03.生徒会長の慧眼
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月光を背に、ゆっくりと太刀を鞘に納める一連の所作は、まるで舞踏のように優美だった。
神話喰いが塵となって消え去った後には、静寂だけが残された。演習場にいた誰もが、その圧倒的な光景に言葉を失っている。
あれが、神遺学園の頂点。
Sランク遺産『妖刀・月詠』の適合者、月読さやか。
やがて、けたたましい警報音と共に、教師陣や上級生たちが駆けつけてきた。
彼らは一瞬で片付いた惨状と、そこに佇む生徒会長の姿を見て、安堵と畏敬が入り混じった表情を浮かべた。
「月読君!無事かね!?」
「ええ、問題ありません。ですが、結界が内側から破られています。早急な調査を」
「わ、分かっている!」
教師たちが慌ただしく動き回る中、俺はまだ、自分の右手に宿った不思議な感覚の余韻に浸っていた。
(あれは、本当に俺の力なのか……?)
二つの遺産のデータを束ね、新しい現象を構築する感覚。
あれは、ただの《模倣》なんかじゃない。もっと根源的で、創造的な何かだ。
まるで、神の領域を少しだけ覗き見たような……。
そう、あれはーー…
「君」
思考の海に沈んでいた俺は、冷たく澄んだ声にハッと顔を上げた。
いつの間にか、生徒会長の月読さやかが、俺の目の前に立っていた。漆黒の瞳が、値踏みするように俺を射抜いている。
「神凪…湊君、だったかしら。二年の」
「は、はい…」
なぜ俺の名前を?
全校生徒の頂点である彼女が、俺のような落ちこぼれを認識しているはずがない。
「先ほどの闘い、見させてもらったわ」
周囲の生徒たちが、息を呑むのが分かった。
「え、会長、見てたのか?」「神凪のあの技を……」
「あれは、君の遺産《模倣》の力なの?」
彼女の問いは、核心を突いていた。俺は、どう答えるべきか迷う。
下手に話せば、面倒なことになるかもしれない。だが、この瞳から嘘がつける気もしなかった。
「……分かりません。俺も、初めて使ったので」
「初めて……ですって?」
月読会長は、柳眉をわずかにひそめた。
「偶然の産物にしては、あまりに理に適いすぎていた。あなたは、二つの遺産の特性を理解し、それらを融合させていたように見えたけれど」
(見抜かれている……!)
俺は背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
彼女には、俺がやったことの本質が、ほとんど見えていたのだ。これが、Sランク適合者の慧眼か。
「ぐ、偶然です。必死だったので、何がなんだか……」
俺がそう言って誤魔化そうとした、その時だった。
「神凪君!」
一人の女子生徒が、おずおずと俺の前に進み出て、深く頭を下げた。
彼女は、最初に神話喰いに狙われていた生徒だった。
「あ、ありがとうございました!あなたが時間を稼いでくれなかったら、私……!」
涙ぐみながら感謝する彼女に、周囲の生徒たちの見る目も変わり始めていた。
「そういえば、あいつが最初に飛び出したんだよな」「もし神凪がいなかったら、何人か死んでたかも……」
嘲笑と侮蔑ではない。困惑と、ほんの少しの賞賛。
今まで向けられたことのない種類の視線に、俺の心臓がどくりと跳ねた。
「礼を言われるようなことじゃ……」
俺が戸惑っていると、月読会長がすっと手を上げた。その場のざわめきが、再び静寂に変わる。
「神凪君」
彼女は、もう一度俺の名前を呼んだ。
「その力が、偶然か必然か。それを確かめる良い機会があるわね」
「え……?」
「来週の実技評価試験。楽しみにしているわ」
そう言うと、彼女は俺に背を向け、教師たちの方へと歩いて行ってしまった。
後に残されたのは、彼女の言葉の意味を測りかねて呆然に立ち尽くす俺と、固唾を飲んで俺を見つめる生徒たちだった。
(実技評価試験……)
これまでは、赤点を取らないことだけを考えていた、憂鬱なだけのイベント。
だが、今は違う。
ーー試してみたい。
この、俺の中に芽生えた新しい力の、本当の可能性を。
《再構築》という、俺だけの神話を。
右手の甲に刻まれた紋様が、未来を予言するように、わずかに熱を帯びた気がした。
ご一読いただき、ありがとうございます。