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その17



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 冬休みは絵に描いたようにだらだらと過ごした。


 部活の練習にだけは参加したけど、あとは家でごろごろとするだけ。


 部活がなければどうしようもないものだったことだろう。


 それでも、本当に家にしかいなかったわけでもない。


 家にいるときは何もしなかったっていうことで。


 山津と村石とは元日に会って神社に行った。


 混みあってる人の波を抜けて願いごとをする毎年恒例で正月定番の光景。


 願いごとは、みんなの健康、みんなとの関係ってところ。


 これは毎年変わらない。


 新しく願うこともない夢のない平凡なやつだ。


 まぁいい。


 進化は目立ってしてないかもしれないけれど、後退もしてるわけじゃない。


 とりあえず、それでいい。


 いつか進むときは来るだろう。


 そう単純に考えておく。


 加奈子ちゃんとは年末に会って、新年は4日に神社に行った。


 年末年始はオバさんの実家に行くことになってるから、これも毎年恒例の流れになっ


ている。


 そんなに混んではない中をするりと抜けて願いごとをする。


 願いごとは、加奈子ちゃんとの関係について。


 これもまた毎年変わらない。


 変わらずにいれることは良いことなんだと思っておく。


 その後に年末年始の話をしたりして、僕は午後から部活に行くことになってたから駅


までで別れる。


 「お久っ」


 「久しぶり」


 駅に着くと、そこには南江の姿があった。


 中学を卒業してからは会う機会もほとんどなくなったので久々になる。


 そのせいか、ほんのり成長の幅が見られた。


 たぶん、加奈子ちゃんや山津や村石とはよく会ってるから気づかないだけでちゃんと


みんな成長はしてるんだろう。


 「変わんないねぇ、宮尾」


 出鼻をくじかれる。


 「どう? 学校は」


 「まぁ、ぼちぼち」


 なんとなくの質問になんとなくの返答をしておく。


 「浮気とかしてないでしょうね」


 「するわけないだろ」


 「なら、よろしい」


 あいかわらずの突拍子もない質問をされる。


 南江は南江のままだった。




 寒い毎日が続く中、世間ではまた次のイベントが盛り上がりを見せていた。


 街では多くのチョコレートの売り場が目立って、報道ではその華やかな様子が伝えら


れていく。


 バレンタインデーとは喜ばしくもあり、そうでなくもある。


 人気のある男子にすれば天国の一日で、そうでない男子にすれば地獄の一日だ。


 聞けば、この日が嫌で学校を休む男子までいるらしい。


 そんな裏の部分は隠されて、表の部分ばかりが映されていく。


 男の側から言わせてもらうなら、裏にいるしかない彼らの身にもなってほしい。


 でも、おそらく彼らからしたら「このまま隠れたままでいさせてくれ」という言い分


になるのかもしれない。


 僕個人のことでいうと、正直どちらともつかない。


 人気があるわけじゃないけど、毎年加奈子ちゃんからは貰ってる。


 だから、天国か地獄でいうと明らかに天国だ。


 ただ、加奈子ちゃん以外の女の子に貰ったことはない。


 勉強はできない、運動はまぁまぁ、顔もそこそこ、何かの才能があるわけでもなく、


クラスの人気者でもない。


 えてして、モテる要素は持ち合わせていない。


 女子からすると、恋愛対象というやつから外れてるんだろう。


 加奈子ちゃんがいなければ、きっと僕は今でも異性との何の経験もなかったと思う。


 そう考えると、本当にありがたい。


 そんなやつの近くにいてくれるんだから。


 同時に、そんなやつのどこが加奈子ちゃんはいいんだろうと思ったりもする。


 考えようにも自分の短所ばかりが浮き彫りになってきて、モヤモヤしてくるので止め


にした。


 学校では女子のグループから誰にあげたとかが聞こえて、男子のグループからは誰か


ら貰ったとかがちらほら聞こえてくる。


 僕が主役になりはしない話だ。


 「おっす」


 そんなクラスメイトを横目にしてると武正が来ていた。


 「なんかバレンタイン一色だね」


 「うん」


 適当に流しておく。


 「宮尾は貰った?」


 今、一番どうでもいい質問。


 「いいや」


 「そうかぁ、可哀相だね」


 いかにも可哀相に向けられてきた。


 同情するなら、初めからそんな話をしないでほしい。


 「じゃあ、これあげるよ」


 そう目の前に紙袋が置かれた。


 「恵みのチョコだよ、宮尾」


 いかにも恵まれない男子そうに向けられてきた。


 「ありがとう」


 一応、そう返しておく。


 「ここで食べて」


 いきなり投げられた直球に驚く。


 「それは、無理でしょ」


 いくらなんでも。


 「一個でいいよ」


 いや、個数の問題じゃなく。


 「いいじゃん、ほらっ」


 言うことを聞かない子供に強引にさせるように、武正は紙袋の中身を取りだし、包み


も開けてチョコを一つ差しだしてきた。


 ここまでされてしまうともう食べなくさせる方が難しい。


 軽く周りを見ると、クラスメイトの視線もいくらか向けられていた。


 食べるにしろ、食べないにしろ、もはや後が怖い。


 諦めの息をつき、渡されたチョコを食べた。


 強攻策をとった武正の貫録勝ちだ。


 「どう」


 「美味しい」


 実際に味は美味しかった。


 「マジ? やった」


 武正は無邪気に笑ってたけど、こっちはたまったもんじゃない。


 「彼氏のと同じだけど手作りだから」


 そう包みを閉じたチョコを紙袋に閉まって渡してくる。


 んっ、待て。


 「彼氏いるの?」


 あまりにあっさり言われたから、すぐには気づかなかった。


 けど、違和感は確かにあった。


 「あれっ、言ってなかったっけ」


 今度は武正の方が違和感を感じ取っていた。


 言ってなかったもなにも初耳だ。


 そんな話、聞いたことない。


 「2つ上の高3」


 あっさりと武正は続けていく。


 「あっ、大丈夫。この学校じゃないから」


 何が大丈夫なんだ。


 というより、彼氏がいるってことは僕に対する行動のあれこれは一体どういうことだ


ったんだ。


 スキンシップの範疇ってことか。


 少しでも気があるんじゃないかとか考えた自分がバカみたいじゃないか。


 じゃあ、このチョコも本当に同情なのかよ。


 っていうか。


 「これって味見?」


 彼氏に食べさせる前の毒見みたいなことなのか。


 「さぁ、どうだろうね」


 武正はニンマリと笑ってくる。


 「いいじゃん、宮尾は彼女に貰えるんだし」


 やっぱり掴めない。


 全然掴めない。


 そればかりか、彼女の去った後にクラスメイトからは完全に恋人扱いをされてしまう


羽目になった。


 これまでも散々そう聞かれては否定してきたのに、あんな場面を見られてしまっては


否定しようが撥ねのけられるだけだった。


 たとえ、実際そうじゃなかったとしても無理な状態だった。


 だからって、他にちゃんと彼女がいるとも言わなかった。


 わざわざ自分から発信したくないし、加奈子ちゃんのことを聞かれるのも気が引ける


から。


 勝手に間違えさせておけばいいだけだ。


 実際そうじゃないんだからそれでいい。


 「待った?」


 「うぅん、全然」


 放課後、部活終わりに電車で帰ると駅の改札の横で加奈子ちゃんは待ってくれていた。


 暗くなった道を2人で歩きながら話してるうちにだんだんと思うものが表れてくる。


 この後に何があるのかはもう毎年のことで分かってるから。


 「ちょっと座ろう」


 川沿いの道にまで来ると、加奈子ちゃんに促されて川辺に座る。


 「はいっ、受け取ってください」


 加奈子ちゃんがスクールバッグから取りだした紙袋を手渡される。


 それが何なのかは見なくても分かる。


 「ありがとう」


 心からそう返す。


 「ねぇ、ここで食べて」


 いきなり投げられた直球に驚く。


 まさか、最近はその場で食べさせるのが主流になってるんだろうか。


 もしくは、高校生になるとそうなるものなのか。


 「ホントに?」


 「うん、お願い」


 笑顔でおねだりされると断るわけにもいかない。


 さっきの武正ので免疫は出来ているし。


 紙袋の中身を取りだし、包みも開けてチョコを一つ食べた。


 「美味しいよ」


 本当に味は美味しかった。


 「本当? よかったぁ」


 緊張が解けたように加奈子ちゃんは背中を丸めた。


 その後、チョコの製作過程や材料の話をされる。


 いろんな材料を使ってくれてたり、隠し味まで入れてくれてたりするようだけど、僕


みたいなやつにはそこまで判別する力は正直ない。


 味は美味しいかどうか。


 そして、それはどっちでもいいぐらいにこうして作ってもらえることが嬉しい。


 僕なんかのために、そう思えて。



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