11.正義の盾、不屈なる炎
貴船リュウジが、学園の歴代記録に迫るタイムを叩き出してから、およそ十分後。
俺、高千穂快は、パートナーである剣崎渉と共に、第一模擬ダンジョンの巨大なゲートの前に立っていた。
「――いくぞ、高千穂!」
「おう!」
隣に立つ剣崎の瞳には、一切の迷いがない。まるで、これから始まる試練が、己の信じる『正義』を証明するための、輝かしい舞台であるとでも言うように、その全身から凄まじい闘志が溢れ出している。
最近、西の学園から転校してきたばかりの、クソがつくほど真面目で、暑苦しい男。だが、俺は、こいつのその真っ直ぐさが、嫌いじゃなかった。
ゲートが開き、俺たちはダンジョンへと駆け込む。
その内部は、古代の遺跡を模した、薄暗く、入り組んだ迷宮だった。
「――来たか!」
通路の先から、三体の模擬神話喰いが、唸り声を上げて襲いかかってくる。
俺が前に出ようとするのを、剣崎が片手で制した。
「ここは俺に任せろ。君は、俺の背後から、最大火力の準備だけしておいてくれ」
「へいへい、分かってるよ、パートナー!」
憎まれ口を叩きながらも、俺は、こいつの言う通りに、右手の『聖痕』に意識を集中させる。
剣崎は、迫りくる三体の敵を前に、一歩も引かなかった。
「我が信念に応え、悪を阻む壁となれ!――実装、【正義の天秤】!」
彼の叫びに応え、両前腕の『聖痕』が眩い光を放ち、一対の美しいラウンドシールドが実体化する。
一体の爪が、盾へと叩きつけられる。凄まじい衝撃。しかし、剣崎は、その場から一歩も動かない。
「その程度の攻撃では、俺の正義は揺るがない!」
盾が、受け止めた衝撃を光として蓄える。
そして、彼は、その光をカウンターとして解放した。
「【義憤の衝撃波】!」
盾から放たれた衝撃波が、一体を吹き飛ばし、残りの二体の体勢を大きく崩す。
そこに、俺は、完璧なタイミングで割り込んだ。
「ナイスだ、剣崎!――実装、【炎神の小手】!」
右腕に装着された、黒曜石の籠手。俺は、そこにありったけの炎を込めて叫んだ。
「お前の正義、確かに受け取ったぜ! もらいッ!――【紅蓮螺旋撃】ッ!」
俺の拳から放たれた、螺旋状の炎のドリルが、残りの二体を、まとめて薙ぎ払うように貫いた。
光の粒子となって消えていく敵を前に、俺と剣崎は、背中合わせのまま、ニヤリと笑う。
◇
「……荒削りね。でも、互いの弱点を完璧に補っている。BランクとCランクのペアとしては、理想的な形の一つだわ」
モニター室で、さやか会長が冷静に分析する。
その隣で、鬼塚顧問は、つまらなそうにパイプ椅子を軋ませた。
「ああ。バカが二人揃えば、ただの壁もぶち壊せるってな。面白い」
その言葉は、ぶっきらぼうだが、どこか二人の可能性を認めているようにも聞こえた。
◇
俺たちの進軍は、順調だった。
貴船のように、スマートではないかもしれない。だが、剣崎の鉄壁の防御と、俺の容赦ない火力のコンビネーションは、どんな敵やトラップも、正面から粉砕していった。
だが、ダンジョンの深部へと進むにつれ、俺たちは、貴船が感じたのと同じ、奇妙な『違和感』に気づき始めていた。
「……おかしいな」
次の区画に仕掛けられていたはずの、巨大な刃が振り子のように動くトラップが、完全に沈黙している。
貴船の氷で止められた形跡はない。まるで、最初から電源が落ちていたかのようだ。
「どう思う、剣崎?」
「……不自然だ。まるで、このダンジョン自体が、何かを『恐れて』、その機能を停止させているかのようだ」
「恐れて?」
ありえない。このダンジョンは、ただのシミュレーションのはずだ。
だが、剣崎の言う通り、ダンジョンの奥へ進めば進むほど、空気が異様に重くなっていくのを感じた。模擬神話喰いの数も、明らかに減っている。
「……フン。何が起きていようと、俺のやることは変わらない。目の前の悪を、正義の力で打ち砕くだけだ!」
「へっ、お前らしいな。付き合ってやるよ!」
俺たちは、互いを鼓舞するように笑い合い、最後の部屋へと続く、巨大な扉の前へとたどり着いた。
貴船の奴は、もうこの中にいるはずだ。
扉は、僅かに開いていた。
そして、その隙間から漏れ聞こえてきたのは、模擬戦のはずのこの場所には、決してあるはずのない音だった。
――肉を裂く、生々しい音。
――金属が甲高い音を立てて弾かれる、激しい剣戟の音。
――そして、あの、完璧なはずの男、貴船リュウジの、苦しげな呼吸音。
「……おい、まさか」
「……ああ。様子がおかしい」
俺と剣崎は、顔を見合わせる。そして、どちらからともなく、力強く頷いた。
二人で、重々しい扉を、全力で押し開ける。
そして、俺たちは見た。
そこにいたのは、訓練用のボスなどではない。
体育館ほどの広さがあるその部屋の中央で、一体の、巨大な怪物が、その異形の腕を振るっていた。
複数の獣を無理やり一つに繋ぎ合わせたかのような、冒涜的な姿。その全身からは、モニター越しに見たどんな模擬神話喰いとも比較にならない、濃密な『死』と『混沌』の気配が溢れ出している。
そして、その怪物の猛攻を、片膝をつき、肩で息をしながらも、必死に防ぎ続けている、貴船リュウジの姿を。
「冗談じゃ……ねぇぞ……」
俺の口から、乾いた声が漏れる。
「あれは……本物だ……、本物の…神話喰い……!」
剣崎が、その盾を構えながら、絞り出すように言った。
貴船が、一瞬だけ、俺たちの方に視線を向けた。その完璧なポーカーフェイスに、初めて、焦りと屈辱の色が浮かんでいるのを、俺は見逃さなかった。
神話喰いが、俺たちという新たな獲物を見定め、甲高い咆哮を上げた。
試験だとか、記録だとか、そんなものは、もうどうでもいい。
「――行くぞ、剣崎ッ!」
「――ああ!」
俺たちは、絶望的な戦場へと、その身を投じた。
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