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光のしまなみ、夏のさざなみ  作者: 双鶴


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第6話 夕暮れの三津浜商店街

放課後、ひよりが「今日は三津浜行こ」と言った。


「湊くん、絶対好きやと思うよ。

 夕暮れの三津浜は、松山で一番“時間がゆっくり”なんよ」


電車に揺られて二十数分。

三津浜駅に降り立つと、潮の匂いがふわりと漂ってきた。

古い木造の家々が並び、商店街のアーケードには

昭和の名残を思わせる看板がぶら下がっている。


夕陽がアーケードの隙間から斜めに差し込み、

埃の粒を金色に浮かび上がらせていた。


「……ほんとだ。なんか、夕方だと懐かしい感じがする」


「でしょ? 三津浜はね、松山の中でも特別なんよ」


そう言いながら歩いていると、

八百屋のおばあさんが湊に気づき、手を振った。


「湊くんやないの。今日も元気やねぇ」


ひよりが驚いたように振り向く。


「えっ……湊くん、知り合いなん?」


「いや、通学路でいつも挨拶してるだけで」


おばあさんは常連の主婦たちにも声をかけた。


「この子ね、東京から来たんやけど、

 毎朝ちゃんと挨拶してくれるんよ。

 ほんま、気持ちのええ子やわ」


主婦たちが「えらいねぇ」「感じのええ子やね」と笑う。

湊は少し照れながら頭を下げた。


ひよりはその様子を見て、

どこか嬉しそうに目を細めた。


「……すごいね湊くん。

 松山の人って、こんなすぐ覚えてくれんよ?」


「いや、そんな……ただ挨拶してるだけで」


「“だけ”でこんなに馴染めるんがすごいんよ」


商店街を歩き続けると、

今度は魚屋のおじさんが声をかけてきた。


「お、湊くんやないか。今日も学校帰りか?」


さらに、古いパン屋の店主も手を振る。


「湊くん、今日も寄っていきなさいよー」


ひよりは完全に目を丸くしていた。


「……え、ちょっと待って。

 湊くん、三津浜の人たちにどんだけ覚えられとん?」


「いや、本当に挨拶してるだけなんだって」


「挨拶って……そんなに効くん?」


湊は少しだけ笑った。


「母さんがね、

 “挨拶は人をあったかくする魔法なんよ”って言ってて。

 それだけ守ってるだけ」


ひよりはしばらく湊の横顔を見つめ、

ふっと優しく微笑んだ。


「……なんか、湊くんらしいね」


アーケードの奥へ進むと、

夕陽が沈みかけ、

商店街全体が金色から橙色へとゆっくり色を変えていく。


ひよりが立ち止まり、

古い喫茶店の前を指さした。


「ここ、“映える”よ」


ガラス戸に夕陽が反射し、

店内のオレンジ色の照明と混ざり合って

柔らかい光の層を作っていた。


「こういうときはね、

 光が当たってるところと影の境目を撮るんよ。

 “光の温度”が写るけん」


ひよりはスマホを構え、

ガラス戸の反射と影の境界を切り取った。


画面には、

夕陽の金色と店内の橙色が溶け合い、

まるで映画のワンシーンのような光が広がっていた。


湊もスマホを構え、

夕暮れの商店街をゆっくりと見つめた。


――きれいだと思ったらね、ちゃんと見つめてあげるんよ。


母の言葉が、また胸の奥で響く。


シャッターを切ると、

画面の中に、

光の粒がふわりと舞い降りた。


「……湊くん、いいの撮れた?」


「うん。なんか……光が綺麗に入った」


「やっぱり湊くん、センスあるよ」


夕陽がアーケードの端から差し込み、

商店街全体が柔らかい橙色に染まっていく。


湊は思った。


――この街の光を、もっと撮りたい。


その気持ちは、

三津浜の夕暮れと一緒に、

静かに胸の奥へ染み込んでいった。


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