第7話:天才の領域(テリトリー)
「あはははは! 見える、見えるわアルス! 重心の移動、筋肉の収縮……魔法の構築よりずっとシンプルで、なんて残酷な力なの!」
シエラ姉様が笑う。その姿は、もはや優雅な令嬢ではない。 彼女は俺とのスパーリングで盗んだ技術を、たった数分間の実戦で自分のものに昇華させていた。
「——『螺旋・瞬』!」
彼女が地を蹴る。 身体強化を足裏の一点に集中させ、反動を回転に変える。俺が編み出したフットワークの応用だ。
(速い……ッ!)
俺はガードを固めるが、シエラ姉様の拳は俺のガードの間を縫うように、しなやかな螺旋を描いて飛んできた。
ドォッ!!
「がはっ……!?」
重い。魔法の出力が乗った「身体強化」は、重戦車に撥ねられたような衝撃だ。 俺はバックステップで衝撃を逃がそうとするが、シエラ姉様は逃がさない。
「逃げないで。もっと、私を熱くさせてよ!」
彼女は魔法を攻撃には使わない。だが、己の関節を、筋肉を、魔法で「強制駆動」させている。ボクサーが一生かけて覚えるパンチのキレを、彼女は魔力による補助で瞬時に再現してみせたのだ。
俺は死力を尽くして応戦した。 ジャブ、フック、アッパー。 前世で数万回と繰り返したコンビネーションを叩き込む。 数発、彼女の顔面にクリーンヒットを奪った。鼻血を流し、髪を振り乱しながらも、シエラ姉様の瞳はさらに輝きを増していく。
「すごい……! 痛みが、感覚を研ぎ澄ませていくわ……!」
シエラ姉様の動きが、さらに一段階加速した。 俺の放つ「螺旋鉄拳」の予備動作を完全に読み切り、彼女はあえてその懐へ飛び込んできた。
「教えあげるわ、アルス。これが『本当の絶望』よ」
彼女が右拳を引く。 そこには、俺が放つものとは比較にならないほどの魔力が、超高密度で圧縮されていた。
「身体強化・極——『星砕』」
魔法で肉体を限界まで補強し、全身のバネを使い切ったストレート。 俺はクロスガードで耐えようとしたが、その瞬間、腕の骨が悲鳴を上げた。
ドォォォォォン!!!
「…………ッ!!!」
声も出なかった。 ガードの上から、俺の意識を強制的に刈り取るほどの暴力。 俺の体は演習場の端まで吹き飛び、土煙を上げて動かなくなった。
静寂が場を包む。 立っているのは、肩で息をし、全身泥だらけになったシエラ姉様だけだ。
「……信じられない。私にこれほど『汗』をかかせ、魔力を使い果たさせるなんて」
彼女は自分の震える拳を見つめ、それから倒れたままの俺に歩み寄った。 彼女の瞳には、勝利の喜びよりも、強烈な「依存」に近い執着が宿っている。
観客席の父ガロンは、黙ってその光景を見下ろしていた。 兄弟全員を沈めた末っ子と、その末っ子を倒すために「魔法使い」であることを捨てた天才娘。 バトラー家の序列は、この日、完全に壊れた。




