その13
○登場人物
宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)
橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)
南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)
山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)
村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)
武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)
橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)
橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)
その後、加奈子ちゃんの家に連絡するとオジさんとオバさんがすぐに車で迎えに来て
くれた。
2人も僕らとは別で花火大会に来ていたから浴衣姿のままだった。
「大丈夫か」
2人は僕らを見つけるなり、真っ先に加奈子ちゃんに近づいて声をかけていく。
「うん、だいぶ落ち着いてる」
当然だけど、僕の存在なんて気にも留められないようだった。
2人が加奈子ちゃんを支えながら車まで移動すると、オバさんと加奈子ちゃんが後部
座席に乗り、僕は助手席に乗った。
車中ではオバさんが加奈子ちゃんを優しく抱きしめ、加奈子ちゃんも安心して身を委
ねていた。
それは心強かったけれど、僕自身は安堵というわけにもいかなかった。
理由は車内の空気。
これという言葉もなく、沈んだ空気が流れている。
オジさんはただ前を向いて運転していて、オバさんは加奈子ちゃんの介抱に集中して
いて、正直僕は孤立してる雰囲気だった。
その空間に不穏なものを感じずにはいられなかった。
2人が僕にどういう思いでいるのかが分からず。
やっぱり2人で行かすんじゃなかった、こんなやつに娘を任すんじゃなかった、そう
腹の内では怒りに似たものを抱えてるんじゃないかと考えると居心地は悪くてたまらな
かった。
そんな時間が流れていき、車は自宅へ到着した。
僕もあがるように言われて、3人の後ろを着いていく。
家に入ると、リビングのソファに加奈子ちゃんは寝かされてオジさんが様子を診てい
く。
いろいろ念入りに診察していき、特に問題はなさそうだと言われてホッとした。
大人数の中にいたことの圧迫感が状態を悪くさせてしまったようで、体そのものに大
きな不具合はないらしい。
緊迫した状況からようやく放たれて、張りつめていたものが薄くなっていく。
沈んでいた空気が緩んでくると、オジさんが僕を家まで送ってくれることになった。
「すいませんでした」
玄関まで来てくれたオバさんとオジさんに僕は今日初めての言葉を発する。
こういう事態になってしまったことへの罪悪感は強く、謝りたいと思ってたものが口
からやっと出てきてくれた。
「どうしたの」
「いえ、なんか」
言葉にはしづらかった。
自分の非を口にするのは痛みをまた起こすようで。
その代わりに、きちんとした思いの言葉とともに頭を下げた。
「いいのよ。あの子、大和くんと行くのを楽しみにしてたんだから」
顔を上げると、オバさんが優しくそう伝えてくれた。
心に詰まってたものが少し取りのぞかれた。
オジさんと車に乗ると、また助手席に乗るように言われる。
「あんまり自分を責めるなよ」
発車してからそう経たないうちにオジさんに言われた。
心内を突かれたようだった。
「でも、僕がもっとうまく出来てたら」
今ごろ言ったところでどうにもならないのは分かってる。
ただ、僕の誘導の悪さのせいでこうなったのは大きく占められてるはずだ。
責めたくもなる。
「どうして君に任せたと思う?」
横を向くと、オジさんは前を見て運転していた。
オジさんの問いかけへの答えは出てこない。
「2人で行かせるのはリスクを伴う。こうなることだって予測はできた。実際、俺も
どうしようか迷った。いつものように俺も奥さんも一緒の方が安全面は保障されてる。
それでも君に任せたのはどうしてだと思う?」
オジさんの言葉は正しかった。
だからこそ、答えに行きつくのに悩む。
「俺は当然あの子のことが心配なんだ。もちろん奥さんもね。それに、俺は医者だか
ら外的にも内的にもあの子の状態を気にかけることが出来る。けどね、あまり過保護に
なりすぎないように注意してるんだ。加奈子の人生は加奈子のものだからさ。いくら病
気を抱えてるっていっても、それを妨げる権利は俺たちにはない。だから、あの子の望
みはなるべく叶えてやりたい」
言葉たちに胸が締めつけられる。
オジさんの加奈子ちゃんへの思いがこれでもかと伝えられて。
オジさんは本当に加奈子ちゃんのことを愛している。
心配は過ぎるほどあるはずだ。
それでも、彼女の自由のために一歩引くところも守ってる。
これが本物の愛情なんだろう。
僕はそんなことも分かりきらず、それを裏切るようにしてしまった。
後悔の念を携えながら、車は自宅の前に到着する。
「俺はあの子の痛みを一時は和らげることができても、全てを取りのぞくことはでき
ない。医者としても、父親としてもやれることに限界はある。あの子の人生の全てが俺
ってわけじゃないからさ。それは奥さんにも同じだ。あの子はウチの中だけで生きてる
んじゃない。俺らにはやれないことがどうしても出てくる。そして、それをやれるのが
君なんだ」
丸まった背中を押してくれる言葉だった。
横を向くと、オジさんもこっちを見ていた。
「これからもあの子と遊んでやってくれよ」
そう肩をポンと叩かれる。
この人には敵わない、そう痛感させられた。
次の日、昼過ぎあたりに加奈子ちゃんの家に行った。
状態がどうなってるかが気になって。
昨日あんなふうになってしまって自分の中に気まずさがあったけど、オジさんにかけ
てもらった言葉に力をもらっていた。
僕に出来ること、それをしたいと思った。
「いらっしゃい。上にいるからね」
「はい」
家に着くと、事前に連絡しておいたのでオバさんにスムーズに案内された。
階段を上がると、加奈子ちゃんの部屋の扉をノックする。
遊びに来たことは何度もあるから、どこの部屋かはすぐに分かる。
中から応答があったので開けると、加奈子ちゃんはベッドで本を読んでいた。
「大和くんだ」
僕を見ると、いつもの笑顔で迎えてくれた。
その快活な笑顔に心内を撫でられる。
「大丈夫?」
「うん、全然大丈夫」
何事もないようでよかった。
実際、今日は朝から調子は回復に向かってるらしい。
ずっと心配してたからホッとできた。
「昨日はごめんなさい」
表情が落ちつくと加奈子ちゃんは急に謝ってきた。
突然のことで反応に戸惑う。
「私のせいで大和くんにいっぱい迷惑かけちゃって」
申し訳なさそうに言う加奈子ちゃんの姿を目にするのが申し訳なかった。
「いやっ、あれは僕が悪いんだ」
僕が欲望に負けて、ちゃんと誘導しなかったのがそもそもの理由なんだから。
「うぅん、私がこういう体だからいけないんだよ」
自虐的な言葉を発せられて、それは違うと否定しようとする。
「でもね、嬉しかったんだ」
その前に、次の言葉が来た。
「大和くんが「私と花火大会に来れたことが嬉しいんだ」って言ってくれたのが」
昨日の場面を思いかえしていく。
とにかく必死だったから、多分言ったぐらいにしか覚えてなかった。
「あれ、本心だよね」
そう探るように聞かれ、「うん」とうなずく。
あれだけのときに口から出てきた言葉なんだから本心に違いない。
「よかった」
加奈子ちゃんは表情を崩して、笑みをこぼした。
あのとき、加奈子ちゃんが「私なんかと一緒にいない方がいいよ」と言ったのはショ
ックではあった。
そんな離すようなことを言われたことが。
加奈子ちゃんは自分が重荷になるのが嫌だと感じたんだろうけど、それでもああいう
言葉が実際に来るのは嫌なものだった。
そんなふうに言わないでほしい、そう思って素直に出た返答だったと思う。
「ねぇねぇ」
呼びかけられ、現実に意識が戻る。
「さっき鏡見て気づいたんだけどさ、私ここにホクロあるの」
目の下を指しながら加奈子ちゃんが言った。
パッと見では分からない。
本人がさっき気づいたぐらいなんだからすぐ判別できるものじゃないだろう。
「そうなの?」
「うん。ほらっ、ちゃんと見て」
そう促されて、近づいて見てみる。
よく見てみると、確かに目蓋のところに霞む程度のものがあった。
そう思ったのはわずかだった。
気づいたときにはもう加奈子ちゃんの唇が僕の唇に合わさっていた。
不意を突かれて、何も動けなかった。
そうはない時間だったろうけど、果てしなく長く思えた。
離れると、変に汗が滲んでくる。
冷房は効いてるのに体が熱くなっていた。
昨日は余裕の無さから大丈夫だったのかもしれないけど、今は現実感があって自然に
体が反応していく。
「昨日、ああいうふうだったから」
話しはじめる加奈子ちゃんをまともには見れなかった。
「あらためて、ねっ」
気恥ずかしさもある様で話してるのがかわいらしかった。
でも、いかんせんそれをはっきり眺めるだけの余裕はなかった。
視線を散らつかせながらなんとなく捉えるほどが精一杯で。
それからも花火大会とかの話をしたけど、正常には戻れずじまいだった。