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その24



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 それからは悩みに悩みぬく日々が続いた。


 本当は夏休みは工事現場のバイトでほぼ潰れてしまうからその前に遊びまくってやろ


うと考えてたんだけど、そんな状況じゃなくなってしまった。


 自分の未来が決まってしまうことなんだからしっかりと考えないといけない。


 とにかく考えに考えぬくしかない。


 そんなにポンと答えを出すわけになんかいかないんだから。


 加奈子ちゃんの性格からして、かなり勇気を振りしぼって言ってくれたことなんだと


思う。


 だから、こっちも真剣に答えないといけない。


 もちろん、嫌なわけじゃない。


 嬉しいに決まってる。


 加奈子ちゃんからあんなふうに言ってもらえるなんて何にも変えられない喜びだ。


 加奈子ちゃんとずっと一緒にいれたらどんなに幸せなことだろう。


 それは言うまでもなく当然なことだ。


 ただ、どうしても迷いは生じてきてしまう。


 一番のネックは年齢だ。


 僕らはまだ高校生だ。


 こんな社会の何も知らないぐらいの若さで踏みきってもいいんだろうか。


 周りの同級生たちの会話ではそんな話題は出たためしもない。


 そこに自分を置くのは現実的ではないから。


 次のネックはお金だ。


 繰りかえすことになるけど、僕らはまだ高校生だ。


 2人が生活していけるだけの収入源なんてない。


 第一、僕らは自分の力でお金を得たことすらない。


 僕は部活をしてたからバイトをしたことがないし、加奈子ちゃんもあの体ではできや


しない。


 僕もツテこそあったものの、工事現場の作業員に就職できるかなんて分からない。


 次のネックは未成年であることだ。


 年齢にもつながるけど、こんな半人前ともいえるかどうかの僕らのことを周りが認め


てくれるだろうか。


 そのこと自体は望ましいことだとしても、やっぱり年齢のことやお金のことを考える


と手放しにはできないと思う。


 山津や村石や南江はもちろんだけど、お互いの両親はもっと強く思うことだろう。


 こんな状態で話をしたところで耳も向けてくれないかもしれない。


 最後のネックは病気だ。


 これまでは2人でいるときが加奈子ちゃんの体について特別に気をつかう時間だった


けど、2人でずっといることになったらずっとその時間になる。


 さらに、今までは自宅にいるときは何かあってもオジさんが対応できたところもなく


なってしまう。


 加奈子ちゃんの体のことを考えるなら、それは負担になってしまうんじゃないだろう


か。


 僕には精神的に、加奈子ちゃんには実質的に。


 そこまでのマイナスな要素を抱えてまで踏みだすべきものなんだろうか。


 加奈子ちゃんはそこも全て含めたうえで言ってくれたんだろうけど、僕にはあまりに


も難しいものだった。


 その迷いの中でもがいてるときも週末には2人で会っていた。


 加奈子ちゃんは何もなかったように振るまってるし、2人でしていることも普段通り


のものだったけど、僕はそこで明らかに気を落としていた。


 何が悪いわけじゃなく、どうしても現状が浮かびあがってきてしまって。


 そこだけでも素直に楽しめばいいんだけどどうにもやれず、それは加奈子ちゃんにも


伝わってしまってたんじゃないかと思う。


 そうしてるうちに、加奈子ちゃんから一つのお願いごとをされた。


 「旅行に行きたいの」


 また唐突な言葉だった。


 こっちの予想を上回る内容。


 「旅行?」


 「うん、2人で」


 これも今まではあまり考えてこなかったところだった。


 僕らはそんなに遠出をしたことがない。


 数知れないほど2人で遊びに出かけてきたけど、電車で数駅ぐらいがだいたいだった。


 2人で遠くに行きたいという願望はあったけど、現実を考えるとリスクを背負ってま


で行くべきなのかというところに行きついてしまう。


 そこを思ってしまうと、中学生のときに加奈子ちゃんが目の前で救急車に運ばれてい


ったことや花火大会で守ってあげられなかったことが出てきてくる。


 僕が守るんだ、そう強く意識したあのときのことが。


 「大丈夫なの?」


 「うん。去年だって修学旅行に行けたし、問題ないよ」


 確かに、加奈子ちゃんは修学旅行で4日も遠くへ行っていたことがある。


 スケジュールにあった登山には参加しなかったり、南江が常に同行したり、教師側も


常に目を届かせていたり、体に無理なことはしないとか万全な状態でのことではあった


けど。


 だから、理論的に無理ではないことにはなる。


 でも、不安なことには変わりはない。


 「いつ?」


 「来月、私の誕生日のときがいい」


 去年は何もなかったから今年も何もないなんてことはいえない。


 そうだとしたら楽観しすぎている。


 「夏は暑いからやめた方がいいんじゃない。体にこたえるよ」


 そう柔に否定の方向へもっていく。


 すると、少し間があってから返答が来た。


 「大和くんは私と行きたくないの?」


 悲しそうな目をしながら言われた。


 「そういうんじゃないよ。本当に何かあったらいけないから」


 「そんなこと言ってたら私どこにも行けないじゃん」


 安全をとった僕の言葉を断ちきるように強い言葉を返された。


 「体に悪いからなんて言いだしたら私は一体どこに行けるの、ねぇ」


 問いつめられても返答できなかった。


 出来ることなら、加奈子ちゃんの思うぞんぶん好きなところに連れてってあげたい。


 でも、何かあったらいけない。


 何かが起こってからじゃあ遅い。


 そうなったら、僕は加奈子ちゃんを遠くに連れてくことを拒むよりも後悔することに


なるだろう。


 だから、自然と不安な要素の少ない方を選んでいた。


 「私は明日どうなってるかだって分かんないんだよ」


 「そんなことない」


 「あるよ」


 また僕の言葉は断ちきられる。


 「倒れるときね、いつも次に倒れたときはもう目が覚めないんじゃないかってすごく


怖くなるんだよ」


 加奈子ちゃんは涙目になりながら必死に僕に伝えていく。


 真剣な言葉だった。


 加奈子ちゃんがそこまで思いつめてるなんて知らなかった。


 加奈子ちゃんに症状が出ると、僕はとても心配でたまらなくなる。


 すぐにその場に向かうと、少し顔色の悪い加奈子ちゃんがいる。


 加奈子ちゃんが「大和くん」と手を差しだすと、その手をとってそこからありったけ


の元気が届くようにする。


 それが毎度の流れのようになっていた。


 ただ、僕は知らないうちに加奈子ちゃんが病気であることに慣れてしまってたのかも


しれない。


 そういう特別な状況にいることが僕には普通のことになっていたのかもしれない。


 特別なことのはずがいつのまにかそうじゃなくなっていた。


 でも、そんなはずはない。


 「だから、私は大和くんと今のうちにいっぱい思い出を作りたい」


 加奈子ちゃんはずっと闘ってる。


 見えない敵と相対してるように不安でしょうがない日々を送ってるんだ。


 「後悔なんてしたくないから」


 芯のある眼差しでそう突きつけられた。


 この前のことも、今日のことも全てが集約されたような言葉だった。


 僕に受けとめられるか分からないほどの重みのあるものだったけど、僕はそうしなけ


ればならない。


 この期に及んで、もう交わすことやはぐらかすことはいらないだろう。


 加奈子ちゃんは全部をもって僕に向かってきてくれている。


 なら、僕も全部をもって受けとめるしかない。


 「うん、分かった」


 余計な詮索も計算もなく、本気で。


 「行こう。一緒に旅行」


 そう言うと、加奈子ちゃんの張っていた表情が緩んだ。


 「いいの?」


 「うん、どこでもいいから行こう」


 口角を上げて柔らかく伝えると、加奈子ちゃんは涙を落として抱きついてきた。


 「ありがとう」


 そう何度も肩先から伝えられてきた。




 加奈子ちゃんとの旅行の計画は順調に進んでいった。


 オジさんとオバさんは加奈子ちゃんが説得したようで、僕の両親は向こうの親がいい


んならと難なくいった。


 場所やら観光地巡りやらは基本的に加奈子ちゃんに任せることにした。


 僕としては、加奈子ちゃんが喜んでくれることが一番だからそれが好ましい。


 加奈子ちゃんはこの旅行をとても楽しみにしていた。


 不安なことも当然いくつもあるわけだけど、それを感じさせないほどに待ちのぞんで


いた。


 あのときの加奈子ちゃんの「後悔なんてしたくないから」という言葉には強く打たれ


てしまった。


 加奈子ちゃんがそんな切羽つまる思いでいるなんて知らなかった。


 正直、「明日どうなってるかだって分かんない」なんて言ってほしくなんかない。


 けど、実際は本当にそうなのかもしれない。


 加奈子ちゃんの病気は不詳なわけだから、その症状がどう出るかだって何の保障もあ


りはしない。


 僕もちゃんと心配してきたはずだったけど、やっぱり当人との捉え方の差はあったん


だろう。


 加奈子ちゃんはまっすぐ病気と向き合っていた。


 だから、人生を後悔しないようにと決めた。


 「ごめんね、無理なこと言っちゃって」


 あの日の夜、加奈子ちゃんから電話で謝られた。


 「いや、全然」


 「不安だったんだ。あんなふうにして、大和くんに嫌がられてないかって」


 「そんなことないよ」


 「私の言いたいことだけ押しつけて、大和くんの気持ちを無視してるんじゃないかな


って思って」


 「そんなふうに言わないで。嬉しかったから」


 「本当に?」


 「うん」


 そう伝えると、加奈子ちゃんも「よかった」と安心してくれた。


 電話越しに穏やかな空気が流れていく。


 「ちょっと聞いていい?」


 「うん、何」


 そこで胸の中にある疑問を聞いてみることにした。


 「加奈子ちゃん、なんか最近強くなったよね」


 「そう?」


 「うん」


 この数ヶ月ぐらいで加奈子ちゃんは変わった。


 芯のある強さが備わったような気がする。


 「なんとなくね、私ってみんなに頼ってばっかりだなぁって思ったの。お父さんや病


院の人たちがいないと自分の体のこともよく分かんないし、お母さんや大和くんやくる


みちゃんや学校の先生や友達がいてくれるから安心してられて。結局、私は一人じゃ何


も出来ないなって気づかされたんだ。もうすぐ高校卒業するのにこんなんでいいのかな


って考えるようになって。みんなが進路とか将来のこととか決めてくのに、私は全然未


来が見えてなくて不安になって。こういう体になっちゃったことはしょうがないけれど、


それでみんなに甘えてちゃダメだなって感じて。私も私なりにちゃんと強くならないと


って決めたの」


 加奈子ちゃんはきちんと自分の将来のことを考えていた。


 現実を見て、今の自分に出来ることを見つけていた。


 「あと、あの人のことも大きかったかも」


 「あの人?」


 「あの武正って人」


 「あぁ」


 そう力なく呟くしかできなかった。


 あの年末年始のとき以来、武正の話はしないようにしてたし、加奈子ちゃんからもさ


れることはなかったから不意に名前が出てきて対応しきれなかった。


 「私、大和くんが側にいてくれるのが普通なんだと思ってたのかもしれない。大和く


んはいつも近くにいてくれるし、私に何かあったらすぐに来てくれるし、入院してると


きも必ず面会に来てくれる。それはすっごく嬉しいし、感謝してるんだけど、どこかで


慣れみたいなのがあったのかもしれなくて。けど、あの人とのことがあったときにそれ


は当たり前のことじゃないんだって分かったの。大和くんはいたって普通の人で、私に


合わせてくれてるだけなんだって。本当は私よりもあの人みたいに普通の子といた方が


いいんだろうなって」


 「そんなことない」


 「うぅん、本当のことだから」


 「僕はそんなふうに思ってない」


 「うん、それも分かってる」


 否定的に物事を捉えてしまってるんじゃないかと宥めたけど、加奈子ちゃんは冷静な


ようだった。


 「それでも大和くんは私といてくれてるから。それは本当に嬉しくて。だけど、そこ


に甘えてばっかじゃいけないなって思って。私も大和くんのために出来ることをしよう


って決めたの」


 加奈子ちゃんは今できるかぎりの明確な未来が見えていた。


 自分の向かってる未来に視線を外したくなるぐらいに。



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