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光のしまなみ、夏のさざなみ  作者: 双鶴


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第3話 始業式と写真部への勧誘

春休みが終わり、松山で迎える学校初日の朝。

窓を開けると、勝山の上に浮かぶ松山城が、

淡い朝日を受けて白く霞んでいた。


湊は制服の襟を整え、深呼吸をした。

まだ慣れない街の匂いが胸に広がる。

潮と柑橘の混ざった、松山特有の春の空気。


「行ってくるよ」


「おう。気をつけてな」


父はコーヒーを飲みながら手を振った。

湊は靴を履き、静かにドアを閉めた。


通学路の途中、

三津浜の古い八百屋の前で足を止める。


「おはようございます」


店主のおばあさんが、

「よう挨拶してくれるねぇ」と笑う。


湊は少し照れながら頭を下げた。

母が生前に言っていた

――挨拶はね、人をあったかくする魔法なんよ

その言葉を守っているだけだった。


けれど、その小さな習慣が、

この街を少しずつ“自分の場所”に変えていく。


校門をくぐると、

春の光がガラス窓に反射して、

校舎全体が柔らかく輝いていた。


2年1組。

湊の席は窓側の後ろから二番目。

まだ誰もいない教室に座り、

窓の外の空をぼんやりと眺めていると――


「ここ、隣の席、私だよね?」


明るい声がして振り向くと、

肩までの髪を揺らした女の子が立っていた。


「転校生くん? 私、三津川ひより。よろしくね」


ひよりは、春の光みたいに柔らかい笑顔をしていた。

湊は少し緊張しながらも、


「藤沢湊です。よろしく」


と返した。


始業式が終わり、教室に戻ると、

ひよりが迷いなく湊の席に近づいてきた。


「ねぇ湊くん、写真って興味ある?」


突然の質問に、湊は目を瞬いた。


「写真……? いや、特にってわけじゃ……

 それに俺、カメラ持ってないんだ」


ひよりは一瞬きょとんとしてから、

ふっと笑った。


「そんなの気にせんでいいよ。

 高校生でカメラ持っとる人なんて、ほとんどおらんよ」


「え、じゃあどうやって撮るの?」


「スマホだよ。当たり前じゃん。

 最近のスマホ、カメラ並みに綺麗に撮れるし。

 それにカメラって大きいし重いし、

 毎日持ち歩くの大変なんよ」


湊は思わず笑ってしまった。


「……確かに」


ひよりは窓の外を指さした。

校庭の向こう、勝山の上に松山城が見える。


「松山ってね、光がゆっくりなんよ。

 スマホでも十分綺麗に撮れるよ。

 撮りたくなる場所、いっぱいあるんよ」


その言葉は、

湊の胸の奥に静かに落ちていった。


――きれいだと思ったらね、ちゃんと見つめてあげるんよ。


母の言葉が、ふと蘇る。


ひよりは続けた。


「うち、写真部なんよ。

 部員少ないけん、ぜひ来てほしいなって思って」


「部員、何人?」


「今は……私と、2組の悠斗先輩と、3組のすずちゃん。

 それと、湊くんが入ってくれたら4人」


たった3人。

けれど、ひよりの声には不思議な温度があった。

“好きなものを大切にしている人の声”だった。


湊は窓の外の松山城を見上げた。

朝より少し強くなった光が、白壁を柔らかく照らしている。


この街を、もっと知りたい。

この光を、もっと見ていたい。


その気持ちは、もう言葉になっていた。


「……じゃあ、入ってみようかな。写真部」


ひよりの顔がぱっと明るくなった。


「ほんと!? やった!

 じゃあ放課後、部室案内するね!」


湊は小さく笑った。

松山での生活が、静かに動き始めた気がした。


窓の外では、春の光がゆっくりと流れていた。


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