02.模倣の片鱗
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「そこの二人!『雷神の槍』と『風神の盾』を持ってるやつ!俺に能力を貸せ!」
俺の唐突な叫びに、演習場にいた誰もが一瞬、虚を突かれた顔をした。
神話喰いの圧倒的なプレッシャーを前に、まともに動ける者などいない。その中で、俺の声だけが妙に響き渡っていた。
「な、何を言ってるんだ、神凪!お前の《模倣》じゃ……!」
「いいから早く!死にたいのか!」
俺が指さしたのは、腰を抜かして座り込んでいる男子生徒と、震える腕で盾を構えている女子生徒だった。二人の遺産は、それぞれCランクの『雷神の槍』と、Dランクの『風神の盾』。単体では、目の前の怪物に傷一つ付けられないだろう。
だが、今の俺には確信があった。
頭の中に、まるで設計図が展開されるかのような、不思議な感覚が広がっている。
(いける……!この二つのデータがあれば、新しい現象を構築できる!)
俺の気迫に押されたのか、二人は半信半疑のまま、それぞれの遺産を俺に向けた。
その瞬間、俺の右手に刻まれた黒い紋様が、淡い光を放ち始める。
「ーー《模倣》、起動」
二つの情報が、奔流となって俺の中に流れ込んでくる。
一つは、一点に電撃を収束させる槍の【指向性・攻撃性能】のデータ。
もう一つは、風を操り衝撃を拡散させる盾の【操作性・範囲性能】のデータ。
これまでは、どちらか一つしか読み込めなかった。だから、不完全な劣化コピーしかできなかった。
だが、今は違う。
(二つの設計図を、同時に展開する……!足りないパーツは、もう片方のデータで補うんだ!)
脳が焼き切れそうなほどの情報量。だが、不思議と不快感はなかった。むしろ、パズルのピースが次々とはまっていくような、全能感にも似た高揚が俺を支配していた。
「ーーグルルォォォッ!」
神話喰いが、俺という新たな獲物を見定め、巨大な鉤爪を振りかぶる。
絶望的な速度。だが、今の俺の目には、その動きがやけにゆっくりと見えた。
「ーー《再構築》」
俺は、流れ込んできた二つのデータを、頭の中で一つに束ねる。
そして、全く新しい現象を幻視しながら、その名を叫んだ。
「ーー《プラズマ・ジャベリン》!」
俺が突き出した右腕の先に、空気が軋むほどの音を立てて、青白い雷の槍が出現した。
それは、元の『雷神の槍』よりも遥かに不安定で、激しく火花を散らしている。だが、その槍の周囲には、小さな風の渦が無数に巻き起こっていた。
「なっ……なんだ、あれは……!?」
「雷と……風が混ざって……?」
周囲の生徒たちが息を呑む。
そうだ。これは、ただの雷じゃない。
(槍の指向性に、風の操作性を加えた。これで、槍はもう直線にしか飛ばない武器じゃない……!)
「ーー穿てぇェェッ!!」
俺が腕を振るうと、プラズマの槍はまるで生き物のように軌道を変え、神話喰いの鉤爪を的確に避けて、がら空きになった胴体へと突き刺さった。
ジュウウウッ、と肉の焼ける嫌な音。
「ーーギィィィアアアアアッ!」
神話喰いが、初めて苦悶の絶叫を上げた。
致命傷にはほど遠い。だが、間違いなく、ダメージは通っている。
これまで誰も傷一つ付けられなかった、あの怪物に。
「す、すごい……」
「神凪の《模倣》が、あの神話喰いにダメージを……?」
演習場の空気が、にわかに色めき立つ。
嘲笑と侮蔑の対象でしかなかった俺の能力が、今、目の前で奇跡を起こしたのだ。
だが、俺は内心で舌打ちしていた。
(……ダメだ、まだだ)
今の俺では、二つのデータを同時に処理するだけで精一杯。出力が安定せず、威力もコントロールもガタガタだ。今の攻撃も、狙いより三十センチはズレていた。
神話喰いは、怒りに燃える目で俺を睨みつけ、再び突進してくる。
次はない。もっと完璧な一撃を、もっと効率的な組み合わせをーー。
その時だった。
「ーーそこまでよ」
凛、とした声が響き渡ったかと思うと、俺と神話喰いの間に、閃光のように銀色の影が割り込んだ。
翻る、腰まで伸びた美しい黒髪。
その手には、月光を浴びて妖しく輝く一本の太刀が握られていた。
Sランク遺産、『妖刀・月詠』。
そして、その持ち主はーー。
「生徒会長……!」
神遺学園の頂点に君臨する女、月読さやか。
彼女は、俺のことなどまるで意に介さず、ただ静かに太刀を構えた。
「神域を侵す不浄の輩……。我が一刀のもとに、塵と化しなさい」
次の瞬間、彼女の姿が掻き消えーー神話喰いの巨体が、一閃のもとに、音もなく崩れ落ちた。
我ながら、厄介な設定の能力を考えてしまいました。
要するに【模倣】とは、本来の遺産の能力である【再構築】の機能限定版だった、ということです。