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その28



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 そんな楽しい生活が一年続いていった。


 春夏秋冬を加奈子ちゃんと過ごして、季節が一巡りしても楽しさは感じられていた。


 春の桜並木を散歩したことも、夏の海を眺めたことも、秋の紅葉を散歩したことも、


冬の雪を家の窓から眺めたことも全てが良い思い出になった。


 それは一方向のものじゃなく、加奈子ちゃんもしっかりと感じてくれていた。


 加奈子ちゃんは口癖のように「幸せ」と言ってたから。


 さっきみたいに季節を感じてるときもそうだけど、普段の何気ない日常でも事あるご


とに口にしていた。


 2人でご飯を食べてるとき、2人でテレビを見てるとき、2人で布団に入ってるとき、


いつということもなく。


 「幸せだなぁ」


 そう呟くと、僕も素直に返す。


 「僕も」


 「本当?」


 「うん」


 「よかった」


 このやりとりに違うことはなく、僕らの毎日は幸せだった。


 仕事はとにかくハードだったけど、加奈子ちゃんのためにと思えば踏んばることがで


きた。


 結婚式は夏前に行われた。


 加奈子ちゃんの体のことを考えて、お互いの家族だけで教会で慎ましく執りおこなわ


れた。


 大人数の華やかなものだと緊張感も増すし、着慣れない衣装で長くいるのもよくない


だろうとして。


 せっかくの一生に一度の結婚式だからとためらうところはあったけど、加奈子ちゃん


が「私は結婚式を挙げられればそれでいいの」と決めてくれた。


 山津や村石や南江には申し訳なかったけど、みんな事情は分かってくれるし、後日に


友達だけが集まったパーティーもやったからそれでなんとかなった。


 加奈子ちゃんのウエディングドレス姿はとにかく綺麗だった。


 目にした瞬間に心を奪われて立ちつくしてしまうほど。


 「どうかな」


 「綺麗、すごく」


 「お嫁さんにしたいくらい?」


 ただうなずくと、加奈子ちゃんは「よかった」と笑った。


 そして、僕の学芸会の衣装のようなスーツ姿に「大和くんも格好いいよ」と言ってく


れた。


 結婚式は最後まで順調に進み、僕らは夫婦という関係をさらに実感した。


 僕らは普通の夫婦生活は送れなかったかもしれないけど、それ以上の深いものがある


関係なんだと思えた。


 ただ、それを脅かす影がいつのまにか近くにまで来ていた。




 それは突然に等しくやってきた。


 「ごめん、話があって」


 仕事が休みの日の夕方にかかってきた電話だった。


 「どうしたの」


 「私、しばらくこっちにいることになるかもしれないの」


 どういうことなのか最初は理解できなかった。


 「どうして」


 「検査入院の結果でね、ちょっと心配なところがあって。それをちゃんと調べたいか


らって」


 今、加奈子ちゃんは僕から遠い場所にいた。


 オジさんが系列の病院に移ることになって、加奈子ちゃんは定期的な検査入院をそこ


で受けることにしていたから。


 新幹線でも2時間から3時間かかるところで、結構な距離ではある。


 オジさんは病院を移ることをためらったけど、昇任での移動だったから良いことだし、


オバさんも加奈子ちゃんも「自分のために行ってきてほしい」と伝えたことで決断した


ようだ。


 僕も加奈子ちゃんのことは心配しなくていいと伝え、オバさんがこっちに残って加奈


子ちゃんのそばにいることで最終的に決まった。


 今までと同じこっちの病院でも検査入院は可能ではあったけど、オジさんに診てもら


うことが加奈子ちゃんにとっても安心だし、オジさんとしても自分で加奈子ちゃんを診


ることが安心だろうし、単身赴任をしてるオジさんに会いに行くという意味でもそうな


った。


 その検査入院に行くということで、加奈子ちゃんは数日この家を離れていた。


 その数日でまたこの家に戻ってくるはずだった。


 今回が3回目だけど、これまでの2回は何事もなく戻ってきていたし。


 それが今回はそうじゃなかった。


 「どこが悪いの」


 僕は加奈子ちゃんの言葉に慌てていた。


 検査入院で異常が見つかるなんて初めてのことだったから。


 「なんかね、腹部に今まではなかったものが見えるんだって。そんなに大きなものじ


ゃないみたいだけど、ちゃんと検査しておこうって言われて」


 説明を聞いて、不安は増幅した。


 何かが分かるならまだしも、正体の分からないものにならそうもなる。


 「大丈夫なの?」


 「うん、私は全然元気だから」


 「本当に大丈夫?」


 「平気だから心配しないで。明日からまた仕事でしょ。私のことは気にしないで、そ


っちに集中して」


 加奈子ちゃんは心配かけないようにしてくれてるんだろうけど、僕はそんなふうには


思えなかった。


 それから加奈子ちゃんと離ればなれの生活が始まった。




 加奈子ちゃんのいない生活は空しいものだった。


 朝起きても誰もいないし、朝食はトーストとか簡単なものだけだし、仕事に行くとき


も誰も見送ってくれないし、昼食は他の社員の人たちと食べに行くし、仕事から帰って


きても誰も迎えてくれないし、夕食は帰りがけに外食するかコンビニのお弁当だし、寝


るときも隣に誰もいない。


 当然だけど、この家には僕一人しかいない。


 平日は仕事に追われてそんなに深くは感じないけど、休みになるとそれを実感させら


れてしまう。


 ただ、休みにはいつも加奈子ちゃんのお見舞いに行っていた。


 新幹線やら電車やらバスやら、長い移動時間をかけても必ず行っていた。


 ハードワークの中での一週間で唯一の休みだから疲労は満タンだったけど、一週間で


唯一加奈子ちゃんに会えるときなんだから僕には当たり前の選択だった。


 加奈子ちゃんやオジさんはせっかくの休みなんだからちゃんと休むように言ってくれ


るけれど、加奈子ちゃんに会えないことの方が僕には大きなことだった。


 家にいたとしても寝てるばかりだろうし、デートに行くこともないから外出するとし


ても買い出しか気分転換に散歩に行くぐらいだろう。


 昼過ぎあたりに起きて、平日に最低限の家事しかしてない分を取りもどそうと慣れな


い作業にあくせくするというところか。


 そんな休みよりもこっちの方が数倍いいに決まってる。


 まぁ、その分だけ家事が溜まったり、疲労を取りきれなかったりするけれど、加奈子


ちゃんに会うことでもらえる元気の方がはるかに効果はあるはずだ。


 だから、僕は加奈子ちゃんに会いに行く。


 朝早くに家を出ると昼頃に着くので、それから夜までは数時間一緒にいられる。


 その間、話をしたり、しなかったり、敷地内を散歩したりして過ごしていく。


 特に目立ったことをするわけじゃないけど、時間が長いとは感じなかった。


 むしろ、この時間がもっと続いてくれればと思った。


 加奈子ちゃんは大部屋の病室にいて、周りの倍以上は年齢の離れた人たちとも仲良く


とけこんでいた。


 小さい頃から入院は定期的にしてきたせいで、そういうことには慣れているようだ。


 病室の人たちには結婚してることは伝えてあって、僕が初めてお見舞いに行ったとき


には見定められるような感じで迎えられた。


 生まれつきの病気持ちという境遇の上、さらに未成年でってことにかなり驚かれたみ


たいだ。


 基本的には微笑ましい夫婦と見てもらってたけど、いろいろ「結婚生活長くなると」


と相手の愚痴を聞かされることもあった。


 そういう環境なのもあって、病室ではあんまり新婚らしい触れあいは控えざるをえな


かった。


 けど、誰の視線も来ることのない場所も病院の敷地内にはあったから、そこでキスを


したり、抱きしめあったりはしていた。


 新婚の夫婦ならそこまでで留めないといけない方が辛いものだけど、加奈子ちゃんの


体を考えればそれが限界だった。


 毎回夜に病院を出るときは憂鬱な気分になった。


 これからまた一週間後までは加奈子ちゃんのいない日々を過ごさないといけないと思


うと。


 帰ると、自宅に着く頃には夜中近くになっている。


 家事のロクに出来ていない、加奈子ちゃんのいない一人きりの家が待っていた。


 まさか、こんな形で一人暮らしの大変さを痛感するなんて思ってもなかった。



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