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拾肆の3 助六ずしとペプシコーラ

「店に入ってから、まずどうしましたか?」

「たいてい買う物をおおむね決めて出掛けるから、その日もそうで、それが陳列されてる棚に直行してると思うよ」

「なにを買うつもりだったんですか?」

「食べ物と飲み物。食事一回分か、それプラスおまけの間食分」

「具体的には?」

「食べ物は、パンの類いと米飯の類い。飲み物はーー」

「ーーちょっと待ってください。ベーハン?」

「米でできてる、ご飯の類いだよ。助六ずしとか、おにぎりとか」

「スケロクズシ?」

「助六ずしが分からんか。のり巻きといなりがセットで入ってるパックだよ。見たことあるだろ。食べたこともあるだろ。もともとは歌舞伎用語だな」

「その助六ずしを買おうとしたってことですか?」

「違うよ。そうだったかもしれんが、田中さんが米飯を分からないって言うから、例えとして出したんだじゃないか。これじゃあ会話で例えが成立せんな」

「…パンの類いと米飯の類いの、具体的な商品名は分かりますか?」

「分からん。覚えてない」

「飲み物の方は?」

「ペットボトルに入った炭酸飲料だな。五〇〇ミリリットルぐらいの」

「商品名は分かりますか?」

「おそらくペプシコーラ」

「ほかには?」

「そんなもんだと思う」

「パンと米飯と炭酸飲料の、計三点ですか?」

「飲み物以外の食べ物だけで計三点ほど買おうとしてる」

「パンと米飯で計三点ってことですか」

「うん。記憶の限りね」

「パンと米飯の、それぞれの点数は?」

「どっちかが二点、もう一方が一点」

「飲み物と合わせて、計四点ですか?」

「覚えてるのはね。ほかにあったとしても、そんなに多くはないと思う」

「それをレジに持ってったんですね」

「そう」

「レジに向かう途中、別の商品棚は?」

「歩きながらなにかを見たかもしれんけど、立ち止まって確かめたり手に取ったりはしてない」

「森さん」

「うん」

「すごい記憶力です」

「そぉお?」

「こちらで把握してる品目を言います」

「言って」

「ランチパック一点」

「ああ、食パン二枚に惣菜を挟んで、四方を圧縮してふさいでるやつね」

「それから、ピザパン」

「パン生地にピザパイの具材が載ってるやつだな」

「おはぎ」

「おはぎ? もち米を丸めて餡にまぶした? ぼたもちのこと? そういう甘いもんは、好んで食べないんだけどな」

「それから飲み物は確かに、ペプシコーラです」

「だろ?」

 翌日、カード決済で返金できないからと店長が現金を持ってきており、その時に、前日に買おうとした品目を店長持参のレシートで確かめている。店長来訪がなければ、ここまで詳細には覚えていない。

「実は、もう一点あるんです」

「なんだろ」

「思い出しませんか?」

「思い出さんね」

「牛乳」

「ああ、紙パックのな」

「合計五点です」

「そうかもね」

「いつも買うような物ばかりですか?」

「そうね。代わり映えせんね」


「買う物を入れたかごを持ってレジに行って、どうしましたか」

「どうしたって、レジカウンターに進んだよ」

「その時に、レジ係の店員はなにをしていましたか」

「レジを打ってたんじゃないかな」

「よく思い出してください」

「覚えてない。ビジュアルで思い出せない。ただ、長く並ばされた記憶はないんだよね。列はできていなかったはず」

「前にお客さんは、いましたか」

 そこまで聴かれて、強行犯係巡査長、ピロシキ田中の狙いが理解できた。


 前に客はいなかった、レジ係はレジ打ちの作業をしていなかったという証拠を、ピロシキ田中サイドは防犯カメラ映像からつかんでいる。別の作業をしていた店員のレジに、おれが強引に入り込んだという事実を証明したい、おれの記憶には誤りがあると調書に残したいのだ。

 しかし、レジを閉鎖するような趣旨の表示は、レジカウンター周囲にはなかった。あったとしても、おれの眼には入っていない。そして、レジに進むおれを止めるような、別のレジに誘導するような店側の動きは、おれの認識する限り、なかった。

 記憶が定かでない以上、供述内容を変遷させるのはまずい。


「少なくなくとも長蛇の列はできてなかった。ただ、レジ打ち作業はしてたと思う。自分のかごをカウンターの上に載せて、前の客のレジ打ちを待ってた」


「それから、どうしましたか」

「ぼくの順番が来て、店員がレジ打ちを始める。値段の情報が書き込まれてるはずのそれぞれの商品のバーコードを読み取り機械(マシン)でスキャンした五点、さっき言ったぼくの記憶では四点を、順次、空だった別のかごに移していく。ところが、その途中で…途中でっていうのは、四点か五点の商品をスキャンしてる途中でっていう意味で、なにも言わずにその場を離れる」

「その場とは」

「レジ打ち店員の三方の囲いだよ。そこから出ていって、長時間、戻ってこない」

「時間にしてどのくらいですか」

「正確には覚えてない。異常な長さ」

 数字を言うと、調書の中でそれが一人歩きしてしまう。実際と大きくかけ離れていると、おれの供述の証拠能力が低下する。おれの主張の信ぴょう性が薄れる。

「店員が囲いを離れた回数は」

「二回以上」

「店員が戻ってきて、お互いになにか会話をしましたか」

「ぼくは言葉を発してる」

「なんて」

「『どうしたんですか』とか『なにやってるの』とか」

「それへの店員の反応は?」

「ない。こっちの顔を一切、見ないんだよ。一言も発しない」

「それから、どうしましたか」

「レジ係店員は、傍らの固定電話の受話器を上げる」

「どこかに電話をかけたってことですか」

「かけたのか、かかってきたのを取ったのか、分からん」

「電話の呼び出し音は鳴りましたか」

「鳴ってない。鳴ったとしても、ぼくには聴こえてない」

「それから」

「『ちょっと、ちょっと』とか『おい、こら』とか何度も呼び掛けるんだけど、一貫して無視」

「それから」

「ぼくが、かごを手で払う」

「なぜ払ったんですか」

「このかごの商品のレジ打ちは、精算は、会計はどうなってるんだっていう催促」

「なぜ口頭で催促しないんですか」

「何度も催促してるんだよ。そう供述してるじゃん。田中さん、ぼくの話を聴いてて、そう理解できない?」

「手で払ってどうなりましたか」

 おれの質問に、ピロシキ田中は答えない。

「レジ係店員は、激しい怒り」

「なにに怒ったんでしょう」

「ぼくがレジ打ちを催促したことでしょうね」

「手で払ったって、どういうふうにですか? 投げつけたんですか?」

「防犯カメラの映像を見てるんだろ? 投げつけてなんかないよ。投げつけるって言ったら、振りかぶってオーバースローな印象を与えるじゃん。片手ですくい上げるように、相手に押し付けるように」

「手で払ったのは何回ですか?」

「一回」

「払った後、かごはどうなりましたか」

「見てないから知らん。どうもなってないと思うよ」

「床に落ちたのではありませんか?」

「落ちたとしてもその場面を見てないから知らん」


 送検された先の横浜地方検察庁で若く美しい清楚な女性検事に聴取された際と同じ供述を繰り返した。かごの成り行きは見ていないから、本当に知らない。


(「拾肆の4 メインバンクとカード詐欺」に続く)

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