1話 近衛家
つまらない、人生の何が楽しいのだろうか。
私の名は近衛八千代、八千代と呼んでほしい。私の家は代々日本の警邏隊として日本の治安維持を長年勤めていた由緒ある家だ。
だからこそ、幼い頃から英才教育という名の扱きが多かった。
話し方から立ち姿も少しでもお眼鏡に敵わない場合は竹刀で打たれた。
痣など格闘家より多かっただろう。しかし、それは別に良かった。
生まれは変えられない。いくら傷を負うのも、いくらの暴言で心を擦り減らしても。
「お前は恵まれている。」
の一言で終わった。確かに衣食住に困ったことはない。食べる物や着るものなど当然上等なものである。
建物など大きい屋敷である。とても恵まれているのだ。
だからと言ってきついことには変わらない。特に学術と芸術は大嫌いだ。
暗記は得意だが、数学は大嫌いだ。あのよくわからない数字と記号の羅列を見るたびに指導者にこのムカムカを浴びせたくなるほどだった。
でも運動は大好きだった。特に剣術などの武術は最高の時間だった。
型に沿って軽い木刀を振り下ろすだけで、1日のストレスは晴れた。
週末の実戦形式の稽古になれば、次のストレスが吹き飛んだ。
私が壊れなかったのは、武術があったからだろう。
いや、それだけではない。武術の素晴らしさと武術の先達の心意気に感銘を受けていたのも大きい。
そうでないなら、この持て余した力が、いつの日か、他者に発散されていたのかも知れない。そんな気がしていたのだ。
友達と呼ばれるものは出来たことがない。恋人など尚更存在すら高校の時に知った。
小中学は一度も足を運んだことがない。なぜなら無駄だと近衛家の連中が口々に言うのだ。
近衛家はエリートで、学校の連中はゴミどもだと、悪影響を受けるというのが専らエリート様の話だった。
高校に行けた理由は母だった。
学校に行く必要がないという近衛家と、今まであなた達のいうことしか聞いたことがない。広い世界を見るべきと言う母の意見が食い違った。
本来なら近衛家本家の意見に逆らうことはできないはずだったが、なぜか母の意見が通ったのだった。
高校生活は確かに不思議な経験だった。肉体も精神も未熟な人たちが多く居た。
やれ恋人が~、やれ新しいスイーツが~、ここ綺麗だっただの
しかし近衛家では見られないキラキラした笑顔で溢れていた。
怒る時は顰めっ面をして、映画の感想を話してる人は涙すら流した。
逆に自身と近衛家の異質さに気づいた。それを直す、それを正すことは考えなかった。しかしはっきり自身を含めた近衛家が異物で、この人達が自己を持ち、日々たくさんの感情を糧に生きている。
高校生活は私に豊かな生活を送ってくれたが、一つ最悪な事件が起きた。
高校2年目の春、忘れもしない、5月14日のお昼過ぎ14時のことだった。
刺された。病院に運ばれているがどうなるかわからない。
父の電話だった。ひどく無機質で、誰に話しているのかもわからないほど無の声だった。
授業中に電話を出たことを怒られた。しかしそれすら泡の様な声で遠くで弾けて聞こえない。すぐさま学校の四階から飛び降り、病院の方へ走って行った。
病院に着く頃には近衛家がほとんどで揃っていた。ひどく重たい空間が広がりつつも、粛々と父と話していた。
その中で死という言葉が聞こえた。この後のことは覚えていない。
空っぽになった母の顔を見た時、ひどく違和感を覚えたことくらいだろうか。しかし、それは死というものだろう。
肉があり骨があり、しかし器であり魂は無くなった。それが違和感なのだろう。
つつがなく葬式は終わり、母との永遠の別れになった。
その夜、久しぶりに大泣きした。母は多く語らず、しかしその後ろ姿には勇気と知恵を感じていた。
私はこの後ろを追えば安心だろう、ひどく小さい背中の父と比べてなんで安心するのだろう。
次の日警察と大きな話し合いがあった。貴族と呼ばれる近衛家、しかも現当主であった母を亡くしたのだ。当然だろう。
しかし、その日に私はこの世に絶望したのだ。
虫の知らせを感じたのだろう、いつもはつけないテレビをつけた。
ニュースは母の話ばかりだった。しかし、題名が違う。
【近衛千鶴 当主としての重圧に耐えられず自殺か?】
テレビを握りつぶしてしまった。なぜこの様な嘘八百を出せるのか。
その時に、一つ感じたことを思い出した。
私の高校へ行く時に近衛家本家と言い合いになっていた事だ。
もしかして、母を殺したのは。それで当主の座を。
もしかして当主の座すらどうでも良かったのかも知れない。もしかして反発されたから、たったそれだけだったのかも知れない。
燃えたぎる憎しみの熱は水風呂もマグマに変えるほど熱くなっていた。
しかし、証拠もなければ真実ですらわからない。
その上に真実だとして、こやつらに何かをしたら私は犯罪者だ。
母は、あの母が自身は弱く自殺し。娘は最低の人殺しというレッテルを貼られるのはどうしても我慢ならなかった。
その日から、私は人生がひどくつまらなくなった。
近衛家の言うことには従うことは無くなった。母の様に殺してみろと、もはや上等だと思っていた。
父は私に対し、最初は反抗してきた。しかし力を持って私を制してみろと言ったら黙った。
反抗期と呼ばれるものになったのだろう。近衛家の全てに反抗を示していた。
そのせいなのだろうか、禁止された部屋にも入っていくもの少なくなかった。
日本中の武術をまとめた書斎に、世界の武器を集めた武器庫。
中国や他国から集めた薬草と漢方を作る部屋すらあった。
今までは気構えや型などの殺傷能力が少ない技しか知らなかった。
しかし書斎ではさらに詳しい、それこそ人体を破壊する方法や、人体の神秘や壁走りなど忍術すら書いてあった。
その技を見、部屋で試している時だけが心が落ち着いていた。
しかし18の時、書斎の技を全てできる様になってしまった。その時はかなり落ち着きがなくなった。
もうこの震えるほどの、持て余す力を使える場所は無いのかと。
一つあった、禁止された場所の中で唯一厳重に隔離されて居た。
使用人の1人が他国のスパイだったのか、その部屋に侵入しようとした。しかし近衛家はそう甘く無い。すぐにばれ、その後使用人は連れ去られた。
次の日、身元が不明な死体と思われるものが港で発見されたらしい。
この部屋に入ったら私もまともな目に遭わないだろう。それはわかってる。
しかし、近衛家には育てられた恩の100倍恨みがあった。
扉の前に来た。扉前には2人の門番が立っている。
「お嬢様。こちらには入れません。お引き取り願います。」
「お前らは私のお願い叶えたことがあったか?」
「お嬢様、言葉遣いが悪いですよ。代行に伝えて教育を増やしてもらいましょう。」
「私はこの中に入る。止めたければかかってこい。」
すぐサイレンがなり、すぐこちらへ援軍が来るだろう。
私は素早く門番の1人に近づき、喉元に突きを刺した。貫きこそしないが、呼吸すらままならない。
1人は行動不能にしたところで、もう1人へダッシュで近づき、顔面へ拳を振り上げた。
すぐさま顔へガードを上げ、対応した。しかし全身を使った突きは門番のガードを破り顔面へ突き刺した。
あっという間に門番はダウンした。呼吸困難のやつには首に当て身をして気絶させた。
門は固く閉ざしているが、全身に力を溜めて掌底を浴びせる。
一度ではうんともすんとも言わなかったが、かなりの年月が経ち、少し弱ったのだろう。数回の後、鍵の部分が壊れた。
ひどく汚い、清掃すらしていないのだろう。しかし虫やネズミすら居ないのがあえて奇妙さを加速させたのだ。
門前からは怒鳴り声が響いてくるが、こちらへ進む足音は無い。つまりは皆がここへ来たく無いのだ。
土の洞窟の様な道を進んでいくと、もう一つ変な門があった。
濁った青色で見たことのない素材だった。近いしもので言えばラピスラズリの原石に近い。
錠がないため、かなり重たいが押せばゆっくり開いて行った。
中には大きな円状の部屋だった。
中央に向けて上は大きく開いてあり、5メートルと行ったところか。
真ん中には数段の階段を登った先に地面に不可思議な模様が書いてあった。
まるで、そうまるで古来のヨーロッパで存在して居たと言われる黒魔術の魔法陣の様だった。
「八千代。なんでここに来てしまった。」
先ほどから気配はしてなかったが、いつの間にか父が扉の方へ立っていた。
「父には関係ない。私は、私のしたいことをする。」
「そうだね。八千代のしたいことをするのがいいと思うよ。でもここはダメなんだ。」
「どうしてだ。それにここはなんなんだ。」
「ダメだ。ここでは話せない。うちに戻ろう。ゆっくりそこで話そう。」
あくまでここでは話す気はないだろう、父は話してくれるだろう。しかし、近衛家はこれを決して許しはしないだろう。
「ここからは動かない。なぜ禁止にされているのか。なぜ母は自殺にされたのか。納得をさせてみろ!」
数分だったのか、数時間だったのか。ひどく2人の間の時間は無限の様に感じていただろう。折れた父親が話し出す。
「近衛家には表の仕事と裏の仕事がある。」
「裏?表とはなんですか!」
「警邏隊として日本の治安維持の指揮をとる。日本の平和維持が表の仕事だ。」
「それはわかります。私も警邏隊として日本を守りたいと思ってました。しかし裏とはなんですか!それが母を失ったことと関係があるんですか。」
「そうだ。八千代は異世界という言葉は知っているか?」
「異世界ですか?言葉通りなら違う世界のことですか。」
そうだと父は話し出す。
今より1000年前、悪鬼羅刹が現世に渦巻いて居た頃。時の政府と各武士共は尽力したが、全滅とはならなかった。
数年に一度増える悪鬼共に国は大きく疲弊した。その時に近衛家が鬼共が現れる場所を見つけた。
小さい洞窟だが、次々に鬼が出てきたのだ。鬼を殺し中に入ると魔法陣とそれに浮かぶ異世界の洞窟であった。
異世界同士が繋がり、それにより彼方の世界から鬼が永遠に来て居たのだ。
これに政府も武士達も対策を考えたが、思い付かず。
これもまた近衛家が策を出した。あの洞窟に封印の印を結ぶ。
封印の印、自らの死を対価に人や物を一定期間封印することである。
帝は大きく感銘し、それと同じく親友の死に嘆いた。しかしそれ以外に術がないのだ。
これを境に、近衛家は帝に近しいものとして今に至る、それは長年の恩でもあり、これからの封印をし続けることになる近衛家に対してのできる限りの褒賞でもあったのだ、
「というわけだ、お前の母は異世界を封じるために命を賭した。それにより200年は安泰だ。」
「そ、それだけのために。私の母は死んだのですか?自殺だの尊厳を踏み躙られたのですか?」
「そうだ。本来なら八千代がやることになって居たが。八千代の代わりに手を挙げたのだ。お前は救われた。」
なんということだ、確かに日本から。大局からみたら母の死は当然であり、ありがたい死であることはわかった。
しかし父は、お互い信頼している父や近衛家の人たちもそう思っていたのか。もはや心が違うのだと思うしかない。
どうやら頭でそう考えても心が許さない、八千代の怒りはとうに限界を迎えていたのだ。
身体中に光り輝くオーラの様なものが渦巻く。無風であるこの部屋が暴風により父は目も開けられない。
何より、地面の魔法陣が八千代のオーラを少しずつ吸収している。文字や絵が光りつつある。
「八千代やめなさい。この魔法陣が起動したらお前も母のようになるぞ。無駄にする気か。」
こいつは何を言っているのか。何一つも八千代はわからない。
しかし、一つ聞こえた。この魔法陣は起動してしまう。それは母の元へ行けることを意味している。
だったらめいいっぱい、母にも届ける思いでやるしかない。
暴風は更に増していき、父は遠くに吹き飛ばされた。それはこの石の部屋すら壊していき。屋敷も吹き飛ばされた。
そのタイミングで魔法陣は金色に光り、八千代を包み込み消えた。
後には近衛家の屋敷跡しかなかった。しかし、魔法陣は消え。これから近衛家は人質を上げることは無くなった。




