第6話:牙を剥く「最弱」
領内演習当日。バルカ・バトラー領の広大な演習場には、数百人の私兵騎士と、それを迎え撃つ子爵家の子息たちが集まっていた。
だが、今日の配置は異例だった。 長男カイン、次男レグルス、三男ジーク、そして姉妹たちが陣取る「子嗣連合」に対し、たった一人で対峙するのは、末っ子のアルス。
「……父上も、冗談が過ぎる。アルス一人を、我ら全員で相手にしろだと?」
カインが不快そうに木剣を構える。彼の周囲には、緻密に練られた防御陣形が騎士たちによって構築されていた。 一方、シエラは戦場の端で、異様な熱気を孕んだ瞳で俺を見つめていた。彼女は今日、あえて魔法を使わず、俺とのスパーリングで学んだ「身体強化」の感覚を必死に己の肉体へ馴染ませようとしている。
「おい、アルス。泣いて謝るなら今のうちだぜ!」
ジークが野次を飛ばすが、俺の耳には届かない。 俺の視界にあるのは、リングの中央、獲物たちの急所だけだ。
「——演習開始ッ!!」
父ガロンの咆哮とともに、騎士たちが一斉に突き進む。
「……フゥッ」
鋭い呼気。 俺は身体強化を脚部に集中させ、一気に加速した。
「遅い!」
先陣を切った騎士の突きを、首をわずかに傾けるだけで回避。そのまま、最短距離のジャブを顎に叩き込む。
「ぐはっ!?」
一撃。 魔法の鎧を纏わぬ一般騎士など、プロボクサーの拳の敵ではない。 俺は止まらない。流れるようなフットワークで、次々と騎士たちの防衛網を「内側」から崩していく。
「馬鹿な……!? 奴、一人で一隊を壊滅させる気か!」
レグルスが焦り、強引に『真空破』を放つ。 だが、今の俺にはその予備動作が、スローモーションのように見えていた。
(サイドステップ。角度は45度。……そこだ!)
俺はレグルスの死角へ回り込み、その懐へと滑り込む。
「レグルス兄上。——これが、俺の第2ラウンドだ」
「なっ……!?」
レグルスが障壁を展開しようとするより早く、俺の左ボディーが彼の脇腹に食い込んだ。
「が、は…………っ」
『鎧』を貫通する衝撃。 レグルスは白目を剥き、その場に崩れ落ちた。 演習場が静まり返る。 子爵家最強の一角が、たった一発、しかも魔法を放たぬ「落ちこぼれ」の拳に沈んだのだ。
「……シエラ。お前はどうする?」
俺は拳の血を払い、戦場の端で佇む姉に視線を向けた。 シエラは震えていた。 それは恐怖ではない。 自分の中に芽生えた「身体強化」という新たな可能性と、それを体現する弟への、狂おしいほどの対抗心だ。
「……ふふ、あはははは! 面白いわ、アルス! あなたを倒すのは、魔法じゃない。私が今覚えた、あなたの『その力』よ!」
シエラが、これまでの優雅な立ち振る舞いを捨て、猛獣のように地を蹴った。 天才が、自らの天賦(魔法)を捨てて、泥臭い「肉体の戦い」に身を投じた瞬間だった。




