脇役の悪役令嬢とか知らんので逃げます。
(旧題:脇役の悪役令嬢として生きさせられそうなので逃げます。)
寝てたらこんな夢見たんでそのまま出力しただけです。
「ジュリアンヌ・トリッシュラルフローレン。君との婚約は破棄させてもらいたい」
無情な声に冷たい目。むしろ、嫌悪感しか無いと言いたげな表情で、応接室に入るなり彼はそう言い放った。
部屋いっぱいに響くような大きな声ではないのに、それはなぜだか反響した気がした。
公爵家嫡男、わたくしの婚約者。美しく、高潔な、青の貴公子。
「黒魔術に手を染め実の妹を呪う、そんな事が出来るなんて見損なった。心から軽蔑するよ」
「あなたが、それをおっしゃるのですか」
アインツ・ブルーローズレイン。青い目をした金髪の青年のすぐそばには、不安げな表情で彼にそっと寄り添う、わたくしの血を分けた妹、ケイトリンが居た。
白金の髪に桃色の目をした、可愛い可愛い、わたくしの妹。今代の、聖女。
「いくら伯爵家の令嬢でも、禁術を犯した者をのさばらせる訳にはいかない」
「どうして、どうしてですか」
手を伸ばそうとして、動けないことに気付く。あぁ、これは鎖だ。輝く、光の鎖。魔の者を封じ、身動きが取れなくさせる鎖。
「ジュリアンヌ、俺は君を理解したかった。理解しようとした」
アインツ様の表情が、歪む。苦しそうで悲しそうな、そんな顔。
「だが、君はどんどん歪み、ねじれて行ってしまった。なぜだ?」
なぜ、って。そんなの。
「わたくしは、ただ、愛されたかった……どうして……? 何故皆、わたくしを嫌悪するの?」
万感の思いで口にした言葉に、二人はハッと息を呑んだ。
そして彼らは、痛ましいものを見るように、こちらを見る。
今の今まで、身近な人であったはずの、この二人にすら、わたくしの苦悩は届いていなかったらしい。
愛されなかった。誰にも。家族にさえ。
友人など出来たこともない。理解者など居ない。誰からも向けられるのは拒絶。もしくは、無関心。
誰にも認められない、誰からも理解されない、誰にも、何をしても、何をやっても、どれだけ努力を重ねても。
「……ジュリアンヌ、それでも、黒魔術はダメだ……。それだけは、手を出してはいけなかったんだ」
「…………わたくしは、死ぬのね」
黒魔術は禁忌だ。だけど、もうそれしか残っていなかった。対価と引き換えに願いを叶える。そんな魔術。使った者は、身分を問わず斬首刑となる。
「ジュリーお姉様……わたしは、わたしは……!」
「ケイトリン、わたくしは、あなたが憎い」
「……!!」
愛されている妹。両親にも、誰からも、アインツ様にも。微笑めば花が咲き、世界が華やぐ、わたくしの妹。
「どうして、歳も、性別も、見かけもほとんど変わらないのに、あなたは愛されているの? どうして……」
分からない。なにも。
何をすれば良かったのか、何が正解で、何が不正解だったのか。
「どうして、わたくしの欲しいものばかりを、手に入れて行くの?」
学業でどれだけ高い成績をおさめても、どれだけ外見を磨いても、どれだけ人に優しくしても、どれだけ周囲の人々を慮っても、どれだけ様々な魔法やスキルを磨いても。
わたくしの手にはなにも残らなかった。
指先が崩れる。砂のように、ざらりと無くなっていく。
それに気付いたらしい二人が、驚愕に目を見開いた。
「ジュリアンヌ……!?」
「お姉様!?」
風に吹かれるように体が崩れていく。不思議と痛みは無い。ただ、無力感に苛まれているだけ。
妹の不幸を願ったが、聖女として覚醒した妹にはそれが無効化されてしまった。
だけど、対価は対価。黒魔術とはそういうもの。
失敗しても、それは徴収される。
対価として差し出した命が、消えて行く。
「あぁ、そう。初めから間違っていたのね」
「お姉様! 待って、お願い、行かないで!」
ケイトリンが泣いている。純粋で、誰もが愛する可憐な妹。
「わたくし、生まれなければよかったわ」
笑う。ただ、世界を呪いながら笑う。
最期に見えたのは、寄り添い合いながら、なぜだか悲しそうに涙を流すアインツ様とケイトリンだけだった。
どれだけの時が過ぎただろう。一瞬だったような、10年経ったような。そんな不思議な感覚だった。不意に目が覚める。
「あら、起きたのー? 凛子ちゃん、おなかすいちゃったかなー?」
何を言われているのか分からなかった。ただ、目の前の黒髪黒目の女性を見て、懐かしくて、嬉しくて、涙が零れていく。
「あららら、どうちたのりんちゃん!? オムツかな?」
ここだ。ここがわたくしの本来の場所だったんだ。本能でしか分からないそれに、ただ咽び泣いた。
ひと月も経てば全てを理解した。黒髪黒目の小さな赤子、鈴川凛子、それがわたくし──いや、私の名前。そして、ここが本来の居場所であり、魂のあるべき世界。
両親には、とてつもなく可愛がられた。目に入れても痛くないと断言されるほどに。
だけど、それも長くは続かなかった。
ある日の夜、なにかに魂を抜かれたのだ。
体を千々に引き千切られるような、凄絶な苦しみ。
代わりとばかりに、自分と同じくらいの小さな赤子の肉体に入れられ、そして。
『お前は今、この時から、ジュリアンヌ・トリッシュラルフローレンだ。お前の存在は、魂は、この世界にはなくてはならないもの。必要不可欠なのだ』
魂にこびり付くような、この声には何故か聞き覚えがあった。
痛みに泣き叫びながらも、なるほど、と納得していた。
そして、一度、生を経験したがゆえにか。激痛の中にも関わらず、妙に冴えた頭が嫌な結論を導き出した。
黒魔術で死んだ私は、一番初めの生まれた時に、過去に戻ったのではないか、と。
そして今、かつて起きた事象と同じように、魂を入れ替えられた。
あぁ、なんということだ。そうと知っていたなら対抗策を考えたのに。
『だからこそ、脇役の悪役令嬢ジュリアンヌとして生き、そして死ね!』
脇役? 悪役令嬢?
何を言ってるのか分からないが、……それはつまり、同じことを繰り返せということか。
気付いた瞬間、気絶に見せかけて心を閉ざした。
感情も何もかも、全てを閉ざし、思考もしない。
私が全てを悟り、後にどうなるかを知っている事を隠すために。
謎の存在は、黒魔術の気配がした。
一夜明け、謎の存在の気配が完全に無くなってから状況を確認する。紛うことなき赤子である。
ただし、予想通りなら白金色の髪に桃色の瞳をしているのだろう。
肉体と魂は定着してしまっているような気がした。あの存在にそうされてしまったのだろう。
かつて常に感じていた焦燥感が、疎外感であったということにも気付いた。
この魂はこの世界のものではない。肉体だけが、この世界のもの。
つまり、私が家族から、世界から愛されなかった原因は。
(……皮肉なものだ)
どこの世界に、我が子の魂を別人に入れ替えられて、それを愛せる家族が存在するのだろうか。
特にこの世界には魔法がある。本能のようなものが、人々から私を忌避させたのではないだろうか。
(帰らなければ)
まだあの人を母と呼んでいない。どんな手を使ってでも、帰らなければ。帰りたい。帰りたい。帰りたい。
その為に必要な事は何か。強さだ。
黒魔術に打ち勝つ力。魂の楔を解き放つ力。現状を変える力。世界を渡る力を。
何が悪役だ。知らんそんなもの。
令嬢? どうでもいい。
脇役? それこそ意味が分からない。
わたしは、私として生きる。
それに。
(……繋がりは、まだある)
魂と体の繋がり。本来の体の持ち主。彼女は、私の体で生きている。不思議とそれだけは分かった。これも、入れ替えられたという事実に気付いたからこそ理解出来たものだ。
そしてこの繋がりは前回もいつもどこかで感じていて、ある春の日に、プツリと途切れたことも覚えている。
その日は何故だか意味もなく悲しくて悲しくて、独りで枕を濡らした思い出があるのだ。
私がこの世界で孤立し、自滅したことを考えると、同じようなことが入れ替えられた彼女に起きないとは言いきれない。
そしてそれがどれほど苦しいのか、私は身を以て知っている。
あの世界には魔法は無い。しかし、あの家族はどうだろうか。あれほどまでに可愛がっていた我が子の魂が別人になっていることに、気付かないでいられるものなのか。
分からない。分からない、が。あの春の日、繋がりは確かに断ち消えていた。それはつまり、そういうことなのだろう。
(早急に研究を始めるべきだ)
ありがたいことに己が何を出来るのか、どれだけの魔力を持ち、どれだけの魔法とスキルが使用出来るのかは理解出来た。肉体だけが赤子になったような感覚。
幸運な事に謎の存在は私をただの赤子だと思い込んでいた。理屈は分からないが、赤子である私の中に膨大な魔力を感じるのにも関わらずだ。
前回の生ではそれが憎くなる程慣れ親しんでいたが、凛子には無かったもの。しかしそもそも、前回の私も魔力だけは無駄にあった。
つまりこの魔力は、この体に元々あったものか、もしくは、黒魔術で何かされてしまった結果か。……情報が少なく、憶測しか出せないのが歯痒い。
しかしそれよりも、こんな事にならなければそれに気付かなかった己の浅はかさにどうしようもない吐き気がした。
だが、今は雌伏の時。今のうちに計画を立てていくことにしよう。
三年が経過した。
その間、魂というものがどういう性質を持ち、どのような存在であるのかを検証、実験、実践を前提に、まずはこの世界の魂と私の魂の違いを確認した。
そして判明したのは、水と油のように、相反する何かがあるということだ。
馴染ませるか、誤魔化すか、どちらかをせねば前回と同じ道を辿る事になるのは明白。幸運にもまだ私は、ずっと彼女と繋がり続けている。つまり、見本となる魂が世界を隔ててなお感じられるのだ。
ゆっくり、ゆっくりと魂を似通らせる。少しずつ。
誤魔化すだけでは綻びが出る。しかし、完全に同一化してしまえば帰還した際に支障が出る。ならば、彼女と私の魂の性質を混ぜるように同一にしてしまえばいい。そして、それを誤魔化すのだ。それが出来ないなど言わせない。絶対に。
考え方や性格は環境が作り上げるもの。彼女という存在が消えてしまうよりはずっといい。
私は、偽装を施すことにした。彼女の魂には、私という偽装。私の魂には、彼女という偽装を。
それが出来たのも、前回の生で私が様々な分野の魔術式を学び、修得し、昇華させていたから。
そうして三年の間に、私達の魂は、この世界の人々にも、あちらの世界の人々にも、どちらの要素も含む性質を持つ事が出来た。
そうなると何が起きるか。
少しずつ同一にして行ったお陰か、誰にも違和感を抱かせることなく過ごせている。
初めは嫌悪感しか抱いていなかった世話係の女の表情と行動が、三年の間にだんだんと改善されていった。
生きていくのに支障はなかった。ただ泣いて甘えて世話をされる赤子の本能に全てを任せながら、頭の中では様々な計算式を解き、作戦を立てていただけだ。
きっと同じような環境の変化が、あちらの私の体にいる彼女にも起きていることだろう。
魂と魔力は性質がよく似ている。だからこそ、私にはこれが出来た。
ここまで来ればもう、やることは一つ。
世界を渡る力を得るために動き出すだけだ。
「ん、っしょ」
三歳児がゆえの重い頭を、なんとかバランスを取りながら立ち上がる。時刻は世話係も隣の小部屋で寝てしまった深夜だ。
窓の外に幻影を作り出す。黒ずくめの、中肉中背の男。顔を布で隠し、容姿は分からないような姿を。
そして、窓を割って侵入させる。幻影とは言うが、魔力の塊だ。その程度のことは出来る。音に驚いて飛び起きた世話係は私の部屋へと入り、そして。
「きゃああああ! お嬢様!!」
金切り声をあげた。
魔力で出来た黒ずくめの男に私を雑に抱えさせ、そして私はというと、びっくりして起きてしまった子供、としてそれらしく大声で喚いた。
「うえええええん! ぃやぁあああ!!」
「お嬢様! お嬢様っ!!」
私を見て慌てふためき、人を呼ぼうにも刃が私に向けられていると悟ると絶望の表情を浮かべ、叫ぶ世話係。
なぜそんなことをするのか。
この世界の両親は、私が彼女に偽装しても、変わらず私を蔑んだからだ。
世話係も、当初よりはマシな扱いをしてくれているがそれでもただそれだけ。むしろ、伯爵家から出されている私を育てるための予算を着服している。
金づるが居なくなり、更には職務怠慢が露呈するのが嫌なだけで、私を本気で助けようなんて思ってもいない。その証拠に、ただ叫ぶだけで微動だにせず、泣いている私ではなく調度品、しかも手に取りやすく換金できそうな物にだけ目線を送っている。
本当に私が大事なら、ここで手に取るのは。
「お、お嬢様を離しなさい、この下郎!」
世話係は、手の届く範囲の大きくて豪奢な燭台には目もくれず、古くて脆い木のボウルを手に取った。それなりに距離があるにも関わらずである。
私はその間に窓から出て、金切り声を聴きながら幻影と共に伯爵家から脱出したのだった。
常識的に考えれば、己の給料以上の、高くて壊れやすい物を武器にはしないかもしれない。だが、緊急事態であるはずの誘拐現場で、動けば私の命が無くなってしまうかもしれない状況で、一番安くて武器にもならない遠くの木のボウルを、わざわざ探してまで選んだのだ。
その時点で、もう世話係に対する情や恩など消え去った。
きっとこの後彼女は、私を救えなかった罪で殺されるだろう。しかし、慈悲などない。
前回の生でも、まともに世話をされた覚えなど無いのだから。
そして私は、近くの森へ入る。その瞬間に幻影を消し去り、ふわりと地面へ着地した。
三歳児、しかも幼児用の夜着を来た、見るからに貴族の子供。そんな状態ではどこに行こうと目立ってしまう。
しかし、この私が三年の間に何も準備しなかった訳が無い。
魔力で作り出した幻影を身に纏わせる。皮を一枚被るように身体へ重ねると、そこには垢や泥で薄汚れた、一人の小汚い孤児が出来上がっていた。
魂を偽装する難易度と比較すると、むしろ楽でしかない作業だ。
かつて生きた一度目、物心つく前に、はぐれて泣きながら迷い込んだ路地で息絶えていた子供。目に焼き付いて離れなかった、人生で初めての、人間の遺体。血を吐いていたから、内臓の損傷による死亡だったのだろう。記憶から掘り出されたその外見をそのまま出力したからか、衣服には血液が付着している。
黒に近い緑髪と目の色から、異国の血が混じっているのが後になって察された。この色は、かつて隣国だったティルスノア人の特徴だ。この国に取り込まれ、滅亡した国。
その子供が夢にまで出て来て、泣きながら起きた思い出もある。トラウマのようになっていたのだろう。
……今はもう、自分の外見に取り入れられるくらいにはどうでも良いが。
時間軸を考えると、今は生きているかもしれない。もしも知人が居たなら面倒だ。目の色を青に変えておこう。
「さて」
ここからの行動は決めている。まずは井戸を探さねば。小さな足を動かして、目的地へと向かった。
世界を渡るには情報が足りない。世界中からそれが集まる場所はいくつかあるが、その中から選び、そこに己が在籍すると考えた時、どれだけ考えても選べるのはひとつだけだった。
暗殺、諜報として有名だった裏社会の組織『黄昏の雫』。仁義に篤く、人情を重んじる。裏切り者には死を贈るが、仲間には義を。裏社会には珍しい、真っ当な組織だ。
そのアジトは、とある街の外れにある井戸の底から通じている。ダミーのアジトは無数にある為、探そうと思っても探せない。しかし、私は知っていた。
前回の生で、どうしようもなく世界に絶望し、一度だけ身を投げた井戸で、彼らに助けられた過去があったから。
無駄にある魔力で身を包む。三歳児の体は深夜行動に向いていない。体力を使わずに進む為に、魔力を使用する。脳を活性化させ、眠い目を擦りながらも魔力で体を浮遊させた。
そして辿り着いた井戸は、記憶よりも少しだけ新しく見えた。そのまま飛び込み、水の中へ入る。予想外だったのは、魔力で身を包んだせいか水の中で空気の膜が出来て、呼吸が普通に出来てしまったことだろうか。
服を濡らすことも無く、水の中を進む。息を止めて進む予定だったからか少し拍子抜けしてしまったが、膜の中の空気は少ない。結局急いだ方が良さそうだ。
井戸の底は地下水路が繋がっている。他の井戸に繋がる水路だ。その地下水路を、流れに逆らって進んでいく。全ての流れに逆らいつつ遡っていくと、鉄格子に阻まれた。
上を見ると、ぼんやりとした灯り。松明の火だ。
そのまま浮上し、水路から上がる。すると、番人らしき男が驚愕の顔で立っていた。
「な、え、子供?」
随分と驚かせてしまったようだが、仕方ない。水の中から出てきたのに、一切濡れていない子供が目の前に現れればそんな反応にもなるかもしれない。
「たそがれのしずくは、ここであっているか?」
「……あぁ、合っているが……」
「そうか」
「ま、待て、お前は一体」
「かにゅうしんせいにきた」
「……は?」
ぽっかりと口を開け、呆然と声を漏らす男を無視して、歩く。三歳児故に短い足を、魔力で補強しながら歩く。両側の松明の灯りに照らされた通路を歩き、正面の扉を開けた。
途端にあちこちから視線を感じた。裏社会の組織に三歳児が来ることなどありえないだろうから。
「…………話は聞こえていたが、本当に加入しに来たのか」
正面のカウンターから、白い髭の生えた無骨な老爺がこちらを見下ろしていた。鍛えられた肉体は丸太のようで、それにも関わらず見つめる目はとても優しい。
「そうだ」
「……名前は?」
尋ねられて、少し考えた。
この外見はティルスノア人特有の髪色を持っている。ということは、ティルスノアの名前を使った方が良さそうだ。よくある名前にしておこう。
「えとぅぬす」
「……そうか、エトゥヌス。加入に際して、誓いの儀式がある。お前の覚悟を測るものだ」
「かまわない」
「分かった。おい、アレを」
老爺が横の誰かにそう声を掛けた。その人が男性なのか女性なのか、顔立ちすらぼやけて判断が難しいことから、きっと何かの魔術による偽装をしているのだろう。
その人はスッと滑るようにどこかへ行き、そして銀色のトレーを持って戻って来た。その上には黄色い液体の入った透明の瓶が三つ。
「それは毒だ。全て飲み干してみせろ」
「わかった」
老爺の声に答えると、目の前にトレーが差し出された。まずは一本手に取って、一気に煽る。
舌先がピリリとした。有り余る魔力を使って、毒を分解していく。なるほど、これは植物の毒か。
飲み干してから、次の二本目と交換する。グッと煽ると、なんとも言えない生臭さが鼻腔に広がった。これは、生き物から採取したものを複合した毒か。
なんとか飲み干して、次の三本目に口を付ける。一口飲んで、この毒が金属などから作られるものだと理解した。
しかし、そこで問題が発生した。
「……ぅぐ……」
毒にやられた訳ではない。むしろ何も問題無く分解出来ている。味は全部不味いのでそこもどうでもいい。
「……ぅ……」
お腹が、いっぱいになってしまったのだ。
「……うぅう……」
どうしよう。さすがにこれは予想外だ。この程度の水分くらい飲み干せると思っていたのに。
「あぁーよしよしよし、もういいもういいそこまで飲めたら上出来! 大丈夫大丈夫、ちゃんと加入出来るから! ね!」
「……ほんとうに?」
「うんうんうん、大丈夫大丈夫。よく飲めたねー! すごい!」
泣きそうな子供をあやすみたいな猫なで声での対応をされてしまって、なんだかとても不服ではあるのだが、よく考えなくても私は今三歳児だった。仕方ない。
「会長? 本当に加入させるんです?」
「こんなちっちゃい子ほっとけるわけねーだろ馬鹿!!」
「……まぁ、確かに規格外の子供のようですけども……わざわざ会長が対応する必要ありました?」
「ヤダ! ワシだってちっちゃい子と話したい!」
「あー、はい、会長顔怖いから子供には逃げられますもんね」
「やかましいぞラルゾ! あ、エトゥヌスちゃん、解毒薬いる?」
「いらない」
「そっかそっかーえらいねぇすごいねぇ」
目尻も眉尻も下げて、威厳なんてなんにもない顔面と猫なで声で、よーしよしよしと頭を撫でられた。ちょっと意味がわからない。
そうして私は、『エトゥヌス』として裏組織の人間になったのだった。
という夢を見たんだ。(作者が)
ねえ続きは???