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拾肆の5 ブルドーザーを売るスーパー

「二回?」

「二回ですね」

「二回目で床に落下してるってことか?」

 もしそうだとしたら、払った二回目を覚えていなくて、だから、落下したことも覚えていないのかもしれない。

「後で防犯カメラの映像を見てもらいます」

 いずれにしろ、不確かなことは口にしない。口にすると、それが調書で一人歩きしてしまう。

 細心の注意を払い供述するよう、おれは改めて身を引き締めた。

「いいよ。さっきの、カードをたたきつけてるって場面も、防犯カメラの映像を見るのが楽しみだ」


「次に移ります。レジ台を蹴った場面です」

「ああ、それね。最初の日にも言ったじゃん。あそこを『レジ台』って言うのには抵抗があるって。地検の調書じゃ、『資器材』にしてもらったんだよね」

「蹴ったことは間違いないですか」

「うん。蹴った」

「なん回ですか」

「一回」

「右足ですか、左足ですか」

 横浜地検の若くて美しい清楚な女性検事と同じことを、やはり聴いてくる。

 しかし、通常の刑事手続きとは順序が逆だ。本来なら警察で聴取し作成した司法警察員面前(いんめん)調書の内容を、送検された先の検察で精査し、さらに聴取し検察官面前(けんめん)調書作成。その繰り返しの結果をもって裁判所に起訴し、来るべく公判に備える。

「覚えてないよ。防犯カメラの映像じゃ、どうなってるの?」

「映ってないんです」

「なにが」

「蹴った場面が」

 本当に映っていないのか、分からない。物証が不完全なのだと、捜査側が被疑者に明かすとは思えないからだ。

 試されているのだと思った。蹴っていないと言わせようとしているのだと、勘繰った。

「そこだけ映ってないってこと?」

「蹴ったとみられる瞬間は、森さんは後ろ姿で、下半身が映ってない」

「下半身が見切れてるってこと?」

「ミキレ?」

「カメラの画角の問題で、腰から上しか映ってないとか」

「そうです」

「まあ、いいや。蹴ったことは間違いないんだし、ずっとそう供述してるんだから。あっ、蹴った回数にこだわるのは、そのせいか? 映ってないせいか?」

 防犯カメラの映像ではかごを手で払ったのが二回だと、ピロシキ田中が言っていたのを思い出した。地検の女性検事が、両方の足で蹴っていないかと言っていたのも思い出した。

「蹴ったのは、足の裏でですか、甲でですか、つま先でですか」

 おれの質問に、ピロシキ田中は答えない。

「垂直に立ってる面を蹴ってるからね。履いてるサンダルの底、つまり、足の裏だな。足の甲で蹴るには、体を複雑にひねらにゃならん。つま先はサンダルから露出してるから、蹴ると自分の足が当たって痛い」

「サンダルの片足の裏で一回蹴った、でいいですか」

「うん。そうね」

「蹴ったのは、レジ台でいいですか?」

「駄目」

「…どう表現しますか」

「地検で供述した資器材も、ちょっとイメージが違うなって後で思い直したんだ。ジュウキでどうかな。ジュウキっていっても、ピストルじゃないよ」

 調書に《銃器》と誤記されぬよう、右手親指を立て、人差し指をフック状に曲げ銃の引き金(トリガー)を操作するジェスチャーをして見せた。

「分かってますよ。重い機械の『重機』でしょ?」

「なに言ってるんだよっ! スーパーマーケットにブルドーザーやらパワーショベルやらの大型建設機械が陳列されてるわけないだろ! そんなのを蹴るわけないだろ!」

「あれ? この字じゃありません?」

 ピロシキ田中は、パソコンの液晶画面をおれに向ける。


《重機》


「違うよ。人偏(にんべん)に漢数字の(じゅう)。キはうつわ。漢字変換してみな。すぐに出てくるから」

「これですか」

 キー操作をした後、ピロシキ田中は、再び液晶画面をおれに向ける。


《什器》


「そう。これ」

「こんな漢字、初めて見ました」

「てことは、手書きしたことも活字で打ち込んだこともないってことか」

「ありません。どういう意味ですか」

「ぼくが蹴った対象物」

「…ほかにどういう物が、この什器なんですか」

「例えばさ、このスチールの机」

 ばんばんと手のひらで天板をたたいた。

「はい」

「事務用什器なんだよ。机に限らず、ぼくが縛り付けられてるこのパイプいすも、でっち上げ調書を保存してるロッカーも、素材に関わらず、オフィスで使う道具一般を総称して事務用什器。オフィス什器でも通用する。もともとは仏教用語だな」

「勉強になります」

「だから、スーパーマーケットにある商品の陳列棚やら、ぼくが手で払ったっていうかごやらは、店舗用什器。あんたらがレジ台って言ってる、レジ打ち店員を三方で囲んでる正式名称がなんなのか分からんものもそう。あっ! いい例え話を思いついたぞ。話していいかな」

「お願いします」

「キッチンに流し台がある。田中さんの家にも、きっとある。キッチンの流し台といったら、どういう機能を持つどういう物体をイメージする?」

「水道があって…」

「それから?」

「水が流れ込む排水口があって…」

「それから?」

「ガステーブルがあって…」

「ガステーブルの機能がビルトインで最初から組み込まれてることもあるよね?」

「はい。それから、物を置くスペースやら収納する棚があって…」

「まだ続く?」

「洗い物を入れるかごがあったり、ビルトインの食器洗い機があったり…」

「もういいよ。田中さん。シンクの部分をイメージして」

「水を流す部分のことですよね」

「うん。英語で水槽とかって意味で、食材や食器をそこで洗ったり、排水口にふたをすれば、水をためたりもできる」

「……」

「『流し台』で田中さんがイメージするのは、シンクだけじゃなく、ガステーブルやら棚やらの部分も含む。でもさ、考えてみな。シンクだけを『流し台』と表現する、そうイメージする人が、そういう層の人がいてもおかしくないだろ? だって、水を流す台なんだから。どちらも間違いじゃない。どちらも正しい。だけど、シンクだけのつもりで『流し台』と言ったのに、それを聴いた相手が、田中さんのような感性の持ち主だとしたら、誤解が生じる」

「……」

「その誤解は、契約や権利関係の争いに発展する可能性が否定できない。むしろ、誤解があるからこそ争いが生じる」

「……」

「ぼくが『レジ台』って表現に抵抗があるのは、そういう理由なんだよ。そういう意味なんだよ。『レジ台』は、聴く人によってイメージする対象が異なる。ぼくが蹴った物を、部分を『レジ台』って調書に書かれると、それを読んだ人物が、実際とは異なる対象物をイメージする恐れがある」

「……」

「田中さんがイメージする『流し台』も、シンクも、『キッチン什器』『台所用什器』って表現すれば、広い意味合いでそのどちらもを含むから、誤解は生じない。生じにくい」


(「拾肆の6 金融ブラック官報告示」に続く)

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