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その12



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 花火大会の当日は雲も少なく天候にも恵まれた。


 気温も時間が経つごとに下がっていき、集合時間には暑さも控えめになっていた。


 待ち合わせ場所の駅前には同じようにこれから花火大会に向かうであろう浴衣姿の人


たちもよく見られる。


 その中から加奈子ちゃんの姿が見えたのは待ち合わせの5分後だった。


 「ごめん、待った?」


 「うぅん、全然」


 待ってないわけじゃないけど、このぐらいどうってことない。


 むしろ、ちょっとぐらいなら待ってる時間も楽しく感じられる。


 通りすぎてく他の人たちを見ながら加奈子ちゃんはどんな浴衣で来るんだろうと想像


したり、やることはいくらでもあるし。


 「なんか変な感じだね」


 そう加奈子ちゃんが表情を緩めながら視線を上下に動かしていく。


 僕の浴衣姿を見ての第一声。


 制服がだいたいで、たまに私服で会うぐらいだからこういうときはなんとなく普段と


違う感覚で照れも出てしまう。


 一応は毎年お互いの浴衣姿は目にしてるけれど、今年はなんだか今までとは別の思い


が生じてくる。


 2人の関係が進展してることや2人きりで初めて行くということもあって。


 「似合ってるよ、それ」


 加奈子ちゃんのピンクホワイトの浴衣を眺めて言った。


 「ありがとう」


 笑顔になるとよりいっそうかわいい。


 「大和くんも似合ってるよ」


 僕の黒地の浴衣を指して言った。


 「うん、ありがとう」


 褒め合いはなんだか恥ずかしく、それを打ち消すように2人とも笑った。


 「行こっ」


 そう助けの手が入り、目的地へ出発する。


 電車に乗ると花火大会に行くんだろう親子連れや友達グループやカップルが多くいて、


降車駅を出るとそれはさらに広がっていった。


 目的地に向かう道にはすでに人の流れが出来ていて、そこに着いていけば何を頼らず


とも辿りつけるのは問題ない。


 花火のよく見える川辺や橋の付近の場所取りを目指してる人たちはこんな時間にはこ


こを歩いてないから、花火を見れればいいという人たちの作る流れはゆったりとしてい


て急かされるものがなくよかった。


 当然、僕らも花火を見れればいい方になる。


 それは良いポイントで見れればこしたことはないけど、そういうたくさんの人たちが


押しあうように集まるところは加奈子ちゃんの体には適さない。


 実際、これまでも毎年そういうところからは少し離れたあたりから眺めてたから。


 特に今回は2人きりで初めて行くわけだからそこには慎重にならないといけない。


 オジさんとオバさんのことは加奈子ちゃんがなんとか説得したらしい。


 やっぱり最初は2人とも加奈子ちゃんの体を心配したけれど、熱心に頼みこんで了承


してもらえたようだ。


 毎年花火大会に一緒に来てたし、あの恋愛成就の丘のときもそう問題なかったので信


用してくれたみたいだ。


 だからこそ、それに応えないといけない。


 それと同時に、僕にはもう一つの使命に似たものがあった。


 「お前、ここは決めどころだぞ」


 数日前、山津と村石と集まったときだった。


 花火大会の話になったとき、今年は加奈子ちゃんと2人で行くことを伝えると山津か


ら言いはなたれた。


 「何が?」


 「バカやろう。キスだろ」


 「はぁっ」


 急に声が大きくなってしまった。


 あまりにも予期しない言葉が来た驚きで。


 「何言ってんだよ、オイ」


 「何言ってんだよ、じゃねぇよ。こんなチャンス、またとないだろうが」


 「いや、だからって」


 「アホか。お前みたいな無頓着なやつのためにこういうイベントがあるんだろ」


 無頓着って言い方は違うと思ったけど抗議するほどゆとりはなかった。


 でも、僕だって人並みにそういうことへの興味はもちろんあった。


 キスにも夢を持っていたし、加奈子ちゃんとすることを想像したことも何度もある。


 けど、どこか現実的にならないところがあった。


 加奈子ちゃんはいつもそのままでいるし、2人の間に流れてるものも変わらない気が


して、それはそれで良いことなんだろうけど、そこからキスに繋げるのは強引に思えて


いた。


 確かに、2人の言うようにこれはチャンスかもしれない。


 普段の中でできないんなら、こういう機会にするしかない。


 「んっ?」


 意識を集中させてるうちに、加奈子ちゃんの唇を見てしまっていた。


 「うぅん、何でも」


 頭の中のよこしまな気持ちを打ち消すように首を振る。


 あれから数えきれないほどの想像を繰りかえした。


 するとしたら、やっぱり花火が盛り上がってるときだろう。


 そこにしよう、そう照準を定めた。


 目的地に到着すると、多くの人たちの姿が見られた。


 花火をよく見える川辺や橋のあたりはひしめくように人で埋まっている。


 僕らはほどほどに離れたところに位置取ったけど、それでもそれなりの人の集まりよ


うだった。


 まぁ、年に一回のお祭りなわけだからそこはしかたない。


 むしろ、こうでないとお祭り気分になれなくもあるわけだし。


 定位置が決まると、始まるまでは2人で話を続けた。


 何気ない話だったけど、僕の心は締まるものが次第に強まっていく。


 時が迫ってくるごとに圧迫されていく。


 花火大会じゃなくキスへのカウントダウンが。


 そして、その針の音はどんどん大きくなっていく。


 そんな思いの中、花火大会は幕を開けた。


 一発目の花火の軌道が上がっていき、上空で大きな音とともに開くと周囲から感嘆の


声があがった。


 一つ、一つ、花火が開いていくたびに惹きつけられていく。


 心は洗われて、単純な思いが残されていく。


 横を向くと、加奈子ちゃんも花火に見とれていた。


 その良い表情を見ていると、視線に気づいたのか向こうもこっちを向いた。


 「キレイだね」


 「うん」


 そうハニかみ、加奈子ちゃんはまた顔を上げる。


 僕も同じようにした。


 時が経つにつれて、鼓動の高まりは加速していく。


 周りにいる人たちは純粋に花火だけを楽しんでるけれど、僕にはそれは無理だった。


 カウントダウンの終着点は刻一刻と見えてきているから。


 視界ではきちんと花火を楽しんでるものの、体の中はもうどこにも逃げ場がないほど


緊張で埋めつくされていた。


 花火大会は終盤に入り、一気にたくさんの花火が上がっていく。


 次から次に連続して開いていく様に周囲からまた感嘆の声があがってく。


 僕ももちろんその見事な光景に目を奪われていた。


 ただ、それだけというわけにはいかない。


 意識は別の方向に行っていた。


 ここが事前に決めていたタイミングだった。


 最大の盛り上がりであるここで実行に移すのが山津や村石と練られた筋書きだった。


 今だ。


 ここだ。


 そう自分自身に発破をかけて、心の中で叫んでく。


 なのに、体が動いてくれない。


 自分の意思や願望に反して、一向に体は横に向かない。


 この盛り上がりを邪魔しちゃいけないんじゃないか、本当にこのタイミングなんだろ


うか、加奈子ちゃんはこれを望んでるんだろうか、急にこんなことをして嫌われでもし


たらどうしよう、そうネガティブな思考がどんどんと割ってくる。


 それがただでさえ緊張してる体をガチガチに固めてしまっていた。


 もはや、僕の体の中はパニック状態だった。


 僕ができることはそんな状態であるのをバレないように隠すことしかなかった。


 連続して打ち上げられていく花火も終わり、花火大会は終了となった。


 最後まで隠すことはできたものの、計画は完全に失敗になった。


 「よかったね」


 「うん」


 僕が自分の中で葛藤を続けてることなんて知る由もない加奈子ちゃんは花火に満足し


きりだった。


 まぁ、加奈子ちゃんが喜んでくれたんなら良しとしよう。


 そうなんとか自分を慰める。


 自分を納得させないことにはやりきれなかったから。


 息をついて、諦めをつかせると次第に平穏を取り戻していけた。


 そこでようやくハッとなる。


 しまった。


 加奈子ちゃんの体のことを考えて、少し早めに帰るつもりでいたんだ。


 多くの人たちがなだれこんでしまう前に帰路についた方が安全だろうから。


 周りを見渡すと、同じように混雑を避けようと急ぐ人たちがどんどん早足で過ぎてく


のが見えた。


 キスしようとするのに夢中になったり、空回りしまくったり、それに後悔してるうち


に後手に回ってしまっていた。


 一気に現実を突きつけられていく。


 「ごめん、人がいっぱいだ」


 目の前を流れてく人たちをただ眺めながら言いこぼした。


 「何で? 大丈夫だよ、行こう」


 僕の言葉の意味を理解したようでフォローしてくれた。


 加奈子ちゃんに手を引かれて、人の流れの中に入っていく。


 入ったはいいけど、そこはたくさんの人たちが我先にと早く早く通っている。


 僕らが望むようなスピードとは程遠いものだった。


 だからといって、この流れの中で僕らだけがゆったりと進むわけにもいかない。


 そんなんでここにいるなって周りの心の声が居たたまれなくなる。


 このまま行くしかなかった。


 小まめに隣を見やると、加奈子ちゃんもこっちを見て口角を上げてくれた。


 なんとか保ってくれ、そう隣を歩く加奈子ちゃんに願う。


 ただ、こんなに密集された人の中では僕でさえ容易には身動きはとれない。


 前後左右からの圧迫感もかなりあって、まだ身長の高くない僕らは大人たちに埋もれ


るようになっていた。


 その悪状況でもなんとか気を集中させて進むうちに遠くに駅が見えてきた。


 よかった、もうすぐだ。


 そう息をつくと、腕を柔に掴まれた。


 そっちを向くと、加奈子ちゃんが寄りかかるようにしてきた。


 「ごめん、無理かも」


 うつむきながら小さな声を送られた。


 すぐに危険を察した。


 どうしよう、どうすればいい、そう急速に巡らせていく。


 けど、これだけの人に囲まれた中でうまく頭を働かせられない。


 ただでさえ良くない頭だからどんどん追いこまれていく。


 よく整理もできなかったけど、とりあえずこの人の流れから外れるのが最善なのは理


解できた。


 すでに出来あがった流れを割っていくのは難しかったけど、必死に周りの人たちの間


をかきわけていく。


 加奈子ちゃんの肩を抱えて、ひたすら進みにくい方向へ進んだ。


 いつもならオジさんやオバさんが守ってるけど、今は僕しかいない。


 僕が守らないといけない。


 その一心で人の波の外へと出た。


 ようやく安心できたものの、そんな場合じゃなかった。


 抱えていた加奈子ちゃんの体が縮まっていて、声が不定に上がっている。


 苦しそうに僕に寄りかかり、呼吸の感覚が狭くなっていった。


 「大丈夫?」


 心配で声をかけていくけど、加奈子ちゃんからの返答はない。


 悪化していく現状に焦りが募っていく。


 どうにかしないといけない。


 辺りを見回すと、側にはマンションがあって、その向こうに公園があった。


 あそこだと思い、加奈子ちゃんをおぶってゆっくり歩いていく。


 公園に入ると、ベンチがあったのでそこで加奈子ちゃんを降ろした。


 ベンチに座ると加奈子ちゃんはそのまま体を丸くしてうずくまった。


 「救急車呼ぶ?」


 そう訊ねると、加奈子ちゃんは乱れる呼吸の間をぬって「うぅん」と呟いた。


 僕は横に座り、息苦しくする加奈子ちゃんの背中をさすっていく。


 正直、それ以外に何をすればいいのかも分からなかった。


 僕には医学の欠片もないわけだから。


 こうなるんならオジさんやオバさんと4人で来ればよかった、オジさんがいてくれれ


ばちゃんと対応できたのに、オバさんがいてくれればもっと寄りどころになってもらえ


たのに、そう悔やんだところでもう遅い。


 これが正しい対応なのかも分からないまま、加奈子ちゃんの背中をさすることしかで


きなかった。


 もはや、それは何もしてないのと変わりはないと思えた。


 僕はあまりにも無力だった。


 ただそこにいるだけの人間だった。


 こんなにも自分が情けないと感じたことはなかった。


 目の前で苦しむ加奈子ちゃんを思いながらも、屈辱といえるものの痛感を自分自身に


刻んでいく。


 その間を行ったり来たりしながら時間は経過していった。


 辺りには人の気配もまばらになり、僕らには外にいるには遅い時間になっていた。


 さっきまであんなににぎやかだった場所なのに、今は音も少ない静かな空間になって


いる。


 その中で、僕はまだ加奈子ちゃんの背中をさすっていた。


 それしか出来ない低脳なロボットみたいに。


 だとしても、そうするしかない。


 そうしなかったら、僕は何もせずにやりきれなくなるしかないから。


 「ごめん」


 呼吸がある程度元に戻ってきた加奈子ちゃんが細く呟いた。


 「ごめんね」


 もう一度続くと、加奈子ちゃんの背中が小さく震えて泣きだしてしまった。


 急な変化に、僕はどうしていいか分からなくなった。


 むしろ、謝るべきなのは僕なのに。


 加奈子ちゃんがこんなに苦しんでるのに何もできない僕なのに。


 「どうしたの」


 そう切に訊ねる。


 泣いている加奈子ちゃんに、僕は困るしかなかった。


 加奈子ちゃんはしばらく泣いていて、治まってくるとうずくまってた体を少しずつ起


こしていく。


 まだ涙で濡れてる顔を向けられて心が痛んだ。


 「大和くん、私なんかと一緒にいない方がいいよ」


 「どうして」


 「私といると、花火大会もろくに楽しめないんだよ」


 そんなこと言わないで、そう直に感じた。


 涙声で並べられる言葉が本心じゃないことぐらい分かりすぎるほど分かった。


 「それでいいんだよ」


 だから、そんなふうに自分を傷つけないでほしい。


 「加奈子ちゃんと一緒に花火大会に来れたことが嬉しいんだ」


 そう思いを込めて伝える。


 すると、加奈子ちゃんの瞳に涙の粒があふれてきた。


 また背中をさすってあげると、その涙はスッと流れていった。


 「ありがとう」


 泣きながら小さく呟くと、見合っていた加奈子ちゃんの顔が近づいてくる。


 戸惑う暇もなく、2つの唇は合わさっていた。


 短い時間で離れると、唇に残った加奈子ちゃんの涙の塩気が伝わってくる。


 展開に追いつけずにいると、加奈子ちゃんが僕の肩に寄りそってきた。


 受けとめるというよりもそこに止まってるという状態になっていた。


 緊張は一気に振りきれ、それが向こうに伝わってしまわないようになんとか抑えよう


とするのに必死だった。



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