0話 死んじゃった
小鳥の鳴き声と虫の音。水が流れるような音が耳を通り抜ける。ちょっと硬すぎるものの上に寝ている感覚。…背中、痛い。
ぱちくりと瞬きをして、目を軽く動かして周りを見る。手を動かして顔の近くまで運んでみる。問題ない。
むくりと身体を起き上がらせて自身の身体をじっと見つめる。うん、問題はない。
「えっと……、さっきまでは…」
先ほどあったことを思い出す。猫を愛でて、周りが暗くなっていって、それから……。
「…なるほど、死んじゃったのか」
ぴょんと飛び起きて持ち物と自身の身体を再び確認してみる。服装をチェックしたり足元を見て身長を確認してみたり。肉体は若返った?というよりも再構築された?16歳くらいの女の子の体。別に性別が変わった訳じゃないしそこは大丈夫なのだけども、私がこのくらいの時はもっと筋肉質で細身だったというか……。
華奢になった肉体。前世の時に愛用していた服に懐かしさを感じつつも地面に落ちている細長いものを掴む。
「懐かしい……。〈天涯〉だ……」
前世の時に私が持っていたもの。持ち手を持ってそれを横にゆっくりとスライドしてみる。ゆっくりと銀色が太陽の光を反射しながら姿を現していく。
頭上に持ち上げた。美しい輝きを保つ直刀。少し短かいこと以外はこれと言って見た目に特徴のない刀だけど…。
「……うーーん」
よく考えたらあっても使い道がないかも…。私もう"殺し屋"じゃないし…。それに持ってたら捕まっちゃうらしいし……。
立っている大岩の上でぐるっと一回転して周りを見てみる。街もなければ人の形跡も1ミリも見えない。誰もいない辺境の地。そんな世界に私は今1人で来たのだろうか…?
刀を鞘に納め。スカートについている留め具に接続する。うん、重くないしどこか悪くなったりもしてなさそう…。
「どうやって生きていこう……」
少し考えたら大問題に直面した。今の私はここまで経歴も何もない。周りからしたらただのよくわからない人でしかない…。
そうなるとまた殺し屋になってお金を稼いでみる?
「………お姉ちゃんに怒られる」
多分殺し屋に戻っちゃったらお姉ちゃんにたくさん怒られちゃう。…それは、…いやだ。それに、
「殺し屋……めんどくさい」
1番の原因はこれだ。……単純に、めんどくさい。別に昔だってそれしかわからなかったから仕方なくって感じだったし……。
そうなると道は……。……!……ある!
「私…、働かない…!」
そうだ、私は元殺し屋!生きる術ならたくさん知ってる…!それを生かして好きに生きる…!いける…、これなら怒られない!
石の上…、多分山の頂上にあるであろう巨大な石から世界を見渡す。よくわからない鳥が飛んでいるのが見える。
お姉ちゃんが行ってみたいって言っていた…異世界の鳥。お話でしかみたことがない。
「あの話…、ほんと…!」
異世界に来た私はめんどくさいので人里離れた山でスローライフ。好きなことだけして生きる…!
元殺し屋らしい華麗な動きで石の上から着地して枝の上をかけていく。
少し小柄で可愛いらしい元殺し屋ちゃんは無表情。それでもほんの少し口角が上がる。
楽しみ…!この世界がどんな場所なのか知りたい…!めんどくさいことなんてしたくない!
「私は…、自由…!」
自分勝手なわがまま少女は木の上を駆ける。わがままで気ままな元殺し屋は世界に対してそう誓うのだった。