活は退屈だから話し相手がいることは結構大きいらしい。


 大部屋なので他の人たちもいるし、雰囲気も和やかではあるけど、常に同じ空気とい


うのもそれはそれで慣れてしまうものだ。


 ほどほどがちょうどいい。


 そこに外からの人間が来ることで、そのほどほど以外のところを埋められるし、空気


の変化にもなる。


 それを自分が担ってるってことだろう。


 「大和くんだ」


 この日も加奈子ちゃんは笑顔で迎えてくれた。


 「ねぇ、ここ分かんない」


 そういきなり広げてきたのは算数の教科書だった。


 昨日習ったばかりのところだったから難なく教えていく。


 加奈子ちゃんは入院しながら独自で勉強をしている。


 担任の先生も毎日学校終わりで面会に来ているそうで、学校に行けてない分の遅れが


出ないように個別で教えてくれているらしい。


 通常の授業に比べるとずいぶん少ない時間になってしまうけど、こういう状況だから


それはしょうがない。


 ああだこうだボヤいても何が変わるわけでもない。


 当の加奈子ちゃんはそんなことをすることもなく、勉強を楽しんでるようだった。


 僕らにとっては厄介でしかないけど、彼女にとっては暇な時間を潰せる快適なアイテ


ムになってしまうから。


 マンツーマンでの仮授業で足りない分は自習で補っていく。


 なんせ、時間は余るほどあるから自習はいくらでもできる。


 そこで分からないところがあると、こうして僕だったり親だったり先生だったりに聞


いて解決させていく。


 「勉強、楽しい?」


 「うん」


 即答する加奈子ちゃんの気持ちは理解できなかった。


 「大和くんはどうして嫌いなの?」


 「つまんない」


 大体の新一年生はこう答えると思う。


 僕が多数派。


 「ふぅん、面白いのに」


 彼女が少数派。




 小学校に入学してからいくらか経っても加奈子ちゃんの入院生活は続いていた。


 最初に面会に来たときからはだいぶ良くなってて、どこに不具合があるのか外見から


探すのは難しいくらいになっているのに。


 素人目からすれば、もう退院してもいいんじゃないかと思えてしまう。


 けど、加奈子ちゃんはまだ入院している。


 だから、それが疑問になってくる。


 本人に訊ねると、たまに気分が優れないときがあると言われた。


 「大丈夫?」と聞くと、「大丈夫」と返されたからそれ以上は聞けなかった。


 でも、最近は元気な姿しか見ていないから納得しきれないところもある。


 疑問は重なっていく。


 そんなとき、放課後に面会に来ると廊下でちょうどオジさんを見かけた。


 「おぉ、来てくれたのか」


 オジさんはいつもと変わらず気さくに声をかけてくれた。


 加奈子ちゃんのところに行ってきた帰りだったらしい。


 「行ってきてやってくれ。オジさんはこれから昼飯なんだ」


 そう横を過ぎていくのを引きとめる。


 「オジさん」


 「んっ」


 「加奈子ちゃんはいつ退院できるの」


 訊ねてみると、そうしないうちに返される。


 「じきにできるよ」


 「じきに、っていつ?」


 「そのうちにだよ。はっきりした日にちは分からないけどね」


 うまく流されてしまう。


 「加奈子ちゃんはどこが悪いの」


 訊ねてみると、今度は少し間があって返された。


 「場所を変えようか」


 着いてくるように言われ、オジさんの後ろを歩いていくと食堂に着く。


 給食は食べたか聞かれ、食べたと答えると、なんでも好きなジュースを選びなさいと


言われた。


 お言葉に甘えてりんごジュースを選ぶと、オジさんは炒めモノの定食を頼み、それを


持って空いてる席へ移動する。


 「良い景色だろ」


 食事を始めたオジさんは箸で窓をさした。


 食堂の窓からは近くにある川が見えて、満開は終ったけれど桜の木々が立ち並ぶ景色


も見れる。


 とはいえ、こんな子供にはいまいちピンとこないのが本当のところだ。


 景色よりりんごジュースを飲むことの方に重点は傾いている。


 「まさか、あそこに加奈子が落ちるなんてなぁ」


 フッと言いもらしたオジさんの言葉に意識は傾く。


 オジさんの視線は窓の外に向いていた。


 「俺の不注意だったのかもしれない」


 息をつき、呟くように言葉は出てきた。


 「加奈子はね、生まれつき体が弱いんだ」


 これまでとは違う事実を告げられた。


 だけど、いきなりでうまく呑みこめない。


 「昔から入退院を繰りかえしていてね。胸のあたりがちょっとおかしいんだけど、原


因は詳しくは分からないんだ。原因が分からないから治しようもなくて、俺も困ってる


んだよ。幸い今のところは重い症状にはなってないけれど、いつそうなるかの保障はな


いんだ」


 話自体の内容に明確さが欠けているので理解しきれないものがあった。


 ただ、加奈子ちゃんの体がよくないことは確かだった。


 「あの日は検査のために病院に来てたんだ。体調が良くて、特にこれまでと変わった


ところは見つからなかった。それで、家に帰るってときに入口のあたりで奥さんと話を


してたら、加奈子が川にいるからって先に行ってしまったんだ。桜が満開のときだった


から近くで見たかったんだろう。まぁ、話もそう長くはないし、川はすぐそこだからい


いだろうとそのまま行かせたんだ。太陽が輝いていたから雨上がりってことをすっかり


忘れてしまってた。川の水位をあがってるのが珍しくて側に行ったところで貧血ぎみに


倒れこんで流されたみたいだ」


 それがあの日の自分に繋がっていくことになる。


 「話が終った後、奥さんと一緒に川に行ってみても河川敷には誰もいなかった。川沿


いの道を歩いてる通行人も大人しかいなかった。加奈子がいる気配はまったくなかった。


どうしたんだと慌てると、目の前の速く流れていく川を見てまさかと思ってね。血の気


が引いてったよ。川を下ろうとしたけど、ここに流されたんなら追いつくことはできな


いだろうなって絶望に覆われていって。そうしてるうちに病院から溺れた加奈子が運ば


れてきたって連絡が入って、すぐに戻ったよ。一命を取りとめたことに俺も奥さんも心


から安堵した」


 医師の顔じゃなく、完全に父親の顔になっていた。


 いくら医者であろうと、そこは患者ではなく娘にしかならないんだろう。


 「今回のことで、症状が悪化してないだろうか心配なんだ。だから、慎重に経過を見


ることにしている。学校に行かせてやりたいのはもちろんだが、それ以上にあの子の体


の方が大事だ」


 前を見ていたオジさんの顔がこっちへ向く。


 「これで納得してもらえたかな」


 そう訊ねられ、素直にうなずく。


 それにオジさんも「そうか」と納得する。


 「君には本当に感謝してるよ」


 そう伝えると、オジさんは再び定食に箸を伸ばしていく。


 僕も残っていたりんごジュースを飲みはじめる。


 「これからも会いに来てやってくれよ」


 そう言われ、飲みながらうなずいた。


 全て飲みほすと、食堂から病室へ向かっていく。


 大部屋に入っていくと、窓際のベッドにいる加奈子ちゃんは僕にいつもの笑顔を見せ


てくれた。


 「大和くんだ」




 僕と加奈子ちゃんが病院に運ばれてから一月が経とうとしていたころ、ようやく朗報


を耳にすることになる。


 加奈子ちゃんの退院が決まった。


 溺れたことによるものについては完治していたけど、それが彼女の強くはない体に与


える不具合がないかどうかを懸念してきた。


 けれど、経過を見るかぎりはこのまま入院をさせておかなくても大丈夫だろうという


結論になった。


 オジさんもオバさんも、もちろん加奈子ちゃんも喜んでいた。


 「やっと学校に行ける」


 そう加奈子ちゃんはハニかんでいる。


 きっと、これで学校なんてそんなに期待するところじゃないっていう現実にも気づく


んだろう。


 「ねぇ、学校でも大和くんのところに行っていい?」


 「うん」


 何気なく返答したけど嬉しい言葉だった。


 退院は当然望んでたことだけど、そうなると僕と加奈子ちゃんの間にある線が切られ


てしまうんじゃないかと考えていたから。


 僕らは今はこの面会という形で続いている関係だったから、それが無くなるとなると


この先に何があるんだろうと。


 でも、この言葉が聞けたことで解消することができた。


 「よかった」


 僕もよかった。


 時間も過ぎて、家に帰ろうとさよならをして病室を後にする。


 すると、ちょっとしてから後ろからオバさんに呼ばれた。


 「少しお話しない?」


 そう言われ、軽くうなずく。


 連れていかれたのはオジさんとも来た食堂だった。


 何でも頼んでいいと言われたのでオレンジジュースを選ぶと、オバさんも同じものを


選んだ。


 席に着くと、ジュースを口にしてから話は始まっていく。


 「ありがとね、いつも来てくれて」


 いきなり感謝の言葉からだった。


 「病院の人たちも相部屋の人たちもみんな優しくしてくれるんだけどね、同年代の話


し相手っていうのが大和くんしかいないから」


 どこか呑みこみきれなくもあった。


 僕は僕で、ここに来たくて来ているわけだから。


 しょうがなく来てるんじゃないし、来たくないんじゃないから、そのことで感謝の気


持ちを持たれるっていうのはなんかおかしくも感じられた。


 「あの子ね、大和くんが来てくれるの楽しみにしてるのよ」


 その言葉は僕の心の中をフッと浮かせた。


 嬉しくもあり、恥ずかしくもある言葉だった。


 「よく大和くんの話をしててね。学校がない日だと大和くんも来れなかったりするで


しょ。そうすると、楽しくなさそうにしてるのよ」


 確かに、学校がない日だと病院に来ないときもある。


 さすがに連日すぎるのもどうかと思ったし、休日は家族で出掛けたりもするし。


 ただ、その裏でそんなふうに思ってくれてたなんて知らなかった。


 和やかに話は進んでいっていたけれど、一つ落ちつくとオバさんは息をついた。


 「加奈子のパパが言ってたんだけどね、大和くんがいなかったらあの子はたぶん助か


ってなかったって」


 冷静な表情になり、僕をちゃんと見てオバさんは言った。


 「あの子がいなかったらって考えるとね、居たたまれない気持ちになるの。あのとき、


川に加奈子が流されたんじゃないかっていうとき、本当に心の中に何もなくなったよう


になったわ」


 切ない表情を浮かべ、オバさんは窓の外に見れる川の方を見ている。


 「だから、大和くんには感謝してる。あなたのおかげで私たちは助かったわ」


 そう直に告げられたけど、うまく返せなかった。


 照れもあったし、話も深かったし、どう表現していいのかに迷って。


 涙ぐんでいたオバさんは振りはらおうと笑みを見せる。


 「これからも加奈子と仲良くしてあげてね」


 最後のお願いにはきちんとうなずくことができた。



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