第8話:不動壁(ガロン)VS 狂犬(アルス)& 天才(シエラ)
領内演習から数日後。バトラー家の地下にある特設練武場。 そこには、重圧で空気が歪むほどの魔力場が形成されていた。
「……演習での暴れぶり、見事であった。だがシエラ、お前が魔法に頼らず肉弾戦に興じるとはな。家長として、教育の正しさを証明せねばなるまい」
主座に立つのは、重装甲のような魔力を纏った父、ガロン・バトラー。 対するは、全身に包帯を巻きながらも鋭い眼光を失わないアルスと、不敵な笑みを浮かべ、身体強化と全属性魔法を練り合わせるシエラだ。
「教育、ですって? 存分にお願いしますわ、父上。私たちが、あなたの想定している器に収まるかどうか、その身で確かめて」
シエラの合図と同時に、アルスが地を蹴った。 コンビネーションなど打ち合わせたことはない。だが、魂が共鳴している。
(俺が潜り、姉様が飛ばす……!)
アルスは身体強化を極限まで絞り、ガロンの懐へ。 ボクサーの生命線である「ダッキング」。ガロンが放つ、触れるだけで骨を粉砕する重力圧を紙一重で回避する。
「ほう、まだ動けるか。だが甘い」
ガロンが軽く地面を叩く。それだけで床が爆発し、アルスの足場を奪う。 だが、そこへシエラの氷魔法が割り込んだ。爆発する瞬間の熱を凍らせ、アルスの足場を「氷の踏み台」として固定する。
「行け、アルス!」
「おおおおお!」
踏み台を得たアルスが、ガロンの顎へ向けてコークスクリュー・アッパーを放つ。 さらにシエラが、アルスの拳に「雷」と「風」の魔力を外部から強制的に上乗せ(ブースト)した。
ボクシングの技術 × 身体強化 × シエラの全属性支援。 一族の歴史上、最も純粋な破壊のエネルギーがガロンの顔面を捉えようとした——その時。
「——『不動』」
ガロンが短く呟く。 彼を中心に、物理法則を拒絶するほどの超高密度魔力障壁が展開された。 アルスの渾身の拳が、その「壁」に激突し、凄まじい衝撃波が練武場全体を揺らす。
「……っ!? 拳が、押し返される……!」
「良い一撃だ、アルス。だが、ボクサーの技術とやらも、絶対的な『質量』の前には無力。……次は私の番だ」
ガロンの右腕が黄金色に輝く。 シエラが咄嗟に多重防壁を張るが、ガロンはそれを紙を破るように貫き、二人をまとめて吹き飛ばした。
「がはっ……!」 「きゃああっ!」
壁に叩きつけられる二人。 これが王国最高の守り手。技術や小細工を、ただの「格」でねじ伏せる本物の怪物。
「あは、あはははは! 最高……最高ですわ、父上! まさかこれほどまでの壁だなんて!」
シエラが口の端の血を拭い、狂気に満ちた笑みを浮かべる。 アルスもまた、震える腕で再び拳を握り込んだ。
(今の衝撃……ただの魔法じゃない。親父の魔力には『心拍』がある。そのリズムさえ盗めれば、カウンターで打ち抜けるはずだ)
敗北の色など微塵もない。 二人の「出来損ない」と「天才」は、今、本気で父親を「狩る」ための算段を始めていた。




