拾伍の5 個人と結ばぬ雇用契約
端末代金を割賦払いで契約したスマートフォンは、分割の回数を多め、つまり支払期間を長めに設定した。毎月確実に支払っているという実績を作出し、それをアピールする目的だ。
そして、さらに二年待つ。信用情報機関三社のうち、クレジット会社系「シー・アイ・シー(CIC)」に、自分の信用情報がどうなっているのかの開示を請求する。手数料として千円を支払った。
シー・アイ・シー(CIC)に絞ったのは、クレジットカードの発行がおれの狙いだからだ。
《信用情報開示報告書》
大層な但し書きの郵便物が届いた。
報告書には、携帯電話会社「KDDI」との割賦契約の内容が記されている。過去二十四カ月分の《入金状況》は、いずれも《$》マーク。支払いが滞ると、要注意の《A》マークが付くはずだ。
二年待った理由は、ここにある。《入金状況》欄は二十四カ月分しかないから、それまでは空欄が残り、それを超えると空欄はなくなる。破産宣告を受けた前後のおれは、複数の債務で《A》が並んでいたはずだ。
そして、報告書に記されている限り、これ以外のクレジット情報は存在しない。前述通り、この報告書の内容が信用情報機関の所有する全データとは限らない。むしろ、開示しない、請求できない、つまり「見えない」分母の方がずっと多いはず。
しかし、表面上は、おれにはわずか一社の取り引き先ながら「クレヒス」が存在し、良好に入金が成されている。「スーパーホワイト」ではない。開示報告の限りでは、「ブラック」でもない。
満を持しおれは、クレジットカード会社「楽天カード」に、国際ブランド「VISA」のクレジットカード発行を申し込んだ。
楽天カードを選んだ理由は、主に三つある。
まず、おれが自己破産して迷惑をかけた、つまりおれからの債権回収を断念した複数の金融機関に、楽天グループは含まれていない。グループ会社独自のブラックリストのようなものが存在するとしても、それにおれは掲載されていないはず。
二つ目は、楽天カードのマーケティング戦略として、裾野を広くしていること。学生、主婦、非正規雇用労働者のような、他社では審査が通りづらい、例えば定期収入のない顧客にも門戸を開放している。もちろん、最初の契約時には利用限度額が低く設定される。自社カードで「クレヒス」を積ませ、優良顧客に育て限度額を上げようという狙いだ。
だから、個人事業主のおれでも受け入れられるのではないかという漠然とした期待があった。
それから三つ目。楽天グループとは、「カード」にまつわる取引実績がある。
デビットカードを所有していたネット専業「イーバンク銀行」が二〇〇八(平成二十)年、楽天と資本・業務提携を結び、翌年には「楽天銀行」に商号変更している。おれは、もう一枚の地銀「スルガ銀行」のデビットカード同様、イーバンク銀行、後の楽天銀行のデビットカードを恒常的に使っていた。
審査は難なく通過し、クレジットカードが書留郵便で送られてきた。引き落とし銀行は、楽天カードに勧められた通り、取り引き関係のある楽天銀行とした。
すぐに、二枚目の「マスター」カードを作ればポイントを付与するというネット通販会社らしい甘い勧誘を受け、それに応じる。利用限度額も、知らぬ間に上がっていく。
時を置いて、「みずほフィナンシャルグループ」と包括提携する「クレディセゾン」のクレジットカード発行を申し込む。楽天カードだけでは万が一の資金不足による支払い遅れがやそれによる一時的な利用停止が不安だったのと、「アメリカン・エクスプレス」ブランドのカードを手元に置いておきたかったためだ。
米国発祥の国際ブランド「アメックス」は、日本の「JCB」と提携しており、JCBカードが使える日本国内の加盟店ではたいがいアメックスが使え、アメックスが使える米国内の加盟店では同様に、JCBが使える。
ところが、両国における商慣行や文化の違いで、米国内でJCBのカードを提示しても、断られることがある。見たこともないブランドだからと、詐欺を疑われる。逆に、日本国内でアメックスを知らない加盟店や店員は存在せず、また、もし疑われても、「レジの機械に通してみなよ」と申し向ければ解決する。機械はなんら問題なく受け付ける。
日本と比べ権利・義務意識の強い米国では、不審なカードをレジに通し機械故障を含め損害が発生したら、加盟店側の責任が追及されると、店員は極度に恐れる。その上、英語が未熟なおれは、よけいに疑われる。「レジの機械に通してみなよ」が通用しない。
だから、おれにとってVISA、マスターに次ぐ三枚目のカードは、JCBではなくアメックスなのだ。
そして、「みずほ」回りを選んだのは、前述通り、メインバンクが「みずほ銀行」だから。
フリーランスの外部スタッフとして働き、あるいは作品を納めるに当たり、活字メディアである出版社と異なり、公共放送も民放も、映像メディアであるテレビ局は、個人と雇用などの契約を結ばない。番組製作には多数の局外スタッフが携わり、そのため動くお金が大きいから、経理が不透明になりがちだという理由でだ。
だから、おれたちフリーランスは、局と取引実績のある会社を通じ、報酬を受け取る。間に入るその「取引実績のある会社」が大幅に中抜きする。経理が不透明になりがちだという理由より、「取引実績のある会社」を保護するため、そして、「取引実績のある会社」が既得権を死守する目的が大きいのだと、おれは確信している。
製作スタッフだけでなく演者も同じで、所属芸能事務所などを通じ報酬が支払われる。それを厭う演者は、芸能事務所から独立して法人格を持つ個人事務所を設立し、局との直取引を試みる。
法人格を持つ個人事務所を設立し取引の実績を得る力がないおれは、常に「中抜き」される。
ドキュメンタリー番組のリサーチャーとしてNHKで働いた際、おれの立場は、NHKと取引関係がある番組製作会社の従業員として局に派遣される体だった。報酬も、その製作会社を通じ受け取る。NHKに作ってもらった名刺には、その製作会社名は刷られていないが、関係者が見れば局外スタッフであることが一目瞭然。
その製作会社は、「みずほ銀行」の当時東京・渋谷のNHK局舎内にあった「放送センター出張所」がメインバンクで、報酬の振込先としてそこで口座を作るよう指示された。金融機関全体のリストラで「放送センター出張所」は店舗としてはその後、閉鎖し近隣の「渋谷中央支店」に移転したが、名称としては残存し、おれの口座の支店名、支店番号は「放送センター出張所」のままだ。
報酬を「中抜き」されるからおれが従業員として所属しおれをNHKに派遣する体の「取引実績のある会社」だけでなく「みずほ銀行」にもその「放送センター出張所」にもずっと良い印象を持てずにいたのだが、ふと気づいたことがある。
NHK関係者しか利用しないこの出張所の口座を活用していれば、おれも、収入が安定した顧客と認められる、つまり誤認される、いや、過大評価されるのではなかろうか。
だから、「みずほ銀行」と包括提携する「クレディセゾン」にアメックスのクレジットカード発行を申請することで試してみた。
結果は予想を大きく上回り、発行の審査が難なく通っただけでなく、とうてい使い切れない、たとえ使っても支払い、つまり返済できそうもない額の与信を認められた。
借金は怖い。自己破産の経験から、その恐ろしさを十二分に味わっている。返済が滞ると、社会的信用を失ってしまう。
だから、クレジットカードに頼らず、だけど現金でじゃらじゃら小銭を持ちたくないという事情からデビットカード二枚も温存させ、使い分けている。
金融機関、こと金貸しの会社とは良好な関係でいられるよう、気を配っている。方法は、たった一つ。口座に一定額のお金を入金しておき、そのことにより、支払いつまり返済を滞らせない。
ところが、刑事事件で身柄を長期にわたり拘束されると、それさえままならなくなると、後に気づき青ざめることになる。
強行犯係巡査長、ピロシキ田中による調書作成は続く。
(「拾伍の6 はらたいらのジタバタ男の更年期」に続く)