その16
○登場人物
宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)
橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)
南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)
山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)
村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)
武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)
橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)
橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)
クリスマスイブ、世間は波を揃えるように気を高くさせていた。
街は色とりどりの華やかな様相で、人は表情を豊かにさせて、報道はその晴れた様を
伝えていく。
この日は当然加奈子ちゃんと約束をしていた。
「すごいね、なんか」
「うん、そうだね」
僕らはそれを眺める側だった。
その波に入るんじゃなく、街や人や報道を見て実感する側。
普段とは違う浮かれた気分に浸ってしまいたくはあるけど、そう羽目を外すわけにも
いかない。
特別な日だけど、僕らにはそこまで適するものじゃない。
そこには必然的に加奈子ちゃんの体のことが引っ掛かってきてしまうから。
あれだけ明るい空間で、人がたくさん流れててるところに長時間いるのは正直好まし
くない。
それでも波に入ってみたいのが本心だけど、それはそれ。
加奈子ちゃんに負担をかけることは避けたい。
去年の花火大会のときに無理をさせてしまったことで一層その思いは強まった。
加奈子ちゃんも僕に迷惑はかけないようにとそこを我慢してくれている。
申し訳なくもあるけど、これでいいんだと思うようにしてる。
僕らは他とは違うんだと。
ただ、この日は電車でにぎやかなところにまで出た。
そこに入るわけじゃなく、駅の近くのファミレスからその様子を眺めるために。
一応、クリスマスの雰囲気は味わっておこうってことになって。
そこから見れる活気のある街や人について話したりしながら時間を過ごしていった。
その後には場所を移動して、静かめな場所を散歩する。
途中で公園で一息つきながらゆっくりと。
今日みたいな日にはなんだか盛り上がりの欠けるものかもしれない。
でも、僕らはこれでいいんだ。
公園のベンチに座って、そこから目にする風景を眺めるのが幸せなことなんだと分か
ってるから。
家族で来てる人、友だちと遊んでる人、ペットとたわむれてる人、一人でいる人、散
歩をする老夫婦、風になびく草木、公園の外を走る車、向かいのマンションに並ぶ洗濯
物、そこから届けられる音。
切り取られた何気ない生活の一ページが心を朗らかにさせてくれる。
そして、きっと僕らもその中に入ってるんだろうと思う。
公園では加奈子ちゃんが作ってきてくれたお弁当を食べた。
高校生になってから、こうやって2人で遊ぶ日には加奈子ちゃんがお弁当を作ってき
てくれるようになった。
元々オバさんの手伝いはしてたようで、高校生を機に本格的に料理を教えてもらうよ
うになったらしい。
お弁当の中味はよくあるスタンダードなもので味もおいしかった。
なにより、こうやって作ってきてくれることが嬉しかった。
公園を後にすると、また散歩を続けていく。
なんとなく飽きが来たり、疲れると終らせて電車で帰ることにする。
時間に余裕があるときには家の近くの川辺に座って話をしていく。
だんだんと夕日が沈んで、辺りが暗くなってくるとそれが家に帰るサインになる。
「そろそろ帰ろうか」
そう立ち上がろうとすると、手を掴まれる。
横を向くと、加奈子ちゃんのためらいもある瞳が閉じていく。
そこから察すると、僕は加奈子ちゃんに唇を合わせる。
程よい時間で離れると、余韻に浸るようにもうちょっとだけその場にいる。
手は繋がれたまま。
それが僕らのこのときの幸せの形だった。
次の日のクリスマス、世間はまだお祝いのムードの中にいた。
昨日ほどじゃないにしても、街や人の華やかさは続けられていた。
ただ、違うのは僕の立ち位置だ。
昨日は外から流れを眺めるだけだったけど、今日はその流れの中にいる。
何か特別なわけでもないけれど、どこか痒さもある感覚があった。
この日は武正と約束したため、映画を観に行った。
映画は洋画のファンタジーの人気シリーズで、2人とも見たかったものが合ったから
それに決まった。
見たいと思ってたものだし、映画自体も面白くて純粋に楽しめた。
その後は昼食を食べて、彼女の買物に付き合わされた。
「どっか行きたいとこある?」
「いや、特には」
「じゃ、買物付き合って」
そうあっさりと向こうのペースに引きこまれてしまった。
洋服や小物の店に行くのを着いていけばいいんだろうと思ったけど、彼女はそう一筋
縄にはいかなかった。
女性モノの店だから外で待ってると、その度に入ってくるように促される。
呼ばれるからしかたなく入っていくけど、どうにも居心地は悪い。
そういうところに入るのは場違いだろうから、加奈子ちゃんとこういう店に行くとき
も基本的には外にいるし。
そんなことは知ったことなしに、彼女は「どっちがいい?」と2つの洋服や小物から
僕に聞いてくる。
そして、僕の選んだ結果は反映されてるのか分からないように気ままに買うか買わな
いかを決めていく。
結局、そんな調子で買物は3時間続いた。
外は暗くなってきてたけど、最後に「買物のお礼におごる」と言われてファーストフ
ードにワンドリンクで入った。
途中で僕のドリンクを飲んだり、道で腕を組んできたり、普通に鼻をかんだり、この
日も武正は掴みどころがなかった。
自由奔放で周りは惑わされることも多いけど、まぁそれが彼女の良いところでもある
から怪訝にも思えない。
「ねぇ、宮尾って彼女いんでしょ?」
それは突然放りこまれてきた。
学校とかクリスマスとか年末とか街並みとか何気ない話の中でいきなり。
急すぎたので返答に戸惑う。
「分かるよぉ。だって、イブに予定あるってそういうことでしょ」
武正は笑いながら安々と言っていく。
「ねっ、どういう子?」
僕の顔を覗きこんで興味本位に聞いてくる。
「かわいい?」
「どんなタイプ?」
「どこの高校?」
「どっちからモーションかけたの?」
「宮尾の彼女になるぐらいだからねぇ、そこそこ懐の深い子だと思うな」
完全に彼女のペースに巻きこまれていた。
なんとか煙に巻くことが僕にできる最大のことだった。
それでも、少しばかりのことは伝わってしまったけど。
それぐらいは言わないと、向こうも引きさがりそうにもなかったから。
どちらにしろ、彼女の自由には太刀打ちが難しいということだった。