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光のしまなみ、夏のさざなみ  作者: 双鶴


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第22話 萬翠荘と、松山の味

土曜日の午後。

写真部の四人は、松山城の麓にある萬翠荘へ向かっていた。


石畳の坂道を上ると、

突然、木々の間から白い洋館が姿を現した。


「……すごい」

湊は思わず立ち止まった。


萬翠荘は、

松山の街とはまるで違う空気をまとっていた。


白い壁、

尖塔の屋根、

ステンドグラスの窓、

フランス風の優雅な曲線。


ひよりが微笑む。


「ここ、松山で一番“異国”を感じる場所なんよ」


悠斗が頷く。


「大正時代の貴族の別邸やからな。

 写真映えは最強や」


すずは静かに言った。


「……光が柔らかい」


湊はその言葉に頷いた。


萬翠荘の周りには、

木々の影が揺れ、

白い壁に淡い緑が映り込んでいた。



館内に入ると、

ステンドグラスから差し込む光が

床に色の模様を落としていた。


湊は思わずシャッターを切った。


「……綺麗」


ひよりが言う。


「萬翠荘はね、

 “光の模様”を撮る場所なんよ」


すずがステンドグラスを見上げる。


「……色が、呼吸しとる」


悠斗が笑う。


「すずの感性、やっぱ独特やな」


湊はすずの横顔を見つめた。


(すずさんは……光の“声”を聞いてるみたいだ)


その視線に気づいたひよりは、

胸の奥が少しだけざわついた。


(……まただ。

 湊くん、すずちゃんのこと……)


自分でも理由が分からない。

ただ、

萬翠荘の静けさの中で、

その揺れはいつもより大きく感じられた。



撮影を終え、

四人は坂を下りながら話していた。


「お腹すいたね」

ひよりが言う。


悠斗が笑う。


「ほんなら、松山のソウルフード行こや。

 “鯛めし”と“鍋焼きうどん”」


湊は目を丸くした。


「鍋焼きうどんって……愛媛の?」


ひよりが嬉しそうに頷く。


「そうよ。

 アルミの鍋で出てくる甘い出汁のやつ。

 松山の人はみんな好きなんよ」


すずも静かに言った。


「……鯛めしは、優しい味」



商店街の小さな食堂に入り、

四人はテーブルを囲んだ。


湊の前に置かれたのは、

湯気の立つ鍋焼きうどん。


甘い出汁の香り、

ふわふわの卵、

柔らかい麺、

油揚げの甘み。


「……うまっ」


湊は思わず声を漏らした。


ひよりが笑う。


「でしょ?

 松山の味なんよ、それ」


悠斗は鯛めしをかき込みながら言う。


「鯛の出汁が染みとるやろ。

 これが“松山の白いご飯”や」


すずは小さく頷いた。


「……海の匂いがする」


湊は鯛めしを一口食べた。


ふわりと広がる鯛の旨味、

ほんのり甘い出汁、

炊き立ての米の香り。


「……優しい味だ」


ひよりが微笑む。


「松山のご飯って、

 なんか“帰ってきた”って感じがするんよ」


湊はその言葉に、

胸がじんわりと温かくなった。


(俺も……この街に馴染んできたのかな)



店を出ると、

夕暮れの光が街を淡く染めていた。


萬翠荘の白い壁、

ステンドグラスの色、

鯛めしの香り、

鍋焼きうどんの甘い出汁。


そのすべてが、

湊の胸の奥に静かに積もっていった。


ひよりは歩きながら、

ふと湊の横顔を見つめた。


(……湊くん、

 すずちゃんの光に惹かれとるんかな)


胸の奥がまた少し揺れた。


でも、

その揺れはまだ言葉にならなかった。


松山の夕暮れは、

今日も優しく四人を包んでいた。


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