第23話 坂の上の雲と、ひよりの笑顔
中間試験が終わった金曜日の放課後。
校舎には、どこかふわっとした安堵の空気が漂っていた。
「湊くん、明日……ちょっと行きたいとこあるんよ」
ひよりが、いつもより少しだけ慎重な声で言った。
「坂の上の雲ミュージアム。
写真、綺麗に撮れるし……湊くんも好きかなって」
湊は驚いたが、すぐに頷いた。
「行こう。
ひよりが行きたいなら」
その言葉に、ひよりの頬がほんのり赤く染まった。
(……よかった)
土曜日の午後。
松山城の麓にあるガラス張りの建物――
坂の上の雲ミュージアムに着くと、
ひよりは制服ではない私服で現れた。
淡いベージュのニットに、
白いスカート。
いつもの元気な雰囲気とは違う、
柔らかい大人っぽさがあった。
湊は思わず見とれてしまった。
「ひより……すごく似合ってる」
「えっ……あ、ありがとう……」
ひよりは耳まで赤くなった。
(……湊くん、そんな顔で言わんといてよ)
でも、嬉しかった。
館内は静かで、
ガラス越しに松山の街が広がっていた。
白い壁、
柔らかい光、
展示物の影が床に落ちる。
ひよりが言う。
「ここね、光が綺麗なんよ。
“坂の上の雲”っていう題名みたいに、
空が近く感じるんよ」
湊はスマホを構えた。
ガラスに映る街、
展示物の影、
ひよりの横顔。
(……ひよりって、こんなに綺麗だったんだ)
すずの静かな光とは違う。
ひよりは、
太陽みたいに明るくて、
近くにいると心が温かくなる。
ひよりは湊の視線に気づき、
少し照れながら笑った。
「湊くん、今日……なんか優しいね」
「えっ、そう?」
「うん。
なんか……嬉しい」
その笑顔に、
湊の胸がどきりと跳ねた。
(……すずさんとは違う。
ひよりの笑顔は、まっすぐで……眩しい)
展示を見終え、
二人はゆっくり坂を下った。
夕方の光が街を淡く染め、
風が心地よく吹き抜ける。
「湊くん、帰りに坊っちゃん団子食べて帰ろ?」
「いいね。食べたことないんだ」
「えっ、ほんと!?
じゃあ絶対食べよ!」
ひよりは嬉しそうに走り出し、
湊も笑いながら追いかけた。
商店街の小さな和菓子屋で、
二人は坊っちゃん団子を買った。
三色の団子が串に並び、
ほんのり甘い香りが漂う。
湊が一口食べる。
「……うまい」
ひよりが嬉しそうに笑う。
「でしょ?
松山の味なんよ、それ」
湊はその笑顔に、
また胸が熱くなった。
(……ひよりの笑顔、好きだな)
ひよりは団子を食べながら、
ふと湊の横顔を見つめた。
(今日……誘ってよかった)
胸の奥の揺れは、
少しだけ落ち着いていた。
坂の上の雲の光と、
坊っちゃん団子の甘さが、
二人の距離をそっと近づけていた。




