第2話:バルカ家の序列
バルカ・バトラー子爵家の朝餐は、静謐と緊張が支配する戦場だ。
長テーブルの主座に座るのは、父上。名はガロン・バトラー。 「王国の不動壁」と称され、その重厚な魔力は座っているだけで周囲を威圧する。この国の防衛の要であり、俺たち兄弟にとっては絶対的な頂点だ。
「……アルス、顔の傷はどうした」
父上——ガロンの鋭い眼光が俺を射抜く。昨日のレグルス兄上の『真空破』で負った傷だ。
「……転んだだけです」
俺は平然とパンを口に運ぶ。 プロボクサーにとって怪我を隠すのは日常茶飯事だ。ここで泣き言を漏らすようでは、リングに上がる資格はない。
「ふん、無様に吹き飛んだ傷だろうが。嘘まで下手だな」
嘲笑うのは、長男のカイン兄上(18歳)。その隣には、五女のリリアと六女のソフィア。彼女たちもまた、俺より遥かに高度な魔法を使いこなす。 このテーブルで「実力」だけで並べれば、ジークが最下位、俺がその次だ。
「いいじゃない、カイン兄様。アルスはこれでも、レグルス兄様の『鎧』を拳で叩こうとしたのよ。その『不屈の精神』だけは評価してあげたら?」
銀のフォークを弄びながら、姉のシエラ(7歳)が口を開く。 彼女はこの家系最高の天才。父上に対しても、他の兄弟とは一線を画す余裕を持って接している。
「シエラ。お前は少しアルスを買い被りすぎだ」 「そうでしょうか、父上。ガロン父上のその確かな目よりも、私の『全属性適性』が見抜く直感の方が正しいこともありますわよ」
シエラは微笑んでいるが、その言葉には父上に対しても一歩も引かない自信が溢れている。 ガロン父上は不快そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は言及しなかった。彼女の才能は、この家の「規律」すらも揺るがすほどの価値があるからだ。
「……アルス。お前には魔法の才能がない」 ガロン父上が視線を俺に戻し、冷徹に宣告する。 「だが、バトラーの血を引く以上、ただの愛玩動物で終わることは許さん。……再来月の『領内演習』、お前も出ろ」
「あなた、それはあまりに……!」 母上が抗議するが、父上の決定は絶対だ。
「魔法が使えぬなら、知恵を絞れ。身体を鍛えろ。バトラーの名を背負って無様に負けるなら、その時は縁を切る」
冷徹な宣告。だが、俺の心は疼いていた。 前世、格上の王者に挑む時のあの感覚。内臓がせり上がるような緊張と、拳が疼くような興奮。
「……承知しました。楽しみにしておきます」
俺が不敵に微笑むと、シエラ姉様はまるで極上の獲物を見つけた時のように、薄く唇を吊り上げた。
朝食後。 俺は屋敷の裏手にある森へ向かった。今の俺の拳では、魔法の『鎧』にヒビ一つ入らない。
(衝撃を一点に集中させ、内部へ浸透させる……。グローブのない世界なら、素手の『硬さ』と『速度』を極めれば……)
「——ねえ、アルス。特訓なら、私が手伝ってあげましょうか?」
背後から、逃げ場のない魔圧が迫る。 振り返ると、シエラ姉様が七色の魔力を指先に踊らせて立っていた。
「姉様……手伝うってのは、どっちの意味だ?」 「ふふ、もちろん。『死なない程度にボロボロにしてあげる』っていう意味よ」
最速の天才姉VS元プロボクサー。 格上すぎる「スパーリングパートナー」との、地獄の特訓が始まろうとしていた。




