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14.亡霊の背中

毎日9時更新です。

 暗い。

 冷たい。

 何も聞こえない、無音の闇。

 俺の意識は、底なしの井戸に沈んでいく石ころのように、ただ、どこまでも落ちていく。


 ああ、俺は、負けたのか。

 仲間たちに、小鳥遊さんに、大きなことを言っておきながら。

 結局、俺は、何もできない『余り物』のまま――。


『――……湊……くんっ……!』


 不意に。

 その、どこまでも続くはずだった闇の底から、声が聞こえた。

 途切れ途切れで、今にも消えそうなほどか細い。


 でも、俺は、その声の主を決して間違えたりしない。

 俺を、初めて信じてくれた、パートナーの声だ。

 小鳥遊さんの声が、まるで一本の蜘蛛の糸のように、沈んでいく俺の魂を、その指先で掬い上げる。


 ダメだ。

 まだ、終われない。

 彼女の声に、応えなくちゃ。

 俺のせいで、彼女を、危険な目に遭わせたまま、眠っているわけには、いかないんだ……!


「――ぁ……あああああああああああああああああああああッ!!」


 俺は、叫んだ。

 全身を駆け巡る激痛も、骨が軋む悲鳴も、全てを無視して、無理やり意識を浮上させる。


 瞼をこじ開けた俺の目に、最初に飛び込んできた光景は――地獄だった。

 高千穂と剣崎が、膝をついている。二人の遺産は、その輝きを失いかけていた。

 貴船が、ただ一人、満身創痍のまま神話喰いの前に立ち塞がっているが、その完璧だったはずの剣技は、もはや見る影もない。


 そして。

 俺が、守ると誓ったはずの少女が。

 小鳥遊栞が、俺から数メートル離れた場所で、制服を血に染めて、倒れている。


 ――その光景を認識した瞬間、俺の頭の中で、何かが、千切れた。


「……よくも」


 声が、漏れる。

 自分でも、聞いたことのないような、低く、澱んだ声。


「よくも、よくも…………俺の仲間を、栞をッ!!」


 怒り。

 後悔。

 そして、自らの無力さに対する、殺意にも似た自己嫌悪。

 その全てが、俺の中で灼熱のマグマとなって、思考を焼き尽くしていく。


 俺の『演算領域』が、悲鳴を上げているのが分かった。許容量を超えている。今すぐ力の行使をやめなければ、魂が焼き切れる、と。


 ――うるさい。

 ――黙れ。

 ――今、そんなことは、どうでもいい。


「――寄越せッ!!」


 俺は、仲間たちに向かって叫んだ。

 高千穂の、剣崎の、そして、貴船の遺産(アーティファクト)。その全ての『神の記述』を、俺は、許可もなく、乱暴に、自分の中へと引きずり込む。


「う、おおおおおおおおおおおおっ!!」


 もはや技の名前すら叫ばない。

 ただ、怒りのままに、デタラメに【再構築(リビルド)】した『力』を、神話喰い(ミスイーター)へと叩きつけた。


 高千穂の『炎』と、剣崎の『盾』のデータを、デタラメに結合し、燃え盛る盾の破片を、獣のようにばら撒く。

 神話喰い(ミスイーター)は、鬱陶しそうに腕でそれを払うだけ。傷一つ、ついていない。


 貴船の『氷』と、高千穂の『炎』のデータを、無理やりねじ伏せ、互いを打ち消し合う、不安定なエネルギーの鞭を振るう。

 その鞭は、敵に僅かなダメージを与えるのと同時に、俺自身の腕を焼き、凍らせ、おぞましい激痛が走る。


 それでも、俺は止まらなかった。

 痛みも、悲鳴も、仲間たちの制止の声も、もう聞こえない。

 ただ、目の前の敵を、破壊する。

 それだけが、俺の全てだった。


 そして、俺は、ボロボロの身体を引きずり、仲間たちの前に、再び立った。

 神話喰い(ミスイーター)を、真正面から睨みつけ、最後の一撃を放とうと、残った全ての力を振り絞る。


 その、無謀で、あまりに愚かで、自滅的な俺の背中を。

 貴船リュウジは、見ていた。



 ◇



 ――やめろ。


 貴船の脳裏に、忘れることのできない、あの日の光景が、鮮明にフラッシュバックする。


 それは、彼がまだ、ほんの子供だった頃。

 神遺学園の学生だった、自慢の兄に会うために、一人でこの学園を訪れた日。


 その日、学園は、未曾有の神話喰い(ミスイーター)の襲撃を受けた。


 逃げ惑う人々。鳴り響く警報。


 幼いリュウジが、瓦礫の下で、死を覚悟した時。

 彼を庇うように、一人の男が、その前に立った。

 兄だった。


『――大丈夫だ、リュウジ。兄さんが、絶対に守ってやる』


 兄は、優しく笑った。

 そして、たった一人で、絶望的な数の神話喰い(ミスイーター)に立ち向かっていった。


 兄の遺産は、強力だった。だが、あまりに不安定で、制御の難しい、混沌の力。

 リュウジは見てしまった。

 仲間が倒れ、追い詰められた兄が、自らの限界を超えて、その禁断の力を解放する瞬間を。

 力に酔いしれ、英雄になろうとした、その独りよがりな背中を。


『――見てろよ、リュウジ。兄さんの、最高の力だ!』


 そして、その力は暴走した。

 敵も、味方も、そして、兄自身をも呑み込む、ただの破壊の奔流となって。


 最後にリュウジが見たのは、自らが放った混沌の光の中で、神話喰い(ミスイーター)に喰われながら、絶望の顔で、こちらに手を伸ばす、兄の姿だった。



 ◇



「――やめろ……」


 貴船の唇から、絞り出すような声が漏れる。

 目の前の光景が、あの日の悪夢と、完全に重なっていた。

 力に溺れ、周りが見えず、ただ、ガムシャラに、自滅的な攻撃を繰り返す、愚かな男の背中。


 また、繰り返すのか。

 また、俺は、目の前で、失うのか。


「やめるんだ、神凪湊ッ!!」


 貴船の、魂からの絶叫が、戦場に響き渡った。

 それは、これまで俺たちが見せてきた、冷徹なエリートとしての彼ではない。

 たった一人の家族を、目の前で失った、無力な少年の、慟哭だった。


「その力は、英雄の力じゃない……! 全てを壊すだけの、災厄だ! 兄さんと……同じだ! 結局、お前も、周りを不幸にするだけなんだッ!」


 初めて明かされる、彼の本音。

 その悲痛な叫びは、怒りの奔流に呑み込まれていた俺の意識を、一瞬だけ、現実に引き戻した。


 そして、その一瞬の硬直が、命取りだった。

 神話喰い(ミスイーター)の、巨大な爪が、俺の頭上へと、振り下ろされていた。

【用語説明】

演算領域とは:遺産の適合者が持つ、魂の、あるいは脳の情報処理能力のキャパシティ。適合者は、この演算領域を使って、「どのくらいの量のエーテルを」「どのように変換し」「どんな形で出力するか」という複雑な命令を遺産に送っています。湊の場合、他の適合ほどエーテルを大量に消費しない代わりに、演算領域だけを、常人の何十倍、何百倍も酷使しています。


神の記述:別名、アーカーシャ。これは後日また本編で説明します。端的に言うと、遺産の設計図。

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