第9話 城山公園の帰り道と、松山の味
城山公園を出る頃には、
松山の街は夕暮れの柔らかい光に包まれていた。
勝山の斜面を下りながら、ひよりが言った。
「ねぇ、せっかくやし……なんか食べて帰らん?」
悠斗が笑う。
「ひより、結局それやろ。
でもまぁ、城山公園の帰りって言ったら……あそこやな」
すずも小さく頷く。
「……じゃこ天コロッケ、食べたい」
湊は思わず笑った。
「じゃこ天コロッケ?」
「うん。松山の味なんよ」
城山公園の麓にある小さな揚げ物屋。
夕方になると、店先から漂う香ばしい匂いが
通りを歩く人たちを引き寄せる。
「いらっしゃい。あら、ひよりちゃんに悠斗くん。
今日はお友達も一緒なんやねぇ」
ひよりが湊の背中を軽く押した。
「この子ね、写真部の新入部員なんよ。
東京から来たんよ」
湊は慌てて頭を下げた。
「藤沢湊です。よろしくお願いします」
「あらまぁ、礼儀正しい子やねぇ。
ひよりちゃん、ええ子連れてきたね」
ひよりが嬉しそうに笑う。
「でしょ?」
注文したじゃこ天コロッケが揚がり、
紙袋から湯気がふわりと立ち上る。
「熱いけん気をつけてねぇ」
四人は近くのベンチに腰掛けた。
湊が一口かじると、
サクッという音とともに、
じゃこ天の旨味がふわっと広がった。
「……うまっ」
「でしょ? 松山の味なんよ」
ひよりが頬張りながら笑う。
すずも小さく口を開けてかじり、
ほわっと頬を赤くした。
その瞬間、
湊は思わずスマホを構えた。
夕陽が二人の横顔を照らし、
湯気が金色に浮かび上がる。
シャッターを切る。
「ちょ、ちょっと湊くん!?
食べとるとこ撮らんでよ……!」
ひよりが頬を赤くして抗議する。
すずも口元を押さえながら、
「……恥ずかしい」と小さく呟いた。
湊は慌てて頭を下げた。
「ご、ごめん!
夕陽が綺麗で……つい……」
悠斗が笑いながら言う。
「まぁまぁ、ええやん。
湊の写真、なんか“生活の光”が写っとるんよ」
ひよりはまだ照れながらも、
湊のスマホを覗き込んだ。
「……あ、でも……
なんか、綺麗に撮れてるね」
すずもそっと覗き込み、
小さく頷いた。
「……湯気、写っとる。
夕陽の光、きれい」
悠斗がコロッケを片手に言う。
「湊、食べ物撮るときは逆光がええんよ。
湯気が金色に浮かぶけん」
ひよりもスマホを構えながら言う。
「こうやってね、
光の方向をちょっとずらすと“映える”んよ」
湊は真似して撮ってみた。
湯気がふわりと浮かび、
夕陽の光がコロッケの衣を金色に縁取る。
「……ほんとだ。綺麗」
悠斗が満足そうに頷いた。
「湊、ほんまにセンスあるわ。
男子が入ってくれて嬉しいし、
こういう写真撮れるやつ、なかなかおらんぞ」
ひよりが照れ笑いしながら言う。
「……でも、食べてるとこ撮るのは、
次から許可取ってね?」
「う、うん……気をつける」
四人の笑い声が、
夕暮れの城山公園の麓に静かに溶けていく。
湊は思った。
――この街の光も、風も、味も。
そして、この人たちとの時間も。
全部、写真に残したい。
松山の夜がゆっくりと降りてくる中、
湊の胸には、
新しい日々への期待が静かに灯っていた。




