その11
○登場人物
宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)
橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)
南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)
山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)
村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)
武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)
橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)
橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)
それからは緩やかに加奈子ちゃんとの関係は育まれていった。
登校も一緒にするようになって、学校でも話をするようになった。
下校のときに寄り道して川辺に座って話したり、休日に遊びに行くときに少し遠出し
たり、それぞれのことが一段上がっていた。
遠出といってもせいぜい電車で数駅分のところまでだし、話してる内容もたいして変
化はない。
それでも、これまでとは違う感覚が確かに2人の間にはあった。
今までは何も垣根のなかったところに緊張感が生じていた。
どこまで踏みこんでいいんだろう、今どう思ってるんだろう、ちゃんと楽しんでもら
えてるんだろうか、そういう探りが常に胸につかえてきて。
恋愛っていうのは厄介なんだなって初心者なりに思わされていた。
それは良い緊張感ではあるし、贅沢な悩みではあるんだけど。
当然、それをそのまま相手にも当てはめる。
加奈子ちゃんは僕に対して同じように思ってくれてるんだろうか。
僕だけがいっぱいいっぱいなのか、加奈子ちゃんも2人でいることに緊張感を持って
るのか。
接してる感じでは加奈子ちゃんの方が僕よりも余裕があるように見れる。
リラックスしてるし、楽しそうにしてるし、ここというモーションを起こすときは向
こうからのことが多い。
あの丘のときもそうだったけど、手を繋ぐときには必ず加奈子ちゃんから手を差しだ
される。
「つなごう」
ゆっくり手を伸ばしてきて、温かく僕の手を迎えてくれる。
本当は男からやるべきなのかもしれないけれど、どうにも踏みこめない一歩だった。
僕はこの手のことについてはずいぶん情けないやつみたいだ。
学校でもそれは表れている。
2人の関係が次第に広まっていくと、加奈子ちゃんといると周りからなんやかんやと
言葉を投げられることもあった。
それに対して、加奈子ちゃんは「気にしないでおこうよ」と言ってたけど、僕はいち
いちチクチクと心に刺されてしまっていた。
そこにおいて、南江や村石や山津の存在は助かっていた。
学校で2人が話すときにはいつも南江もいて、周りから心ない言葉が来たりすると持
ち前の度胸のよさで立ち向かってってくれる。
僕らの関係をなんとか進ませようとするおせっかいこそあるけれど。
それ以外のときに言われたりすると、村石がフォローをしてくれた。
村石や山津もだんだん僕らの関係を受けいれてくれ、応援してくれるようになった。
3人がいてくれるおかげで、学校でも加奈子ちゃんとの関係をふさぐことなくいられ
ることができた。
いろいろ面倒くさいこともあるけれど、大きな秘密をなくしたことでスッキリできた
ところもあった。
その後、一学期はつつがなく終了することができた。
加奈子ちゃんの体調も退院してからは特に悪くなることもなかった。
無事に終業式を迎えられてよかったけど、期末試験の答案や通知表の内容だけはホッ
とすることは無理だった。
あいかわらず、僕は勉強ってものが苦手だった。
好き嫌いはもちろんだけど、体にどうにも馴染んでくれない。
好きなスポーツの選手やチームや試合のデータはすんなり入ってくるのに、年号やら
数式やら英単語やらは拒んでいく。
そんなわけで、僕にはこういう真面目なものは不向きなようだった。
それに対して、加奈子ちゃんは勉強に向いていた。
加奈子ちゃんは変わらず学ぶことに前向きで、そこに面白さを見い出せるらしい。
僕にはよく分からないけど。
きっと、加奈子ちゃんみたいなタイプには勉強の方から寄ってきて、僕みたいなタイ
プには離れていくんだろう。
そんな中、加奈子ちゃんからある提案をされた。
期末試験の答案返却日の放課後、快晴の通るような暑さの中、川辺の木陰に座って話
をしてるときだった。
「やっぱりさ、花火大会2人で行かない?」
花火大会はこの川をもう少し行った先で毎年夏に行われてるものだった。
多くの人で賑わい、川の付近は人だかりになる盛況ぶりになる。
僕らも毎年そこにオジさんとオバさんと4人で行っていた。
浴衣で出かけて、屋台で買ったものを食べて、キレイな花火を見て楽しむ。
その通常の流れが今年は自然と違った方向へ向かう。
2人でそこに行くこと、それは僕も考えていたところだった。
けど、それには障害も生じてくる。
それが加奈子ちゃんの言葉の「やっぱり」に繋がってくる。
この日の休憩時間、加奈子ちゃんと南江に囲まれたときだった。
花火大会の話になったとき、去年まで4人で行っていたことを話すとすかさず南江が
「じゃあ、今年は2人だ」と言ってきた。
僕も考えていたことだし、ありがたいトスではあったけど簡単にアタックできるもの
ではなかった。
どうしても、そこには加奈子ちゃんの体のことがついてくる。
あれだけ多くの人が集まるところだから、花火のときには人だかりになるし、移動す
るときには人の波ができてしまう。
その中にいるのは体には負担になる。
現に、そのときやその後に加奈子ちゃんが体調が悪くなったこともある。
だから、オジさんやオバさんがいてくれるのは大きな力になってくる。
僕だけじゃあ対応が難しいと思う。
正直、その現実は目を背けられない。
それを伝えると、南江も「なら、しかたないね」と納得していたし。
でも、本心は違う。
それが加奈子ちゃんの言葉になって出た。
「大丈夫なの?」
そのまま受けとめたい気持ちはあったけど、そこから生まれる不安も当然拭えない。
こんななんてことない自分が加奈子ちゃんの不安材料を全て受けとめていいのか。
僕には荷が重いんじゃないのか。
「うん。無理しないから」
そう言ってもらえたけど、決断にまで踏みきれない。
「お父さんとお母さんはちゃんと説得するから」
願うような表情で見られて心が揺らぐ。
加奈子ちゃんの思いに応えたい、そう揺らぐ。
「分かった」
一度うなずき、そう言った。
自信が生まれたとかじゃなく、加奈子ちゃんの願いを叶えてあげたかった。
「ありがとう」
表情を崩す加奈子ちゃんを見て、少しばかり安心することができた。
同時に、いろいろな不安要素も浮かんできていた。