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その10



○登場人物


  宮尾大和・みやおやまと(特に何かに秀でたこともなく毎日を生きている)


  橋山加奈子・はしやまかなこ(生まれつき病気を抱えたまま生きている)


  南江くるみ・みなみえくるみ(加奈子の友達で良き理解者)


  山津高志・やまづたかし(大和の小学校からの友達)


  村石樹・むらいしいつき(大和の中学校からの友達)


  武正七恵・たけまさななえ(大和の高校の同級生、自由人で大和を気にかけてる)


  橋山達夫・はしやまたつお(加奈子の父親、医者で加奈子の病気を気にかけてる)


  橋山時枝・はしやまときえ(加奈子の母親)





 次の日の朝、半分寝た状態で学校に出かけていく。


 昨日の夜はうまく寝つけず、その分がしっかりと朝の方へやってきてしまった。


 昨日の加奈子ちゃんとの出来事を思いうかべるたびにたまらなくなり、それは睡眠を


削ってでも続いていった。


 それだけ喜ぶべき出来事だった。


 毎日をだらだらとなんとなく過ごしてるやつにこんな幸福が訪れるものかと疑いたく


なるくらい。


 それによって来る悪い目覚めならかまわないだろう。


 ふわぁっ。


 曲がり角で目を閉じながら大きなあくびをかます。


 曲がり終えたあたりで目が開くと、そこに映った対象に驚いた。


 視線の先にいたのは加奈子ちゃんだった。


 まさに頭にずっと浮かびつづけてる相手がいきなり現れてビックリする。


 その加奈子ちゃんはこっちに笑ってる。


 「すっごいあくび」


 きちんと見られてたことにしまったと思う。


 でも、まさかこんなところにいるなんて思わなかったから。


 この道は僕の通学路で、加奈子ちゃんの通学路には当たらない。


 家はそう離れてない距離にあるけど、2人の通学路が重なるのはもう少し先だ。


 それに、たとえ通学路で会ったりしても同級生としての挨拶程度しか交わさない。


 一緒に帰るのはあくまで放課後のときで、それも遠回りをしながらにしている。


 だから、朝からこうやって加奈子ちゃんが普段通りの感じでいるのも不思議になって


くる。


 急な展開に目は結構覚めてしまった。


 そんなことは知ることもなく、加奈子ちゃんはこっちに近づいてくる。


 「おはよう」


 笑顔を保ったまま言われた。


 通常のこの時間帯の同級生としての挨拶じゃなく、放課後や休日のときに届けられる


ものだった。


 「おはよう」


 自然になるように返した。


 驚きや喜びを変に隠して。


 どうしてここに、そう投げかけようとした疑問は向こうから解消される。


 「一緒に行こっ」


 「うん」


 断る理由はあるわけないから一緒に登校することになった。


 「寝起き?」


 「うん」


 さっきのあくびでバレてるから隠すことはできない。


 「寝れなかったの?」


 「いや、寝すぎただけ」


 ここはバレてないから隠した。


 別につかなくてもいい小さな嘘。


 ただ、昨日のことを考えすぎてて寝つけなかったっていうのは恥ずかしかったから保


身でついた。


 「そうなんだ」


 加奈子ちゃんも言葉の裏なんて読むこともなくクスッと笑ってくれた。


 「私もぐっすり寝ちゃった。なんか疲れちゃったから」


 「大丈夫だった?」


 「うん。ただ普段運動してないだけだから。ダメだね、ちゃんと体動かしてないと」


 そう昨日の丘登りの話を続けていく。


 やがて、2人の通学路が重なるところも過ぎていく。


 習慣からか、なんとなく周りの視線が気になっていく。


 知ってる人間に見られてないだろうか、見られてたらどう対応しようと。


 すると、そんな僕の様を察したように加奈子ちゃんは言葉を進めていく。


 「ねぇ、これから一緒に登校しない?」


 分かりかねたのが表情に出る。


 「もうさ、隠したりしないでいつもどおりにしようよ」


 2人の関係をそのまま学校でも出すことを提案された。


 それを加奈子ちゃんから提案されたのは素直に嬉しかった。


 こんな不出来なやつと仲が良いことが周りに知れわたってもいいと思ってくれてるっ


てことだから。


 でも、それをそのまま現実に結びつけるのは簡単な整理でもない。


 同学年にいるいくつかのカップルが周りからどうされてるかは見てきてるから。


 冷やかされたり、あることないこと根掘り葉掘り問いただされたり。


 やってる方は実に楽しいだろうけど、やられてる方は窮屈でしかない。


 僕らがカップルかどうかは確かでないにしても、周りはそんなところは気になんかし


やしない。


 恰好の標的を見つけたとばかりにロックオンされる。


 そう悩んでるうちに返答を待つ加奈子ちゃんの顔が寄ってくる。


 「ぅん」


 煮えきらない答えを返した。


 決断がしきれないうちだったから。


 「ダメ?」


 その問いかけにも煮えきらない感じをかもした。


 どうすればいいのか。


 加奈子ちゃんがこんなに言ってくれてるんだから応えたいけれど、個人的にそこまで


目立つことは好まない。


 なんとなく流れてく波に流されてるような毎日にいるわけだし。


 両極に傾きながら振れる思いにただ迷っていく。


 すると、加奈子ちゃんは息をついてつぶやく。


 「大和くんと学校でも話したいんだ」


 静かに発せられた言葉が深さを語っていた。


 本当の言葉。


 それに心がシュッと締めつけられる。


 これ以上、あの表情を曇らせたくない。


 揺れる思いが片方に傾いていく。


 「うん」


 悩んだ末に行きついたのは加奈子ちゃんにとって良い方っていう選択だった。


 単純なことだけど、それが僕にとっても良いんだろうと決めた。


 「本当? いいの?」


 確認してくる加奈子ちゃんに、口角を上げてうなずいた。


 「よかった」


 表情が緩む加奈子ちゃんを見て、僕も安心できた。


 後先の不安は多々あるけれど、今はこうして隣を歩いてることで幸せな気分になれた。




 「どうもぉ」


 したたかな様子で横に割ってきたのは南江だった。


 昼休憩の時間、校庭に行こうとしたところを遮るように来た。


 学校で女子に話しかけられること自体が少ない僕には突然のことで対応が遅れる。


 すると、その後ろから加奈子ちゃんも現れた。


 「まぁ、座って、座って」


 南江に促されて、訳も分からず従う。


 完全に精神的に後手の状態になってたから、よく分からないまま流れを察することか


らするしかなかった。


 自分の席に座ると、南江が横の席に座って、加奈子ちゃんが前の席に座る。


 「じゃあ、まず何から聞こうかな」


 何かを含ませたような表情でこっちを見てる南江に対し、加奈子ちゃんは特に表情に


変化は見られない。


 「加奈子の、どこがいい?」


 こっちを覗きこんで、右手をマイク代わりにして伸ばしてくる。


 正直、何を聞いてるんだと思った。


 「くるみっ」


 唐突な質問に押しだまってしまった僕を助けようとしてか、加奈子ちゃんが言葉で制


する。


 一度はシュンとした様子を見せるけど、すぐに表情は元通りになって今度はそれを加


奈子ちゃんの方へ向けていく。


 「加奈子は、宮尾のどこがいい?」


 さっきと同じように右手を加奈子ちゃんに伸ばしていく。


 あの沈んだ雰囲気を出したのは何だったんだと言いたくなるぐらいに一瞬で回復して


いる。


 「いいのっ」


 加奈子ちゃんもまた制するように言葉を投げた。


 怯むどころか表情一つ変えずに南江は続けていく。


 「いつごろから、気になりはじめたんですか?」


 今度は僕と加奈子ちゃんに交互に手を伸ばしていく。


 南江の仕切りに圧倒されてると、加奈子ちゃんはこっちに首を横に振ってきた。


 言わなくていいから、その無言の助言。


 「あっ、今なんかした」


 ただ、アンテナが張ってる人間にはこういうのもめざとく見つかってしまうもの。


 「ちょっとぉ、2人だけの秘密の信号ですかぁ」


 南江は肩から力が抜けて後ろにもたれる。


 一人で盛り上がって、一人で落ちて、勝手に忙しそうにしてる。


 「違うでしょ、そんなことで来たんじゃないでしょ」


 そんな南江を諭すように、加奈子ちゃんが言葉をかける。


 それでようやく話は本題に入っていく。


 「2人であそこの丘に行ってきたんでしょ。だから、次はどこに行こうかなっていう


こと」


 次にどこに行くか。


 そういえば、まったくそんなことは考えてなかった。


 あの丘に行って、関係が前進したことに浮かれてて。


 「宮尾はどっか行きたいとこないの?」


 右手は伸ばされることなく聞かれた。


 行きたいところなんて考えれば山のようにあるわけだけど、まったく考えてなかった


ところに質問が来たからうまく頭がまわってくれない。


 「加奈子は?」


 考えあぐねてる僕を置いて、加奈子ちゃんが聞かれる。


 「私は、どこでもいいけど」


 「どこでもいい? それじゃ決まらないでしょ」


 無難に返した加奈子ちゃんの言葉ははねかえされてしまう。


 「分かった。これ宿題だからね」 


 それからもこれという明確な答えには行きつきそうもなく、そんな様に業を煮やした


南江が突きつけてきた。


 なんだか振りまわされて後味の悪さが残っていた。




 「はぁっ」


 僕の言葉に山津と村石はそろって驚いた。


 放課後、部活終わりに2人に話があるからと誘って、学校の近くにあるファミレスに


寄った。


 そこで僕は加奈子ちゃんとの関係を2人に告白した。


 2人には僕と加奈子ちゃんのことを近所の子のこととして話していたから。


 あの丘に行くことを相談したときもそうだったし、そこであったこともあくまで近所


の子のこととして報告していた。


 あのときは僕らの関係については秘密のはずだったから空想の人物を取りだしていた


けど、そこをオープンにしようとなると状況は変わってくる。


 いずれバレるんだったら、2人には早めに伝えておこうと思った。


 打ち明けるのは恥ずかしくもあるけれど、他の同級生と同じように知ることになると


「どうして先に言わなかった」と突きつけられることになるだろうから。


 今日も、昼休憩のときに加奈子ちゃんと南江に囲まれてる様を目にしてた村石に何を


話してたのか聞かれたし。


 そのときはうまく交わしておいたものの、知れわたるのは時間の問題だろう。


 だから、言ってしまおう、言ってしまえば楽になれると決めた。


 加奈子ちゃんには伝えてないけど、南江が知ってるわけだからかまわないだろう。


 反応は予想の通りだった。


 この手の類に敏感な年頃だし、それが近いところにいる者にまつわることとなればな


おさらだ。


 「嘘だろ」


 「マジかよ」


 沸々と周囲で起こってたものが身近に起こった現実に驚いて、それをなんとか受けと


めると落胆を見せていった。


 「どうして言わなかったんだよ」


 「内緒にしとこうってなってたから」


 「なんだよ、俺らにぐらい言えって」


 「ごめん、言いずらくて」


 「それでも言えよ」


 浴びせかけてくる言葉に屈服するしかなかった。


 自分が逆の立場なら同じようになってただろうし、ヘタに反論しないのがここは正解


なんだろうし。


 「ったく、なんでお前なんだよ」


 「そうだよ、お前が一番なさそうじゃねぇかよ」


 2人の落胆は怒りを交えて投げられてくる。


 ここまで来られるのも困るけど、言ってることは納得もできる。


 2人は僕よりも恋愛への興味が強かったし、知識も豊かだったから。


 なのに、こんな一番のほほんと毎日を過ごしてたやつがいきなりポンと出てったわけ


だからカチンとも来るだろう。


 ただ、そうなってしまったんだからしょうがないというしかない。


 無作為とは言わないけど、自然な流れだったと思えるし。


 そこからは納得しきれない様子の2人をなだめていく。


 先を越されたことに納得はいかないだろうけど、してもらわないと困る。


 加奈子ちゃんとは昔からの知り合いで、彼女の両親とも交流があることなど、病気の


ことは伏せながらオブラートに包んで話していく。


 なんとか少しずつ柔らかくさせていくと、ある程度は落ちついてくれた。


 あとは時間が経てばゆっくり進んでくれるだろう。



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