表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光のしまなみ、夏のさざなみ  作者: 双鶴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/30

第17話 芝の匂いと、土曜日の動物園

【第17話 芝の匂いと、動き出す夢】


放課後の銀天街。

写真部の四人は、商店街のポスターに足を止めた。


「見て、湊くん」

ひよりが指さした。


《愛媛SC vs SC今治

 プレシーズンマッチ・チャリティゲーム》


湊は思わず声を上げた。


「愛媛って……プロサッカーリーグのチームが二つもあるんだ」


悠斗が胸を張る。


「せやで。愛媛SCとSC今治

 四国は他にもボルテス徳島と高知ユニバース、

 カマタマーラル讃岐……

 “四国ダービー”はめっちゃ熱いんや」


すずが静かに付け加えた。


「……スタジアムの光、綺麗」


ひよりが笑う。


「湊くん、サッカー撮ってみん?」


湊は少し驚いた。


「サッカー……動くものって難しいんじゃ……?」


悠斗が肩を叩く。


「だからええんや。

 動きの“瞬間”を撮る練習になる」



翌日。

四人はサッカー部の練習を見学に来ていた。


グラウンドには芝の匂いが広がり、

ボールを蹴る音、

スパイクが地面を削る音、

掛け声が響いていた。


「湊、ローアングルで撮ってみ」

悠斗が言う。


「芝が舞う瞬間、めっちゃ映えるんや」


湊は地面すれすれにスマホを構えた。


しかし――


「……うわっ、ブレた」


悠斗が爆笑した。


「湊、それ“盗撮アングル”やん!」


「ち、違うって!

 芝を撮ろうとしただけ!」


「分かっとる分かっとる。

 でもその姿勢、完全に怪しいで」


湊は顔を赤くしながらも笑った。


「じゃあ悠斗、やってみてよ」


「任せろ」


悠斗は同じローアングルで構え、

ボールを蹴る瞬間を狙った。


シャッター音。


画面には、

舞い上がる芝、

ボールの軌道、

選手の足元の影が

見事に収まっていた。


「……すごい」


悠斗が得意げに言う。


「動くものは“予測”が大事なんや。

 蹴る前に構えて、

 蹴った瞬間に押すんや」


湊は真剣に頷いた。


「なるほど……」



練習後、部室に戻ると、

ひよりとすずが湊と悠斗の写真を見ていた。


ひよりが目を輝かせる。


「サッカーって、こんなに綺麗なんやね……

 私も撮ってみたくなった」


すずも静かに言った。


「……動く光、撮りたい」


湊は驚いた。


「二人とも、サッカー興味あったんだ」


ひよりが笑う。


「興味というか……

 “撮りたい”って気持ちが湧いてきたんよ」


すずも小さく頷いた。


「……芝の匂い、写したい」


悠斗が言う。


「ほんなら、次は四人で撮りに行こや」



その日の帰り。

湊はふと思いついた。


「……愛媛SCの練習って、撮れたりするのかな」


ひよりが目を丸くする。


「えっ、プロの?」


「ダメ元で……聞いてみるとか」


悠斗が笑う。


「湊、そういうとこ大胆やな。

 でも、ええと思うで」


すずも静かに言った。


「……撮れたら、嬉しい」


四人は加藤先生に相談した。


加藤先生は少し驚いたが、

すぐに頷いた。


「いいじゃないか。

 ただし、必ず“正式に”許可を取ること。

 手紙で問い合わせるのが一番丁寧だよ」


ひよりが言う。


「じゃあ、みんなで書こ!」



部室で四人は机を囲み、

丁寧に言葉を選びながら手紙を書いた。


《愛媛SC様

 写真部として、練習風景を撮影させていただけないでしょうか。

 写真を通して、愛媛の魅力を発信したいと考えています。》


書き終えた手紙を封筒に入れ、

湊がそっと封を閉じた。


「……出してくる」


ポストに向かう湊の背中を、

三人が見守った。


ポストに手紙を投函する。


カタン、と小さな音が響いた。


湊は思った。


――届くかどうかは分からない。

 でも、動き出した気がする。


夕暮れの空の下、

写真部の新しい挑戦が静かに始まった。



愛媛SCへ投函した手紙から三日。

湊は登校のたびにポストを気にしていたが、

返事はまだ来なかった。


「まぁ、プロチームやけんね」

悠斗が笑う。

「すぐ返事なんか来んて」


ひよりも優しく言う。


「気長に待とうよ。

 ダメ元で出したんやし、返事来たら奇跡やん」


すずは静かに頷いた。


「……届くといいね」


湊は少し照れながら笑った。


「うん。

 でも、待ってる間にもっと練習しないと」


ひよりが手を叩く。


「じゃあ――今度の土曜日、動物園行こ!

 “動くもの”の練習にちょうどいいよ」


悠斗がにやりと笑った。


「ええやん。

 なんか……ダブルデートみたいやけどな」


その瞬間、

部室の空気が一瞬止まり、

次の瞬間、四人とも同時に顔を赤くした。


「ち、違うし!」

「そんなんじゃないけん!」

「……でも、ちょっと分かる」

「すずさんまで!?」


部室に笑い声が響いた。



土曜日の朝。

松山市駅前に集合した四人は、

互いの姿を見て、また照れた。


ひよりは淡い黄色のカーディガン、

すずは白いワンピースに薄い青のストール。

悠斗はラフなパーカー、

湊はシンプルなシャツにデニム。


制服ではない“私服の距離感”が、

どこかくすぐったかった。


ひよりが言う。


「なんか……新鮮やね」


すずも小さく頷いた。


「……みんな、いつもと違う」


悠斗が笑う。


「ほら見ろ、やっぱダブルデートやん」


「だから違うって!」

湊が慌てて言うと、

ひよりとすずも同時に真っ赤になった。


その照れが、

春の空気に溶けていった。



伊予鉄バスに揺られ、

砥部町のとべ動物園へ向かう。


窓の外には、

春の光に揺れる山の稜線、

白い雲の影がゆっくり流れ、

遠くには砥部焼の工房の煙突が見えた。


ひよりが窓に額を寄せる。


「松山から今治も、こんな風に山越えて行くんよ。

 しまなみ街道も、海と山が綺麗なんよ」


湊はその言葉に、

胸の奥が少しだけざわついた。


(……いつか行ってみたい)


すずが静かに言った。


「……尾道も、光が綺麗」


悠斗が笑う。


「しまなみ走ったら、絶対写真映えするで。

 夏に行こや」


湊はその言葉を聞きながら、

まだ見ぬ景色を想像していた。



動物園に着くと、

春の光が園内を柔らかく照らしていた。


白い息を吐くライオン、

水辺で羽を休めるフラミンゴ、

木漏れ日の中で揺れるレッサーパンダ。


「湊くん、動物はね、

 “止まる瞬間”を待つんよ」

ひよりが言う。


湊はレッサーパンダを狙ったが――


「……あっ、またブレた」


悠斗が笑う。


「湊、動物は人間より気まぐれやからな。

 でも、ブレても“生きとる感じ”が出るで」


すずが指さした。


「……影を見るといい。

 影が止まったら、動きも止まる」


湊は影を見ながら構え、

レッサーパンダが一瞬だけこちらを見た瞬間、

シャッターを切った。


画面には、

柔らかい光の中で

レッサーパンダの瞳が静かに輝いていた。


「……撮れた」


ひよりが目を丸くする。


「湊くん、めっちゃ可愛く撮れとる!」


悠斗も頷く。


「お、ええやん。

 動物の“間”を掴んだな」


すずは静かに微笑んだ。


「……優しい写真」


湊は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。



園内を歩きながら、

四人は写真を見せ合い、

笑い合い、

時々照れながら並んで歩いた。


ひよりが言う。


「なんか……今日、楽しいね」


悠斗が笑う。


「そらそうやろ。

 動物園って、なんかワクワクするし」


すずは静かに呟いた。


「……4人で歩くの、好き」


湊はその言葉に、

胸が少しだけ熱くなった。



帰り道。

夕暮れの光が山の稜線を染めていた。


湊はふと、

今治へ続く山の向こうを見つめた。


(……いつか、あの先へ)


愛媛SCからの返事はまだ来ない。

でも、

動き出した気持ちは止まらなかった。


しまなみ街道、

尾道、

そして今治。


まだ見ぬ光が、

湊を静かに呼んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ