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その27



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 加奈子ちゃんと結婚することは二学期の始めの頃にそれぞれの両親へ伝えた。


 加奈子ちゃんは進学するかどうかの進路について決断を伝えないといけなかったから、


なるべく早めにしておく必要があった。


 オジさんとオバさんは進学が第一志望だと思ってたらしいけど、そうしたところで将


来的に就職先があるかの可能性がどれだけ低いかも分かってはいたから難しい決断では


あると感じていた。


 普通の学生で過去最低の就職率という中で、行き先があるとは容易には思えない。


 常に不安がつく状態であることを呑んでくれるところなんてあるのか。


 あったとしても、加奈子ちゃんの体が毎日の労働に適応するかも疑問だ。


 日々の仕事で、加奈子ちゃんの体が崩れることも大いに考えられる。


 会社にとっても、加奈子ちゃんにとってもリスクが高いことになる。


 だとしたら、それを選ぶことはどれほどの意味を持つのか。


 そうオジさんとオバさんは葛藤してるはずと加奈子ちゃんは察していた。


 その悩みを払拭させることも含めて、僕はオジさんとオバさんへ伝えた。


 頭を深く下げて、誠心誠意僕の思いを告げた。


 加奈子ちゃんも後を追うように同じことをしていく。


 自分がどんな顔をしてたかは思い返せないけど、必死に僕らの決意の本気さを言葉に


していった。


 言いおわると、オジさんとオバさんのなんとも言いがたい表情が目に入ってくる。


 次の言葉が来るまで、波のように緊張が押し寄せてきた。


 無言の空間が続く中で、最初にオジさんの「分かった」っていう言葉がした。


 「少し考えさせてほしい。加奈子の体のこともあるから、すぐに決められることじゃ


ない」


 その言葉に、僕も加奈子ちゃんも納得した。


 確かに、僕らは他のカップルとは違う。


 考えなきゃいけないことは多くある。


 急に言われて即決できる話じゃないだろう。


 その日は答えを聞かずに帰ることになった。


 それからの数日は生きた心地のしないもんだったけど、一週間後に答えを聞くことに


なった。


 加奈子ちゃんの家に行く前からもう心臓がやばくて、またオジさんとオバさんと向か


い合ったときにはマックスを迎えてた。


 「あれからいろいろ考えた。加奈子とも話をした」


 オジさんは僕の目をジッと見ながら答えを話しはじめる。


 「分かってるとは思うが、この子と一緒に生活していくことは簡単じゃあない。もち


ろん、普段の生活は普通なんだけど、常に加奈子の体調が隣合わせについてくる。いつ


体調を崩すかは分からないし、そのことを普段も頭に置いておく必要がある。加奈子に


何かあったときにはきちんと対応してもらわないとならないし、君がこれまで過ごして


きた生活とは環境が大きく変わる。私が近くにいない分、君にそれをしてもらわないと


ならない。その覚悟はあるかい」


 オジさんは視線を動かさず、僕を直視していた。


 「はい」


 僕もその線をなぞるようにオジさんを見て、真剣に答えた。


 すると、オジさんは息をついて「分かった」と言った。


 「それなら何も言うことはない。2人の思うようにしなさい」


 その言葉に心の中に詰まってたものが解き放たれた。


 「ありがとうございます」


 そう深々と頭を下げた。


 「ありがとう」


 続けて、横から加奈子ちゃんの声がした。


 最大の難関だと思ってたオジさんとオバさんからの許しをもらえて道は開けた。


 「よかったぁ」


 その帰り道、加奈子ちゃんと川沿いの道を歩きながら緊張をほぐしていく。


 人生最大といえる壁を乗りこえて、ようやく体の中に張っていたものが緩んでった。


 「でも、私はお父さんとお母さんは絶対分かってくれると思ってたよ」


 こっちの様子とは対称的に加奈子ちゃんは笑顔で言う。


 「そういえばさ」


 「んっ」


 「オジさんと結婚のこと話してたってさっき言ってたけど、何を言ったの?」


 ちょっと前のオジさんの言葉にそれはあった。


 その話によって答えが決まったところもあるだろうから気になって。


 「内緒」


 「何? 何言ったの」


 「言わなぁい」


 結局、何度聞きなおしても答えてはくれなかった。




 僕と加奈子ちゃんの結婚は順調に運んでいくこととなれた。


 僕の両親の説得はそこまで難しいものじゃなかった。


 当然仰天してたし、何度も大丈夫なのかと心配された。


 けど、何度も大丈夫だからと言い続けると、向こうの両親が納得してるならと許して


もらえた。


 これで、僕らはいつでも結婚できる状況になった。


 ただ、学生のうちは学生としてっていう思いがあったし、お互いの親の意向もあって


卒業してからということになった。


 それに、在学中に結婚すると学校的にもいろいろありそうだし、もし周りにバレるよ


うなことがあったらどうされるか分かったもんじゃないし。


 だから、全ては卒業した後と決めた。


 それまでは僕は飲食業のバイトをして、加奈子ちゃんは家事全般をオバさんから学ぶ


時間とした。


 ちなみに、山津と村石と南江だけには2人の結婚のことを告げた。


 みんな飛びあがるように驚いてたけど、加奈子ちゃんの体のことを考えると納得して


祝福してくれた。


 僕はその場にいなかったけど南江は号泣して喜んでくれたようで、加奈子ちゃんには


「あんたは絶対幸せになれるから大丈夫」と言って、僕には「加奈子を幸せにしなかっ


たらどうにかしてやる」と伝言で届けられた。


 そして、冬休みになると僕は再び工事現場の作業員のバイトに入ることになった。


 前回から4ヶ月あたりの空白があったので、感覚を取りもどすのに少しかかった。


 しかも、前回は真夏の暑さとの闘いだったけど、今度は冬の寒さとの闘いが待ちかま


えていた。


 それでも、常に体を動かしながらの作業だったから前回ほどのきつさはない。


 ただ、そんなことは関係ないぐらいのハードな仕事の連続に予想通りに体はあっさり


悲鳴をあげていった。


 一学期で部活は引退してたから体がなまらないように二学期は飲食業のバイトをして


たとか真夏より冬の方がまだ外での体仕事にはいいとか、そんなレベルのものではない


ことを思いしらされた。


 毎日の仕事が終わって家でベッドにノックダウンされてるとき、これをこれからの仕


事として選ぶことに必ずぐらいに後悔してしまう。


 こんなにきつい仕事、自分がやっていけるんだろうかと迷ってしまう。


 そのたびに思いうかべるのは加奈子ちゃんとの未来だった。


 この道を諦めてしまうことは加奈子ちゃんとの未来を断つことだと自分に刻みこませ、


奮いたたせていく。


 いつまでも加奈子ちゃんには笑っていてほしい。


 その笑顔を僕に向けていてほしい。


 病室で「大和くんだ」と迎えてくれるときのあの笑顔で。


 そう思うことで、僕は日々の壁を乗りこえていくことができた。


 そして、冬休みのバイトも無事に乗りきることができた。


 その最後の日、みんながまた呑みに誘ってくれて、着いていくとそこで社長が「全員


注目しろ」と乾杯の前に場を静まらせた。


 「宮尾、お前採用決定だ」


 道がまた開かれた。


 みんなから「やったじゃねぇか」って背中やら肩やらいろいろ叩かれていく。


 社長の言葉も、みんなの祝福も、努力が認められたこともたまらなく嬉しかった。


 「ありがとうございます」


 「勘違いすんな。お前はまだ半人前にもいたってねぇ。これから、ここにいるやつら


よりももっと頑張って追いつき、追いこせ」


 「はい」


 ありったけの思いをこめて伝えると、「おいおい、そんな簡単に追いつけると思った


ら大間違いだからな」と野次が飛んできて笑われた。


 自分の居場所がもう一つ見つかった。


 両親も、加奈子ちゃんも、向こうの両親も、友達も就職が決まったことを喜んでくれ


た。


 これで心おきなく卒業を迎えられる。




 卒業式の日には晴れやかな気持ちでそこに立っていた。


 周りには青春の思い出を友達と分かちあって泣きじゃくる人もいたけど、僕は涙一つ


も流れなかった。


 この高校生活にそこまで執着がなかったのもあるし、これからの新しい生活への希望


が大きかったのもある。


 結局、僕はこの学校の誰にも加奈子ちゃんと結婚することを告げずに去っていくこと


にした。


 言ったように、ここにそれほど思い入れがあるわけじゃなかったから。


 「うっす」


 武正は今日もお決まりのゆるいテンションでやってきた。


 もちろん、武正にも結婚のことは伝えない。


 そんなことはないだろうけど、ややこしくなったら困るから。


 今でも加奈子ちゃんとの関係について定期的に聞かれてるし。


 どこまで本気かは分からないけど、微妙なラインを卒業まで保ちつづけた。


 「なんかさ、さっき友達が好きだった男子のネクタイ貰ってきて喜んでてさ。こうい


うとき、第二ボタンとか好きな人の身につけてる物を貰うのがステータスみたい」


 「ふぅん」


 なんとなく合わせておく。


 「大丈夫、私そういうの言わないから」


 「うん」


 なんとなく解釈して返しておく。


 「彼女とはどう?」


 「んっ」


 「良い感じ?」


 「うん」


 いつもの通りに答える。


 「この先、別れそうな予感もない?」


 「うん」


 普段より一歩踏みこんだことを聞かれた。


 変わらずに答えると、武正は「そっかぁ」と伸びをしながら言った。


 「じゃあ、今日でお別れだ」


 そう武正はイスから立ちあがる。


 「いろいろありがとね。楽しかったよ」


 「うん」


 「仕事、頑張れよ」


 「うん」


 武正はこっちに手を振りながら教室から去っていった。


 ずいぶんとさっぱりした別れだったけど、らしいといえばらしかった。


 「あの人、何も言ってこなかった?」


 その夜、加奈子ちゃんと電話してるときに案の定そこを突かれた。


 大丈夫だとは言ってたけど、加奈子ちゃんにとっては武正の存在は強く残されてしま


ってるみたいで。


 「何もないよ。そっちはどうだったの?」


 「すごかったよ。みんな、もう目が点になって叫んじゃって」


 加奈子ちゃんはさっきまで高校の友達と騒いでたようだ。


 僕とは違い、加奈子ちゃんは高校の友達と仲良くやってたから卒業式の後で結婚のこ


とを数人にだけ伝えたらしい。


 全員が最初は理解に苦しんでたようだけど、最終的には祝福して励ましてくれたみた


いだ。


 「ねぇ、大和くん」


 「んっ」


 「幸せになろうね」


 「うん、もちろん」


 僕らの未来には輝きだけが放たれていた。




 高校を卒業した後、最初の休日で僕は引っ越しをした。


 2月から学校の授業がなかったから、3月まではバイトとして工事現場で働くことに


なって、そのせいで週一の休みでいろんなことをする必要があった。


 前日に加奈子ちゃんの引っ越しはしてあって、この日は山津と村石の力を借りて実家


から新しい家に荷物を運んだ。


 加奈子ちゃんと住む家は2人で暮らすのに困らないぐらいのところに決めた。


 贅沢は望まないし、僕らとしては2人で一緒に暮らしていけるならそれでよかった。


 家具も2人でやっていける最低限のものを新調して届けてもらったので、引っ越しと


いってもそんなにたいそうな荷物はいらなかった。


 加奈子ちゃんの体のことも考えて、オジさんやオバさんや病院から離れない方がいい


だろうと近めのところにしたから、何かいるものがあればすぐにでも実家に取りに行け


てしまうし。


 引っ越しはスムーズにいって、婚姻届も提出したけど、新しい生活には慣れるのに時


間がかかった。


 なんというか、恥ずかしくて変な感覚だった。


 朝起きたら加奈子ちゃんがキッチンで料理をしてて、加奈子ちゃんの作った朝食を食


べて、仕事に出かけるときは加奈子ちゃんが「いってらっしゃい」と見送ってくれて、


仕事場では昼食に加奈子ちゃんの作ってくれたお弁当を食べて、仕事から帰ると加奈子


ちゃんが「ごくろうさまです」と迎えてくれて、加奈子ちゃんの作った夕食を食べて、


加奈子ちゃんと2つの布団をくっつけて寝る。


 その生活が毎日続いていく。


 結婚した夫婦なら当たり前なんだけど、冷静に考えると不思議に思えた。


 当然嬉しすぎることなんだけど、単純に僕らは若かった。


 加奈子ちゃんのことはずっと好きだったし、いつか結婚するなら相手は加奈子ちゃん


だと漠然と決めていた。


 ただ、それは将来的なものであって、まさかこんなに早くに叶えられるものとは思っ


てなかったから。


 つい先日まで高校生だった僕らが夫婦として生活してくなんて、一年前なら想像つか


なかったはずだ。


 それが今は現実のものとなっている。


 だから、不思議に思えた。


 加奈子ちゃんは専業主婦として家のことをやってくれて、僕が仕事に専念できるよう


にしてくれた。


 体にさわらないようにきちんと体を休ませながら家事をこなしてくれた。


 僕の休みの日には2人でデートに出かけた。


 ちょっと頑張って人気のあるスポットとかにも行ってみて、無理しない程度に遊んだ


りもした。


 年を重ねるごとに体調はよくなってるって加奈子ちゃんが言ってたし、実際に笑顔は


多かった。


 加奈子ちゃんとの生活は楽しかった。


 これが長くいつまでも続いてくれることを僕はただ願った。



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