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その25



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 そして、僕は僕で自分の将来が決まるかどうかの場所に立たされた。


 夏休みを迎えて、工事現場の作業員として働くときが訪れた。


 バイトとはいえ、ここでの働きぶりによって就職が決まるわけだからどうにも緊張は


やってくる。


 これからの毎日が試験のようなものなのだから。


 ましてや、今まで部活をしてきてバイトの経験もない僕には特に際立ってくる。


 先輩は「俺もそうだったんだから大丈夫」と言ってくれ、緊張は和らいだけど無くな


りはしない。


 その緊張感を持ったまま、初日の現場へと向かった。


 社長には前もって会っていたけど、気さくで頼れる兄貴的な人だなと感じていた。


 まず社長に挨拶をすると、すぐに社長からそこにいた社員の人たちに紹介をされる。


 「今日から働かせていただきます宮尾大和です。一生懸命やりますのでよろしくお願


いします」


 今日までに考えてきた挨拶を力強く伝えた。


 ただ、目の前の人たちは「よろしくお願いしまぁす」と淡白なだらけた返事ばかりを


かけてきた。


 僕は初日で堅くなりっぱなしだったけど、この人たちにはいつもと変わらない眠たい


朝一でしかないから。


 そのへんのギャップは感じながらも車で現場へと移動していく。


 現場に着き、いざ仕事に取りかかると全員がさっきまでと顔つきが変わった。


 一つ間違えれば事故につながるだけに仕事をする人間の顔になっていった。


 右も左も分からない僕には先輩が教育係のような役割になってくれた。


 といっても、あれこれ突きっきりで指導してくれるわけじゃなく、一度だけやり方を


見せたり、口頭だけの説明であとは本人がっていう流れだった。


 初めてやる労働で勝手も分からないし、本当に見よう見まねで周りに着いていくしか


ない。


 とにかく頑張りを見せるしかないところだけど、「あんま張りきりすぎると後でもた


ないぞ」とあらかじめ釘をさされてたからほどほどで示していく。


 スタートダッシュで気合いを見せる貯金より後でバテて使いものにならなくなる損害


の方が絶対に大きいだろうから。


 仕事は新しく作られる道路の土木の作業で、僕はその力仕事や雑用を任された。


 長時間の体力勝負や夏場の暑さは部活である程度は培ってきたから心配ではなかった


けれど、経験したことのない作業の連続はどうにもこの体にとって不自然で苦戦するば


かりだった。


 それによって体力の消耗も思ったより早くなるものの、表情には出さないようにして


作業を続けていく。


 先に釘をさされてた言葉が身にしみてくる。


 経験者の言葉は絶大だ。


 昼食の時間になるとようやくの休憩になる。


 家から弁当を持ってくる人、途中でコンビニで買ってくる人、近くの飲食店に行く人


とそれぞれだけど僕は母親が作ってくれた弁当を食べる。


 立場的に隅の方に行くと、社員の人たちが輪の中に誘ってくれた。


 社長もそうだけど、ここで働いてる人たちはいい人たちが多い。


 それは先輩からも教えてもらってて、やっぱり新入りの時代は誰もが通ってきた道だ


からその思いは分かってもらえるみたいだ。


 あと、「基本的に全員いい人たちだけど、仕事には本気だから」とも。


 この日の話の中心は自然と僕になった。


 自分についてのあれこれを聞かれて答えて、それにみんなが茶々を入れて笑いにして


くれた。


 そして、午後の作業がはじまると太陽からの日差しが半端なく襲ってくる。


 夏場の作業で一番きつい時間帯らしく、それを身をもって体験していく。


 そこを乗りこえるといくらかは和らいでいくものの、だんだんと蓄積された疲労が今


度はやってきた。


 社員の人たちからの指示が理解しきれなかったり、専門用語が分からなかったりで何


回か怒鳴られもした。


 暑いことも疲れることも怒られることも全て想定はしてきたつもりだったけど、実際


に起こるとズシンと重く来るものがある。


 そんな厳しい時間が続く中、日も暮れていく頃にこの日の作業は終了した。


 その瞬間が来ると、体中の緊張やら疲労やらがドッと押しよせてきた。


 家に帰った頃にはもう体が硬直してるぐらいだった。


 労働ってものの辛さを嫌というほど体感させられた初日だった。




 それからも同じような厳しい毎日が待っていた。


 夏の太陽が照りつける下での体力作業が朝から日が暮れてくまで。


 初日は何も知らなかっただけにまだよかったのかもしれない。


 2日目以降はそのきつさを知ってるから余計な知識になってしまう。


 がむしゃらにやってやりたいところでもどこか自分の中で制御してしまって。


 ただ、こればっかりは一概にどっちがいいのかも言いきれない。


 僕のような新人にとって、先入観なしにひたむきにやるのがいいのもあるし、こうい


う状況下だから無理をして迷惑をかけるようなことのないようにするのも間違ってはい


ない。


 僕はどちらかというと後者だった。


 もちろん新人らしく活発にやってるところもあったけど、そこに突っ走ることはせず


にいた。


 僕にはこの仕事がとても大事なものであることは理解できていたから。


 この一日一日を積み重ねていくことで就職に結びついていくかもしれないし、それが


加奈子ちゃんとの未来にも繋がっていくことになる。


 目先のことにだけ捉われず、その先を見据えたうえで考えていく必要があった。


 これは僕だけの問題じゃないんだから。


 ただ、積み重なっていくのは労働と疲労の同時進行だった。


 働けば働くだけ疲れが体を襲っていく。


 一日の仕事が終わると、自宅のベッドに倒れこんで動くのがしんどいほどになる。


 なんとか次の日の朝までに疲労を減らしても、また新しい疲れがやってくる。


 その繰りかえし。


 週に一度だけ休みがあるけど、もはや何をする気にもなれない。


 アウトドアの発想なんて全く浮かばず、ただベッドの上で一週間の蓄積された疲れを


とることだけに専念していく。


 頭の中の考えることはどう疲れを残さずに次の仕事を向かえるかが一番を占めること


になっていたから。


 山津や村石からの誘いも加奈子ちゃんとの週一のデートも申し訳ないけど断らせても


らった。


 山津や村石にはチクチク言われたけど、加奈子ちゃんは僕の状態を察して分かってく


れた。


 一応、そこに自分も少なからず介入してる部分があるからと思ってるみたいで。


 けど、全然会えないのは精神的に辛いから、日が暮れて暑さも弱まったあたりに川辺


に約束して少しだけ会っていた。


 仕事漬けの毎日で体がボロボロになり、それで加奈子ちゃんにも会わないなんてモチ


ベーションが保てなくなるから。


 週に一回の短い時間だけど、そうやって会うことで力をもらえた。


 頑張ってと言ってほしい人に「頑張って」と言ってもらえるだけで励みになった。


 それで、僕はまた加奈子ちゃんとの未来のためにと次の日からも踏んばれる。


 そうやってなんとか着いていけていた僕に社員の人たちも優しくしてくれた。


 仕事には厳しかったけど、普段は温かい人たちだった。


 仕事終わりで呑みに誘ってくれてごちそうになることもしばしばあったし。


 「呑みに誘われたら用事がないかぎり断るな」と先輩に言われてたから、疲労のたま


ってる体のまま着いてくのがいつもだったけど。


 体にはこたえるけど、これも人間関係で大事なことだからと教わってたし、実際そう


だった。


 仕事の心得を学んだり、現場で怒られたことを説明してくれたりもしたし。


 まぁ、みさかいなくお酒を呑まされたり、女性関係のことをあれこれ聞かれるのは困


ったけれど。


 恋人がいるのは伝えたけど、先輩はそれが武正のことだと勘違いしてたり、二股かと


か追求されたりややこしくなってしまった。


 これ以上こじれるのは嫌なので、プロポーズどうこうとか病気のことは伏せておいた


けど。


 とりあえず、ラインギリギリではあったけど厳しい毎日にどうにか僕はしがみついて


いった。



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