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その2



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 退院をしてからはそれまでと変わりない日常に戻っていった。


 近所の友達と遊んだり、家族と出掛けられるときはよかったけれど、予定のつかない


ときは退屈でたまらない。


 なんとなくだらだらとテレビを見たり、おもちゃで楽しんだり、外を歩いたりして暇


な時間をどうにか潰していく。


 子供にはありあまるほど時間はある。


 なのに、見える世界が小さいせいでそれをうまく活用することができない。


 だから、同じ人たちと同じ時間に同じことをしていく。


 僕の日常はちっぽけだった。


 ただ、一つだけ変わったことがあった。


 一つだけだったけど大きな変化が。


 あのときの女の子がどうなってるのかが常に気になっていた。


 集中治療室でのあんな状態を目にしてしまったせいで気がかりはよけいに増している。


 大丈夫と言われても安心しきれない。


 本当に目は覚めてくれるんだろうか。


 あのまま目が閉じたままだったらどうしよう。


 そう考えると不安でたまらなくなってしまう。


 実際にあの子が目を開くまでは消えそうになかった。


 そう悟り、退院してから2日後に病院に行ってみた。


 橋山という名字と勤務医の娘ということと2日前に自分と一緒に運ばれた子というキ


ーワードを並べていくと、受付の職員も察することができたようだった。


 けど、まだその子とは面会ができないからと柔に言われて、帰るしかなかった。


 人間、叶わないと思いは募っていく。


 何をしていてもフッとその子のことが思いうかんでいく。


 自分の手で助けた子がちゃんと助かってくれないと心情は不定なままにしかなってく


れない。


 募る思いをかかえたまま時を過ごし、再び2日後に病院へ行った。


 2日前に行ったときに名前を聞いていたので、今回は受付で名前で伝える。


 すると、面会の許可がおりた。


 面会が出来ることもだけど、そういう状態にまで回復してることにホッとした。


 受付で病室までの行き方を教えてもらい、その通りに進んでいく。


 個室の並んでる階の中に橋山加奈子と書かれた部屋はあった。


 扉を前にすると緊張がわいてくる。


 初めてのことに足を踏みいれるときの緊張感。


 そういくらか廊下に立ちつくしていると、向こうから看護婦が歩いてきた。


 こんなところにポツンと立っていたら不自然に映ってしまう。


 そう思い、意を決して扉をノックした。


 「はい」と返ってきたので、ゆっくり扉を開いていく。


 すぐに目に映ったのは、部屋の中心にあるベッドとそれを囲んでいた男性と女性の姿


だった。


 「おぉ、来てくれたんだね」


 男性は見覚えがあったから過去の記憶と結びつけるのは難しくなかった。


 この病院で医者をしている女の子の父親は白衣姿だった。


 「この子が加奈子を助けてくれた子だ」


 そう女の子の父親から側にいた女性に紹介された。


 僕の存在がきちんと把握できたのか、女性はかしこまって頭をさげた。


 「本当にありがとう。この子を助けてくれて」


 深く感謝されると、女の子の父親にその女性が女の子の母親と紹介された。


 そして、当の女の子はベッドに横になったままで話の様を目で追っていた。


 「加奈子、お礼を言いなさい」


 父親から言われ、女の子は僕に視線を向ける。


 「ありがとう」


 小さくこぼされた声だった。


 このときは気づかなかったけど、きっとあの弱々しさのある声に僕の心の中に灯火が


ともされていたんだと思う。




 その2日後、またお見舞いのために病院に行った。


 時間は余るほどあったし、前の面会のときに女の子の両親から「また来てね」と言わ


れていたから。


 経過ももちろん気にかかってた。


 あのベッドに横になったままの姿では納得しきれないものがある。


 やっぱり、元気になった姿を見たい。


 そう面会に向かうと、前と同じ個室へ通された。


 扉をノックすると「はい」と返ってきたので、ゆっくりと扉を開いていく。


 部屋には女の子と母親がいた。


 女の子はベッドで上半身だけ起き上がってる状態だった。


 「あら、来てくれたのね」


 母親は歓迎してくれて、ベッドの横にあるイスに座らせてくれた。


 前のときは初めての面会ということや病院の個室っていう環境にかしこまっていたこ


とや向こうの家族の中に自分一人っていうことで緊張感があったけど、2度目だったか


らいくらかほぐれてはいた。


 会話は母親が2人の間を仲介してくれて進んでいく。


 僕にいろいろ質問をしたり、女の子のことをいろいろ教えてくれた。


 幼い子供にまだ会話もできていない子との話を切り開いていく力なんてなかったから


助かった。


 女の子はこの春から小学校にあがる同い年だった。


 住んでるところもそう離れてなく、小学校も同じになる。


 「でも、この状態だから入学式には間に合わないかな」


 そう残念そうに母親は言っていた。


 娘の晴れ姿を目にできないことは淋しいものだろう。


 話を続けていくと、母親がトイレにと部屋を後にするときがあった。


 会話の中心になってくれていた人が抜けてしまい、話はピタリと止まってしまう。


 2人きりの時間が静かに流れていく。


 まだ2人の間に会話は成立していない状態だったので、何を話せばいいのかに迷うし


かない。


 「病院、楽しい?」


 小さい頭でなんとか考えた質問。


 「楽しくない」


 そりゃそうだろう。


 「楽しくないの?」


 「うん」


 今になって思うと、当たり前に分かることだ。


 病院が楽しいなんて、かなり少数派な意見だろう。


 けど、このときはそうは思ってなかった。


 近所の子や幼稚園の子がケガをしたりすると、その子の周りには「大丈夫?」と人が


集まってくる。


 ケガの深さが武勇伝の深さのように思えて、どこかヒーロー的な印象さえ与えられた


りする。


 病気のときにも幼稚園を休めたり、親が優しく看病してくれたりする。


 だから、ケガや病気に良い意味での特別感を持っていた。


 「ふぅん」


 会話はそれだけで終ってしまった。


 それでも、2人にとっての初めての会話だった。



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