その15
○登場人物
宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)
橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)
南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)
山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)
村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)
武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)
橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)
橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)
僕の高校生活はわりと淡々と進んでいった。
中学までの方が密度が濃かった分、あまり実が入らないのが正直なところだった。
高校生活に問題はないし、面白くないわけじゃないし、楽しいのは楽しいけど活力が
みなぎってくるような状態にはなってこない。
成長とともに僕自身が落ち着いてしまったのか、どうも前みたいにバカになりきれな
かった。
周りには前の僕のようにバカなやつらがいたし、ヤンチャばっかりの不良じみたやつ
らもいたけど、僕はどちらにも属してなかった。
バカもあまりせず、ヤンチャもせず、かといって真面目でもなく、その間をなんとな
く漂っていた。
近づきすぎず離れすぎずにうまい距離の中で、どことなく他の人たちとは違うところ
にいた。
それが淡々とした高校生活に繋がっていく。
これが3年間続いていくんだろうなと漠然と感じていた。
それはそれで味気ないけど、それでもいいかなとも思ってた。
無理に力まなくても、僕には加奈子ちゃんがいるし、山津や村石もいる。
だから、多くを望まなくてもよかった。
けど、そこに波は存在していた。
それは強さの量りにくい押してくる波だった。
変化の始まりは秋の文化祭のとき、年に一度のお祭りってことで校内は大いににぎわ
っていた。
クラスの出し物は当番制のものだったから、決められた時間以外は自由行動ができた。
校内の他のクラスの出し物を見てまわったり、校外に暇つぶしに出てみたりするもの
の、週末の2日となると時間を持てあますしかなかった。
加奈子ちゃんと南江は同じときに文化祭だったから来れなかったけど、山津と村石は
来てくれて片方の日がつぶせたのがせめてもの救いになった。
その暇なもう片方の日、目的もなく校舎内を歩いてると後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、そこには携帯電話を手にした女の子が立っていた。
「ねぇ、一緒に写真撮ってもらっていい?」
携帯を振りながら、フフンと笑顔を向けてくる。
ウチの制服を着てるけど見たことはない顔だった。
解釈しきれなかったけど、とりあえず断る理由はないから「うん」と答える。
その子は「よしっ」と小さく呟いて、携帯を横にいた連れらしき子に渡して僕の左に
来た。
そこでいきなり腕を組んできて、携帯にピースを向けていく。
何の前触れもなかったから驚いたけど、「撮りまぁす」って声がしたからこれという
反応をすることも出来なかった。
「ありがと」
2回撮られた後、何事もなかったようにその子はサラッと行こうとする。
すると、何か思いだしたように「あっ」とこっちに振りかえった。
「私、5組の武正七恵だから」
そう言い残して、流れるように去っていった。
完全に調子を崩されて、残されたこっちは変な感覚が起こされていった。
それ以来、事あるごとに武正は僕の前に現れるようになった。
常にってことではなく、毎日ってこともなく、決まったタイミングでもなく、本当に
気まぐれに。
朝一番に来て「眠っ」と目を細くさせてたり、昼休憩に来て「ちょっと寝させて」と
僕の机を枕代わりにしたり、放課後に来て「部活バックれてさ、ミスド行かねぇ?」と
言ってきたり、とにかく自由な子だった。
体育終わりに来て「ちょうだい」と僕のペットボトルを取ったり、「これウマいから
飲んでみ」と逆にペットボトルを渡してきたり、普通の高校生の男女の間には確実にあ
るはずの垣根を簡単に飛びこえてくる。
しかも、その行動に意図的なものはあまり感じられなくて、それが彼女の通常のよう
な気にさせられてしまう。
最初の出会い方がああだったから僕に好意を持ってくれてるんじゃないかと思ってた
けど、僕のことを「宮尾」と呼びすてにしたり、それに合うような奔放な言葉遣いだっ
たりして、もはや何が正解なのかが分からなくなってしまっていた。
僕の思考と彼女の思考は合わなさすぎて、一度頭の中を白くさせておくのがいいんだ
ろうなと決めた。
武正がどうして僕に係わってくるのか、僕がどうすればいいのか、そういうのはとり
あえず置いておくことにする。
考えたところで掴めないだろうから。
そうすることにすると、ようやく自分のペースを取りもどすことができた。
そして、2学期の期末試験の答案返却日に武正はまた僕のところへやってきた。
「宮尾、期末どうだった」
僕の結果はそこそこはできたというものだった。
「うっわ、頭いいじゃん」
結果を伝えると、武正はそう驚きを見せる。
彼女の結果も聞かされたけど褒められたもんじゃなかった。
といっても、僕もあくまでこの学校ではそこそこっていうだけのことなんだけど。
「宮尾さ、イブって予定ある?」
試験結果についての話が一通り落ち着くと不意に聞かれた。
「一応」
そう言うと、武正は「ふぅん」と納得していた。
イブなら加奈子ちゃんともう約束をしてある。
「じゃあ、クリスマスは?」
一間あって、再び聞かれる。
「特にない」
本当にないからそのまま答えた。
「映画でも行かない?」
「別にいいけど」
断る理由もなかったからそうした。
「よしっ、決まり」
そう立ち上がり、武正は「バイビー」と教室を後にしていった。