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拾伍の6 はらたいらのジタバタ男の更年期

「防犯カメラのこの映像を見て、店舗のレジ打ち従業員に関してなにか思うことはありますか?」

 ピロシキ田中は、「ほづみ」の名を口に出さない。

「ワンオペは無理だな」

「ワンオペ?」

「人件費の問題で、深夜の牛丼屋なんかでよく、アルバイト店員が一人で店を切り盛りさせられてるじゃん。田中さんたちの職域でいえば、田舎の駐在所勤務員とかさ」

「そういう仕事を任せられないっていう意味ですか?」

「うん。周囲がまったく見えてない。複数のことを同時並行でできない。でも、自分ではできてると思い込んでる。救急医療の現場でも使えない。ぼくらの職域でも無理。スーパーマーケットでも駄目だから、今回のような問題というか、事件に発展するんだよ」

「この従業員個人の資質ってことですか?」

「田中さん、更年期障害って分かる?」

「言葉の上では」

「女性に顕著に見られるっていう認識は?」

「そういう認識です。というか、更年期障害といえば女性特有のもんだって思ってました」

「ああ、そう。じゃあ、田中さんが言葉でイメージする更年期障害で、ぼくの言いたい更年期障害は合ってる。はらたいらって漫画家、知ってる? テレビのクイズ番組に名物解答者として常連で出演してて、もう十年以上前に亡くなってるんだけど」

「知りません」

「その漫画家がさ、男なんだけど、得意の自筆イラスト入りで、自らの更年期障害体験をエッセイ本にして出版してるんだよ。もっと以前から男にも更年期障害はあるって、業界…医療業界ね、業界では常識だったんだけど、はらたいらのエッセイで、そのことが一般にもよく知られるようになった」

「……」

「男の更年期障害があまり知られてなかったのはね、女性と違って、個人差が激しいんだ。その現れ方も、顕著になる年齢も、進むスピードも」

「……」

「女性は逆。だいたい同じ年齢で閉経…生理が上がって、横並びで更年期に突入する」

「……」

「体温調節が困難になるとか精神的にいらいらするとかっていうのがよく言われるけどね、ぼくが更年期障害を例に挙げたのは、視野が極端に狭くなるんだ」

「……」

「それは、物理的にも、精神的にも。周囲が見えなくなるし、視界に入っていても、脳に届かない。だから、適切な反応ができない」

「……」

「ぼくも田中さんも男だから、そういうの…視野狭窄(きょうさく)ね、それの進行がのろのろしたスピードかもしれない。そうだとすると、視野狭窄していってることに気づかない。お互い、用心せにゃならんね」

「……」

「『ほづみ』なにがしのそのレジ打ち従業員は、ありゃ更年期障害だな。視野が狭窄してる。おそらく女性だから、その進行は自覚してるはずなんだよ」


「…分かりました。話を戻します。森さんが記憶違いしてた、覚えてなかったって部分です。ーーわたしがクレジットカードかデビットカードをレジ台にたたきつけたことーー」

「ーーちょっと待って」

「はい」

「『たたきつけているように見えること』にならない?」

「たたきつけてはいない、ということですか」

「映像ではたたきつけてるように見えるんだけど、それを見ても、自分がやったことだと信じられないし、その時の状況がまったく思い出せない。だから、なにをしたかったのか、なにをしているのか分からない」

「たたきつけてるように見えることは、見えるってことでいいですか」

「うん。いいよ、それで」

「分かりました。ーーわたしがクレジットカードかデビットカードをレジ台にたたきつけて()()()()()()()()ことーー」

「ーーああ、田中さんねえ」

「はい」

「レジ台って表現はやめてほしい」

「さっきの什器でいきますか」

「什器だと範囲が広いって、田中さんの上席やら検事やらに怒られちゃうかもね。調書を巻き直せって言われて、困った田中さんが偽造調書を、ちょこちょこっと捏造しちゃったりしてさ」

「……」

「カウンター状の天板の上に打ち付けられてるように見えるから、『レジ』を外して単に『台』じゃどうかな?」

「分かりました。ーーわたしがクレジットカードかデビットカードを()にたたきつけているように見えることーー。いいですか」

「うん」

「続けます。ーー買い物かごを二回、手で振り払ってること、買い物かごが床に落下していることが分かりましたーー」

「ーー待って待って」

「はい」

「それだと、かごは向こう側の床に落ちたと誤読されちゃう。ぼくが投げつけたような印象を与えちゃう。防犯カメラの映像を見るまでは、そういうことを言われてるんだってぼくも誤認してるわけじゃん」

「じゃあ、どうしますか」

「落下したのが向こう側だって間違われないようにして」

「こういうのはどうですか。『買い物かごがわたし側の床に落下していること』」

「いいね」

「これでいきます。ーー買い物かごが、()()()()()床に落下していることが分かりましたーー。続けますよ」

「うん」

「ーーわたしは取り調べで、買い物かごを揺らすかなにかした後、手で払いましたと説明しました。映像を見て思ったのは、揺らすかなにかしたというのは、手で振り払った二回のうち、一回目を記憶違いしていたのだとーー」

「ーー田中さん、申し訳ないね」

「はい。なんでしょう」

「『揺らすかなにかしたというのは』の前に、『当該』を付けて。勘違いの対象は、『一回目』だって意味合いで」

「…付けます。ーー映像を見て思ったのは、()()揺らすかなにかしたというのは、手で払った二回のうち、一回目を記憶違いしていたのだと思いますーー。ここまででどうですか」

「いいよ。続けて」

「続けます。ーー三。わたしは、この動画を見て自分の記憶はーー」

「ーー待った」

「はい」

「三ってなに? 一、二はなんだっけ?」

「一は、供述拒否権のこと。二は、『わたしは、今年二月三日に威力業務妨害を行ったことで青葉警察署に逮捕され現在勾留されています』で始まる部分」

「そうか。二がやたら長いんだな。止めてすまんね、続けて」

「続けます。三からです。ーー三。わたしは、この動画を見て自分の記憶は断片的であると感じました。映像に映っていたわたしがやった行為は、記憶にない部分が多いですが、わたしがやったことに間違いありません。記憶にない部分を含めて考えれば、わたしのやったことに非があったと思いますーー」

「ーー駄目、駄目」

「どこですか?」

「『わたしのやったことに非があった』の部分」

「どう直しますか」

「『やったことに』の後に『も』を付ける。『非が』じゃなく、『非は』」

「森さんだけに非があったんじゃない、相手方にも非はあるんだっていう意味ですね?」

「そう」

「直します。ーーわたしがやったことに()()あったと思います。今後、三和とは関わりませんーー。どうですか?」

「三和との関わりの部分ね」

「はい」

「『消費者としての立場も含め』って入れられないかな」

「どういう趣旨ですか」

「店舗に買い物にも行かないっていう決意」

「言い切っちゃっていいんですか」

「いいよ。代わりに」

「はい」

「『極力』を付ける。『避けたい』って、控えめにする。将来的になにが起こるか分からないから、絶対とは言い切れないって担保」

「なるほど。ーー今後、三和との関わりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っています」


(「拾伍の7 A4、B5の頭出し」に続く)

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