6話 マーシャと町へ
あの男が消えた。瞬間移動に似た技に黒い球。そして忽然と消え去った技。
八千代の脳内では軽い混乱が起きていた。
「あの技は見たこともない。巻物や古来の武術書でも無かった。うむむ」
「あのー?八千代さん?」
マーシャがこちらに声をかけてきた。先ほどの緊張している時に比べて、少し解けていた。
「如何した?マーシャは怪我はないな?」
「そうでしたね。あの男が何か針の様なものをこちらに投げましたが。大丈夫でした。」
「それは私の力だな。こう力をぐってやると身体が丈夫になるのだ。」
「ええと?無属性魔法みたいなものですか?身体強化の一種とか。」
「魔法?そんなものではない。纏と言ってだな?こう力をギュンギュンと集めて…」
「八千代さん?あまりよくわからないのですが。助けていただきありがとうございます。」
「うむ!困った人は助けるべし。当然のことだ。」
「それは高尚な心遣いですね。お父様の教えですか?」
「それはない。彼は嫌いだ。」
「そうでしたか。申し訳ないことを言いました。」
「仕方ない。母は好きだぞ?私の唯一大好きな人で…」
10分にわたる母の話を聞かせるが、八千代のまるで子供の様な顔にマーシャもイヤとは言えずに聞いていた。
「ということでだな?母はこの世界へ来ていると思っているのだ。」
「しかし、異世界転移と呼ばれる事は聞いたことがありません。ですがあなたの力を見たら何故だかあり得ないとは言い切れない。」
マーシャが言うには、この世界は魔力と呼ばれるものがかなり重要であり、剣士ですら無属性魔法と呼ばれるもので切れ味を上げている。
「ところで魔法というのは、私の纏とは違うのか?」
「全く違います。それこそあなたの力は私からしたら意味不明です。」
「酷いな。何年も練習してできたのだぞ?」
「話を聞いてください。まず魔法と呼ぶものには大きく三つが必要なんです。」
「一つに、魔法名が必要です。先ほどの男で言うならダークボール。シャドー。闇属性の球を生み出すのがダークボールで、影に潜み移動するのがシャドー」
「なるほど、魔法名を唱えるのは絶対なのか?」
「無詠唱と呼ばれるものがあるとは聞きます。しかし、先代騎士団長と今の王宮魔導士の2人が出来たはずです。」
「例外中の例外だな。」
「はい。それで二つ目に魔力を集めて練る。これも1番重要なんです。私はこれが出来ないので魔法は使えないんです。」
「うむ。そう言う体質というやつは聞いたことがある。」
「本当に当時はひどく落ち込みました。両親は優しくしてくれましたが、役立たずだと何度も言われました。」
「最低なやつだ、魔力がないなら知恵で戦う。それだけの話なのに。」
「そう…なんです。でも私は魔力をたくさん持っているのに…その魔力を使えないのです。」
「ふむ。少しいい?」
そう八千代がマーシャの腕を掴んだ。
「何をするのですか!?」
「まあ待って欲しい。私は診断もできるのだ。」
超常の力で人や生物、もっというなら地形すら調べられる。
(透視)
マーシャの体を調べていく。構造上の欠陥、もしくは異変があるのか見てみる。
(臓器は大丈夫だな。骨も綺麗だ。うむむ。脳も大丈夫だが、何が…って)
心臓近くの血管がひどく歪んでいた。イヤホンをカバンにしまったくらいごちゃついていた。
(これが問題だな。えい。)
マーシャの胸に向け鋭い突きをした。血管あたりをこちょっとしたら、解けて綺麗な血管になった。
「がっ…って何をするんですか!!助けてもらいましたが。これは…」
「待ってくれ。マーシャの身体がおかしいところがあったんだ。」
「なんですか。だからって一言いってからとかありますよね。」
「それはそうなんだが。こればかりは繊細でな。私がそれを伝えたら、筋肉が強張るんだ。そうしたら上手くいかなくなる。」
「でも、でも、怖かったですよ。」
「すまない。治したくてうずうずしていたんだ。」
「本当ですか?」
「まあ、この技は全く使ったことがなかったから、折角と思ったのかでかいな。」
しばらくくどくどとマーシャの説教をくらっていた。
「まあ。気をつけるから、ところで体はどうなんだ?」
「そうですね…ってあら?」
マーシャは立ち上がり、体の調子を確かめていた。ぴょんぴょん飛び跳ねたりもしている。
「それで、マーシャ?」
「はい。なんだかとても身体が軽いんです。先ほどは眠っていたのかと思うほど。」
「なら良かった。ところで野宿になるのか?このままでは。」
「そうなり…ますね?でもここまで徒歩で3時間程度でしたので。まだ日も高いですから。」
「よし。私が護衛しよう。早速その町へ行くぞ!」
その辺に落ちていた、木の枝を片手に前へ進み出す八千代。
マーシャは、大丈夫なのかと心配をしたが。あの力を見た以上心配は無用だと。
軽くなった身体を存分に動かし、嬉しそうに後を追う。
「ゴブ!!」 スパン
ゴブリンは真っ二つに切る。
「グルル」 スパン
ウルフもこちらへ襲いかかり、噛み付く前に体は真っ二つに切られてしまう。
「これなら美味しく食えそうだ。」
ウルフを木の枝で肉を切り分けた。大きな肉を二つ分ける。
「八千代様?お肉はいいですけど、どうやって焼くのです?」
枝を集める八千代にそう言うが。
片手の指を思い切り擦り上げ、摩擦熱で火花が出た。
「ん?火で焼く。」
指先に強い纏を発生させることで、指パッチンで火を出せる。そうではないと指が抉れるだけだ。
あれから2時間歩き続け、少しマーシャに疲れが見えたので、ウルフの肉を焼くついでに今は休んでいる。
木の枝に突き刺さった肉は、じっくりと焼けていく。
焼けた肉に豪快にかぶりつく。
「うむ!美味い。マーシャも食べるといい。まだ歩くからな。」
「そうですね。あ、味がしない。」
八千代の対照的に、ひどく野生的な味にマーシャは少し悩ましげな顔をした。しかしクタクタに疲れたマーシャにはこの栄養は本能的に外せない。
ゆっくりながらも、確かに食べ切った。
それから1時間と少し、ようやく町の壁が見えてきた。
「やりました。やりましたよ八千代様。」
「そうだな。マーシャはよく歩き切った。無理ならおんぶで運ぶつもりだったけど。さすがだ」
そうだったらとうに助けてと言えば良かったと、マーシャはつい思ってしまった。
しかし、この1日で一生分の経験をしたマーシャは持ち直し、町へ歩き出す。
「ところでマーシャ?私は恩人ではあるよな?」
「もちろんじゃないですか。」
「私って難民みたいなものだが。捕まらないのか?」
「それは一般的ならです。私の恩人であるあなたにそんな不義理をするはずがないではないですか。」
「そうか。本当によかった。壁を外からよじ登って入るしかなかったから。」
「絶対にそれはやめてください。処刑です。」
軽口を話、ようやく町の門まで来た。
数人は門前で検査されているが、あまり待たずに済みそうだった。
しばらく待つと、次に呼ばれた。
「はい。身分証は?」
「私です。マーシャ・クワイエットです。」
「マーシャ様!??どうしたんですか?本日は外出の予定は聞いてないです!」
「それは当然です。話は中でいいですか?」
「もちろんです。おい、マーリはクワイエット様にすぐにマーシャ様の事を言いに行け。ミーリはここで業務を続けろ。すぐにムーリを読んでくる」
「「はい!」」
門番の1人は、中へ走って行った。
「ではマーシャ様はこちらへ。ところでもう1人いますが?こちらは?」
「縁あって、暴漢から幾度も助けていただいたのです。客人なので手荒くしない様に。」
「もちろんです。あなたの名前は?」
「八千代という。」
「ヤチヨさんね。少しマーシャ様と話をしないといけないが。この部屋で休んでいてくれないか?」
ガチャリと開けた部屋には石の尋問部屋の様だった。
「門にはこれくらいしか部屋がなくてね。」
「外よりはマシだから構わない。ではマーシャ」
「はい。少しお話ししてきます。」
2人は奥へ消えていく。1人で簡易的な椅子に座った。
ようやく町に着いた。肉体的には平気でも、精神的には疲れた。
初めての父と近衛家に対する怒り。そして異世界。貴族の娘に犯罪者。
そして初めて殺めた。
重たく、そして逃げられない事実が身体を、精神を蝕む。
しかし、しょうがないという気持ちはない。殺した相手には恨みがあるだろう。した事は度外視にしても。
その恨みや怨念すら受け入れる。私にはこれしか道がないのだから。
心でそう明確に決めた。そうしたら少し気持ちが楽になった。
そのまま八千代は椅子の上で深い眠りが訪れた。




