その20
○登場人物
宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)
橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)
南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)
山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)
村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)
武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)
橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)
橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)
次の日になっても憂鬱さに変わりはなかった。
昨日は定期的に加奈子ちゃんに電話をかけたものの、結局連絡はつかなかった。
メールでしっかり説明はしたけど、向こうの声を聞くまではどう思ってるのかは分か
らない。
それまでは安心になんてなれない。
さらに、そこにもう一つ障害が増えることになる。
加奈子ちゃんは今日から検査入院に入る。
これまでも長期の休みには必ずしてきていて、今回も病気の状態を調べるために検査
をすることになっている。
だから、余計に連絡がつきにくくなってしまう。
それに、昨日のことでいらない負担をかけてしまってないかも不安だった。
僕のことで加奈子ちゃんが検査に差しさわるようなことがあったら申し訳ない。
どうにかしないといけなかった。
武正からは昨日から電話やメールが数件ずつ来ている。
最初のうちは「おーい」とか「もしもーし」と入ってて、最後の方は「返信ぐらいし
ろぉ」とか「そろそろ返せぇ」と入ってた。
まだ返信はしていない。
こっちにとっては加奈子ちゃんとのことが最重要だったから。
そっちをどうにかすることが僕には先決だった。
それを行動に移したのは陽も暮れかけてきたころ、昨日あんなことがあってからちょ
うど一日が経ったあたりだった。
そんな時間になってしまったのは加奈子ちゃんの検査が終ってからにしようというの
が一つと、オバさんが面会から帰る頃合にしたいのがあった。
オジさんとオバさんにはなるべく今回のことは伝わらないようにしたい。
信頼してもらってる分だけ心苦しいし、顔も合わせづらい。
病院に着くと、加奈子ちゃんのいる部屋に進んでいく。
どんな顔をすればいいのか、どんな言葉を話せばいいのか、朝から考えつづけたこと
を頭に描きながら。
僕の意思で起こったことじゃないんだからとすればそれまでだけど、そんな楽観的に
通ることでもない。
とにかく誠意をもって向き合うしかない。
そう決めて、加奈子ちゃんがいる部屋に入っていく。
大部屋の奥の窓側のベッドで加奈子ちゃんは本を読んでいた。
誰も面会に来てる人はいなかったので安心して近づくと、側にまで行ったところで向
こうが気づいた。
今までのように笑顔で迎えてくれることはなく、表情は変わらないままだった。
加奈子ちゃんは読んでいた本を置いて、こっちへ向き直る。
向こうからの言葉はなく、少し沈黙が流れた。
「大丈夫? 検査」
「うん」
開口すると、静かな返答が来た。
気を落ち着けるために息をついて続けていく。
「昨日のことなんだけど、本当にあの人とはなんでもないんだ。メールに書いたとお
りで、ただ同じ学校で仲良くしてるだけで。あんなことされたのは初めてだし、そんな
ふうな関係じゃないんだ。ホントにただの友達だから」
周りに聞こえないように抑えめに話していく。
加奈子ちゃんは下を向いたまま、僕の話を聞いていた。
そして、しばらくすると加奈子ちゃんも静かに口を開いた。
「ただの友達があんなことするの?」
されると困る返答だった。
僕だって、どうしてああなったのかの真相は分からない。
「僕にも分からないんだ。急すぎて」
そのまま伝える。
「あの人は大和くんのことが好きなんじゃないの?」
またしばらくして返された。
その可能性も何度も考えた。
でも、これまでの武正の言動からすると辻褄の合わない部分もいくつもある。
「分からない」
またそのまま伝える。
「だって、それしかないじゃん。そうじゃなきゃ、あんなことしないでしょ」
強めにそう諭された。
確かにそうなると思う。
けど、それは昨日のことだけを見てる人の見解でもある。
これまで長く係わってきた僕の見解はまたそこから微妙に異なるものになる。
それが正答に結びつけることを惑わしていく。
「本当に分からないんだ。どうしてあんなふうになったのか」
困惑と混雑の中を迷うばかりで大きくため息をついた。
「大和くんはあの人のことをどう思ってるの」
少し間があってから訊ねられた。
「どう、って。どうもないよ」
武正を恋愛対象としては見たことはない。
「本当に?」
「本当だよ。あの子には彼氏がいるんだ」
「彼氏?」
僕が思っていたよりも加奈子ちゃんはその事実に驚いていた。
僕は知ってから月日が経ってることだったけど、初めて耳にした加奈子ちゃんにはそ
れだけのものがあったようだ。
「彼氏がいるのにどうしてあんなこと」
「分からない。だから分からないんだ」
答えを導きだすのは難しかった。
それは武正の中にあるものだし、きっと僕らにはなくて彼女にはあるものなんだろう
と思う。
僕らにはないものだから行き着くことに迷う。
ただ、このまま濁したままで帰るわけにはいかない。
「僕は他の誰かのところなんて行ったりしないから」
加奈子ちゃんの手をとって、そう伝えた。
答えは導けないけど、今ある確かなものを伝えた。
「信じていいの?」
「うん、約束する」
全てのことは解けないけれど、出来るかぎりのことはした。
次の日は部活のために学校に登校した。
正確には部活のためだけじゃなく。
むしろ、そっちの方が比重は大きい。
向こうの出方を探ろうとアクションは起こさないでいると、特に何もなく部活に打ち
こんでいくことになった。
そして、部活が終ってから部室に着替えに戻ったときに「校門にいるから」というメ
ールを確認する。
静かに気を入れこみながら向かうと、校門には武正の姿があった。
「うっす」
「うん」
いつもの快活な様子とは違う、歯の隙間から通してるような第一声だった。
「着いてきて」
同じような語調で言いこぼして、そそくさと歩きだしていく。
後ろを着いていくとファーストフード店に入り、人気の少なめな席に座った。
歩いてる最中に言葉はなく、その態度からも彼女が怒ってるのは読みとれていた。
席につくと、武正はドリンクに口をつけて、強めの視線を向けてきた。
「どうして何も返信してこないんだよ」
取りだした携帯を向けてきて、刺すような視線を突きつけてくる。
武正の言うことは理解できた。
あんなことがあった一昨日の夕方以降、僕は彼女からの一切の連絡を断っていたから。
その間に向こうからはたくさんの着信や受信メールがあって、その内容も次第に強い
ものになっていっていた。
返信すべき限界を超えていることは充分に分かってたけどしないまま今まで放置して
いた。
「そんな気分じゃなかった」
こっちもそう変わらない覇気のない声で返す。
「そんな気分じゃねぇだろ。人が電話してメールしてんだから返すのが普通だろ」
武正は怒りを抑えこみながら続ける。
返答次第ではいつでも爆発させられそうに。
「返さなかったのは悪い」
宥めるように返す。
このこと単体としてはこっちに非はある。
そこは認めたうえで、本題に進めていく。
「どうしてあんなことしたんだ」
本題に足を踏みいれる。
僕にとっても、加奈子ちゃんにとっても解決しておく必要のあることだから。
そのためにここは通らないといけないことだから。
「そうしようと思ったから」
「そんなんじゃ分からない」
「私は分かってるからいいの」
掴みどころのない返事しか来てくれない。
居直ったようにして、あえてこっちの意図とは違う道を選んでくる。
これじゃあ進まない。
「ムカついたから」
もどかしくもなっていると向こうから言葉は来た。
「誰に?」
そんな怒りに触れるようなことはなかったはずだ。
あのとき、僕らはこれということはしていない。
少なくとも、そんなふうに思われることは。
「あの彼女に」
加奈子ちゃんに。
加奈子ちゃんが武正に何をしたっていうんだ。
何もしてないし、何も話していない。
「なんでだよ。何もしてないだろ」
「そうだね、何もしてないね」
なのに、どうして。
何も反応がないことがそうだとしたら勝手じゃないか。
「どういうことだ」
そう返すと、武正は後ろのイスに寄りかかってた体をテーブルに起こしてくる。
前かがみに顔を近づけてきて、諭すように「私が」と口を開く。
「あんたのことを好きってことだよ」
それだけ言うと、武正はまた後ろのイスにもたれていく。
一昨日から何度も頭をよぎったものではあったけど、こうして言葉にされると複雑に
なってくる。
まだ嘘とここで言ってくれた方が助かる。
けど、今の状況からしてそれがないのは充分に分かる。
こんな武正の様を見たことはない。
嘘なんて付いちゃいない。
でも、それには一本線にならないところがある。
「お前、彼氏がいるんだろ」
ここは切っても切り離せない。
最大の矛盾であって、どうしても答えに届かなかった壁。
「いるね」
いやにあっさりと返してくる。
今ほど武正の掴めなさを途方もなく感じたことはない。
普段なら個性と片づけられるけど、今はそうはいかない。
「なら、おかしいだろ」
「どうして?」
「どうしてもこうしてもない」
「彼氏はいるけど、あんたを好きになったの。そうなったの。なっちゃったんだから
どうしようもないでしょ。今から消すことなんてできないし、するつもりもない」
まっすぐこっちを見たまま、そう言いきられた。
「だから、あんときに初めて彼女を見てムカついたんだよね。今までは話で聞いてた
だけだから具体的じゃなかったけど、実際に目の前に現れたらメラメラきて」
武正の言葉でこれまでの謎はだいたい解かれた。
武正の中にある一方的な感情に振りまわされた形だった。
純粋に抜粋するとすれば、武正の想いは嬉しいものだ。
よく一緒にいる女の子からそう想ってもらえたんだから。
ただ、それだけにはならない。
僕には彼女がいて、武正には彼氏がいる。
そこを強引に飛びこえるには無理がある。
そう解釈を続けてると、武正はまたテーブルに前かがみになって近寄ってきた。
「ねぇ、私と付き合ってよ」
今度はしっかりと告げられた。
「彼氏は?」
「あんたが付き合ってくれるんなら別れるよ」
それで武正の真剣さがより伝わってきた。
彼氏よりも僕を取ろうとしている。
でも、心は揺るがされるわけにはいかない。




