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光のしまなみ、夏のさざなみ  作者: 双鶴


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第25話 父と鍋焼きうどんと、松山の夕暮れ

中間試験が終わった週末。

湊は一人で大街道の商店街を歩いていた。


試験が終わった安堵感と、

展示準備の忙しさの合間にできた、

ほんの少しの自由な時間。


そのとき、

前から見慣れた背中が歩いてくるのが見えた。


「……父さん?」


振り向いた父は、少し驚いたように笑った。


「お、湊。

 こんなところで会うとはな」


湊も思わず笑った。


「父さんこそ、どうしたの?」


「仕事の帰りだよ。

 ちょうど腹が減ってな。

 湊、飯でも食うか?」


湊は頷いた。


「うん。

 鍋焼きうどん、食べたい気分」


父は目を細めた。


「いいな、それ。

 松山に来たら一度は食べとけって言われたんだ」



二人が入ったのは、

昔ながらの小さな食堂だった。


アルミの鍋が並び、

甘い出汁の香りが店いっぱいに広がっている。


父が湊の前に鍋を置いた。


「熱いから気をつけろよ」


「父さんこそ」


蓋を開けると、

ふわっと甘い香りが立ち上がった。


柔らかい麺、

卵の黄色、

油揚げの甘み、

出汁の優しい色。


湊は一口すする。


「……やっぱり美味しい」


父も頷いた。


「うまいな。

 東京のうどんとは全然違う」


しばらく二人で黙って食べたあと、

父がふと湊を見た。


「松山はどうだ?」


湊は箸を止めた。


「……うん。

 思ってたより、すごくいい街だよ」


父は少し安心したように笑った。


「そうか。

 学校はどうだ?」


湊は少し照れながら言った。


「友達もできたし……

 写真部も楽しい。

 撮りたいものがいっぱいあるんだ」


父は湊の言葉を聞きながら、

ゆっくり頷いた。


「湊がそう言うなら、安心だな」


湊は鍋の湯気の向こうで、

父の表情が少し柔らかく見えた。


(……父さんも、心配してたんだ)



食べ終わり、

二人は商店街を並んで歩いた。


夕暮れの光がアーケードの天井に反射し、

店の灯りがぽつぽつと灯り始めていた。


父が言う。


「松山って、いい街だな。

 落ち着いてて、優しい」


湊はその言葉に、胸が少し温かくなった。


「うん。

 俺もそう思う」


父はふと湊の横顔を見た。


「……顔つきが変わったな」


「え?」


「なんというか……

 “この街の人間”みたいな顔してる」


湊は照れくさく笑った。


「そんなことないよ」


「いや、あるさ。

 写真のせいかもしれんな」


二人はそのまま、

商店街を抜けて家までの道を歩いた。


風が少し冷たく、

でもどこか懐かしい匂いがした。


父が言う。


「湊。

 困ったことがあったら言えよ。

 友達のことでも、学校のことでも」


湊は小さく頷いた。


「……うん。

 ありがとう」


父はそれ以上何も言わず、

ただ隣を歩いた。


家の前に着くと、

父は鍵を開けながら言った。


「また一緒に飯行こう。

 今度は湊のおすすめの店に連れてってくれ」


湊は笑った。


「うん。

 任せて」


松山の夕暮れは、

今日も静かに二人を包んでいた。


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