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その14



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 うだるような暑さのまま夏休みは終わり、二学期が始まった。


 花火大会の後の一週間強は加奈子ちゃんと外出することはなかった。


 体調に問題はなかったようだけど無理はさせないように。


 その代わり、行けるときは加奈子ちゃんの家におじゃまさせてもらった。


 なるべく行きたかったけどさすがに毎日というのもあれだし、僕には宿題という砦が


待ちかまえていた。


 夏休みの前半に余裕をこいて、後半に徐々に追いつめられる、よくあるパターンをな


ぞらえたやつだった。


 加奈子ちゃんにもそれは伝わってて、前半に「宿題やった?」と声をかけてもらうの


を「大丈夫、大丈夫」と軽く流して、後半に僕が弱音を吐くのを「しょうがないな」と


息をつかれるのが常になっている。


 やりたくないものはやりたくないし、やらなきゃいけないものはやらなきゃいけない。


 自由奔放っていいもんだけど、それだけじゃいけないようだ。


 そう毎年この時期に思いしらされる。


 結局、なんだかんだで終らせることはできてるんだけど。


 そんな思いを味わわされた後に行く学校っていうのはなんとも気の乗れないものでし


かない。


 暑くてやる気が出ないし、元々やる気なんてないし。


 今日は始業式だけでいいけど、明日から授業があると思うともう憂鬱だらけだ。


 登校中にそれを伝えると、加奈子ちゃんはあいかわらずと笑っていた。


 「どうしてそんなに嫌なのかなぁ」


 そう言われても嫌なもんは嫌でしかない。


 勉強に興味を持てる加奈子ちゃんには分からない。


 「ホントだね」


 そう笑っておく。


 教室に着くと、自分の席にへたばるように座る。


 幸い冷房はあるから、ここで充電していく。


 あんな暑さの中を歩いてきても元気に仲間と喋りあう余裕はない。


 この後の始業式の間中、冷房のない体育館に立ちっぱなしで体力の消耗は否めないわ


けだし。


 そんなことお構いなしにはしゃいでられるのはうらやましくもあるけど、そっちの中


でやっておいておくれ。


 「どうもぉ」


 なのに、こっちの気持ちも気にせずにくるこういうのがいるから困る。


 顔を上げると、南江が加奈子ちゃんを連れて立っていた。


 そして、2人は前と横の席に座っていく。


 「何をへばってんのよ」


 うっせぇ。


 「暑さに負けてんの? 弱っ」


 新学期になっても南江のお調子ぶりは変わってなかった。


 是非とも彼女に加奈子ちゃんぐらい女の子っぽくなってもらいたいもんだ。


 「部活やってんでしょ、暑さにやられててどうすんの」


 部活はなんとかなるもんではある。


 屋外での練習になると夏場はたまったもんじゃないけれど、いざやってしまえば最後


まで通せてしまう。


 きついのはきついんだけど。


 一度そういう状況に置かれてしまえばどうにかなるもんなんだろう。


 でも、今はそういう状況じゃないからそうはいかない。


 「いいんだよ、別に」


 適当に流しておく。


 そのやりとりを加奈子ちゃんは横から微笑みながら見ている。


 加奈子ちゃんは僕と南江のやりとりが好きらしい。


 加奈子ちゃんが喜んでくれるなら、なんて思えやしないけど。


 クッションを置くように南江は静まりながら僕と加奈子ちゃんを見ていく。


 この手の間がロクな方向に行かないのも分かってる。


 「初めてのキスはどうでしたか」


 小声でささやき、手をマイクの代わりにして向けてくる。


 「こらっ、ちょっと」


 すかさず加奈子ちゃんが間に入ってくる。


 「そちらはどうでしたか」


 関係なしに、止めにきた加奈子ちゃんにマイクの形の手を向ける。


 「何言ってんの、バカ」


 とにかく南江の暴走をやめさせようと加奈子ちゃんは制した。


 止まりはしたものの、なんとかしようとする加奈子ちゃんの様を南江は面白がって笑


っていた。


 そのやりとりを僕はただ見てるしかなかった。


 南江を操作するのは基本的に加奈子ちゃんの役目と決まってるから。


 誰が決めたわけでもなく、自然とそうなっている。


 「いいじゃん、別に悪いことじゃないんだし」


 悪びれた様子もない南江。


 「そういう問題じゃないでしょ」


 それを諭す加奈子ちゃん。


 これでこの2人の図式は出来上がってたりするから。


 「あんた、私のおかげでもあるんだからね」


 そういきなり矛先を向けられた。


 言葉の意味は分からないから呑みこめもしない。


 横を向くと、加奈子ちゃんがこっちに首を振る。


 気にしないで、ってことだろう。


 後で聞いたところによると、加奈子ちゃんは花火大会の前に南江に「絶対に花火大会


のときにキスするように」と言われてたらしい。


 僕の性格も汲んでか、「向こうからされなかったら自分からするように」と念を押さ


れてたようだ。


 そう、僕が山津や村石に言われてたことが相手の方でもされていた。


 まぁ、僕がそう言われたことは伏せておいたけど。


 事前にそう言われてたのに相手からされたなんて格好がつかないし。


 現に、それを山津と村石に伝えたときには脱力された。


 「お前、向こうからされてどうすんだよ」


 「情けねぇなぁ」


 そう言われたい放題に言われてしまった。


 そんな経験もないやつに言われるのは納得のいかないところもあったけど。




 それからは穏やかに2人の関係は育まれていった。


 僕の奥手さもあって、加奈子ちゃんの体のこともあって、決して無理はせず。


 南江や山津や村石は発破をかけてくるけど外野の声は気にしない。


 僕らのことなんだから。


 登校は一緒にして、下校はときどき一緒にして、教室でもたまに話をして、休日は週


に一度は外出する、今までと変わらないペースを続けていた。


 加奈子ちゃんの体は大きく崩れることはなかった。


 長い休みには検査入院をしてるし、家にはオジさんがいてくれることが大きかった。


 ただ、小さい波が来ることはあった。


 病院に運ばれるほどじゃないけど、花火大会のときのように呼吸が狭くなって苦しそ


うにうずくまってしまう。


 家のときはオジさんとオバさん、学校では南江、外にいるときは僕がその対応をする


ことになる。


 僕や南江は何ができるわけじゃないけど、時間が経てば治まってくるので側で背中を


さすったり、声をかけていく。


 そして、治まった後に一応病院に診察に行く。


 加奈子ちゃんの病気については未だに不明なところが多く、その具体的な対応も見つ


かってくれてない。


 「ごめんね」


 症状が現れると、加奈子ちゃんはいつも申し訳なさそうにする。


 加奈子ちゃんのせいなんかじゃないんだから謝らないでほしい。


 もどかしいけれど、僕が焦ってもどうにもならない。


 病気とうまく付き合っていくしかなかった。


 そんな中で壁のように遠くから押し迫ってくるものがあった。


 受験だ。


 経験したことがないから分からないけれど、外から入ってくる情報だとかなり煩わし


いもののようだ。


 いろんなものを犠牲にしながら長く長く勉強に向かってくなんて考えただけでため息


が出る。


 中間試験や期末試験の勉強さえあまりせず、そのあまりしない勉強ですら嫌々でやっ


てる僕には耐えられるはずがない。


 無理だ。


 そうハナから投げだしたいかぎりだったけど、否が応にもそれは近づいてくる。


 どうするかは僕次第だけど、どうしようにも受験はやってくる。


 いつかはやらなきゃならないんだろうと漠然とした不安を抱えていた。


 僕がそんな低い位置にいるうちに加奈子ちゃんは先を進んでいた。


 早くに志望校を決めて、勉強に向き合っていった。


 僕みたいに試験前にあくせくするんじゃなく、もっと前からゆとりを持って取り組ん


でいく。


 少しずつやっていくことで窮屈に詰めこまなくていい。


 試験への心得が分かっていた。


 逆に、分かってない僕は未来の自分を予想しながらも何も手を打たずにいた。


 ただ、加奈子ちゃんにはそうする理由もあった。


 加奈子ちゃんの場合、彼女を受け入れてくれる学校である前提項目があったから。


 事前に加奈子ちゃんの体のことを説明して、それでも入学を許可してくれるところで


ないといけない。


 実際に、志望校の候補の中には柔に断られたところもあるみたいだ。


 けど、それでもいいと言ってくれる良心的なところが多かったらしい。


 加奈子ちゃんはそう志望校を決めて、同じところを南江も受けることになった。


 加奈子ちゃんの体を心配してくれて、同じ高校に行くことにしてくれた。


 「誰かが一緒にいてあげた方がいいでしょ。誰かさんじゃ無理そうだから」


 せっかくありがたいと思ってたのに、憎まれ口をたたかれてその気持ちは半減した。


 でも、言ってることは当たってるだけに難しい。


 僕の学力じゃあ加奈子ちゃんと同じ高校には行けないだろう。


 少なくとも、加奈子ちゃん以上の勉強量を積みあげる必要がある。


 それだけのモチベーションを持てないのは自分自身が一番よく分かってる。


 今までは義務教育でなんとかなってたけど、この先は学力にふさわしいところへ行く


ことになる。


 当然、僕と加奈子ちゃんは別々になる。


 同じ高校へ行けたら言うことはなかったけど、流れとしてそれは諦めることになった。


 加奈子ちゃんから「同じ高校に行こう」とは言われなかったから、向こうも向こうで


諦めていたんだろう。


 オジさんやオバさんには「一緒のところに行ってくれたら」と言われて心苦しくあっ


たけど。


 そういうことに落ち着き、僕は僕のレベルの中で受験に向き合い、加奈子ちゃんは加


奈子ちゃんのレベルの中で受験に向き合っていった。


 長い期間の受験勉強はもう嫌で嫌でしょうがなかったけど、やらなきゃならないって


いう重圧でなんとかこなした。


 そして、2人とも無事に第一志望に合格することができた。


 同じ第一志望でもレベルが違うけれど。


 僕のなんて大したものじゃないけど、加奈子ちゃんがちゃんと進路を決められたのは


よかった。


 南江も合格してくれたから安心できた。


 「離れ離れになっちゃうと寂しいね」


 お互いの進路が決まった後、放課後に川沿いの道を歩きながら加奈子ちゃんがそっと


呟いた。


 「大丈夫だよ、いつでも会えるから」


 そう伝えても、加奈子ちゃんの表情があまり冴えない。


 僕にとって加奈子ちゃんの存在は大きい。


 今さら言うまでもなく。


 これまでは必ず側にいれたものがこれからは意識しないといけなくなる。


 一緒にいれる機会も確実に減るだろう。


 それは当たり前に寂しい。


 「大和くん」


 考えに浸ってると、不意に名前を呼ばれる。


 「いつもありがとう」


 何の前触れもなく言われて意図が掴めない。


 「どうしたの」


 「うぅん。言いたかっただけ」


 真意を聞こうとしたけど掴めないままだった。



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