拾弐の1 中華街の門
菓子パン二つの朝食が済むと留置施設は、前日からの残業組ペアと、その日の二十四時間勤務ペアが入り乱れ、殺気立った雰囲気になる。その時点でおれは未経験の「運動」や、三週間に二回の頻度での「入浴」のためだ。さらに、検察庁への「護送」がある。護送対象者も、運動、入浴は、本人が望めば「間引き」できず、勤務員はてんてこ舞い。
残業組の樽の巡査長が言う「地検の横浜支部」に護送されることになっているらしいおれは、よけいな動きをしたくないし殺気立つ勤務員の手を煩わせたくもないから運動は辞退したし、その日は入浴の日でもなかった。呼び出され、柵の扉が開けられ、手錠腰縄を打たれた。
腰縄にはナイロン製ベルト状の物がワンセットになっていると、すでに書いた。護送ではナイロン製ベルトを、腰の辺りと脇の下に二重に、というか平行ではない二列で巻かれる。
警察の手錠は内部ギアの構造上、鍵がなければ外側に開かず、内側には絞めた分だけ絞まっていく。絞めすぎると手首の血流などに問題が生じることから、ギアの動きを止めるよう操作できる。
鍵の反対側、つまり指でつまむ部分の頭に、一角獣のツノのような出っ張りがあり、それが手錠の「第二の鍵」だ。本来の鍵穴の隣に小さな「第二の鍵穴」が設けられ、そこに「ツノ」を挿し時計回りかその逆かに九〇度回せば、ギアはそこから動かず、それ以上、絞まらない。
「手錠番号を聴かれたら、ここに書かれてる内容を言え。覚えんでいい」
おれに手錠を掛けた、三日目の勤務員である、これまでの二人に比べればかなり若く見える巡査部長に言われた。
《青葉2022 B2》
そんな文字が黒い手錠の丸みの部分に白く打刻されている。
おれの知る限り、現場警察官が貸与され装備する手錠には、所属警察本部名、例えば《神奈川》と、シリアルナンバーが打刻されている。異動は基本的に県内のみだから、手錠はそのまま新天地に持参しそこでも使う。
自宅で通常逮捕された際、刑事課強行犯係巡査部長、ジョー松本がおれの手首にかませた手錠にも刻印があったはずだが、白い塗料がはがれ落ちているからであろう目立たないし、気にも留めなかった。
護送のためかまされた手錠が《神奈川》でなく《青葉》なのは、留置施設専用なのであろう。別の署の留置施設の手錠と取り違えないため、警察本部名ではなく署名で管理しているのだ。
留置施設の外とつながる一つ目の扉の前に、がっしりした体格の、警部の階級章を付けた制服勤務員が立っている。
「留置番号と手錠番号を言え」
「五十九番。青葉にいぜろにいにい、ビーに」
警部が、おれの両手錠の絞まり具合を両手でつかみ確認する。腰縄の絞まりもチェックする。
手錠は左右の輪が三連の鎖でつながっており、三連のうち真ん中だけ大きい。腰縄や、複数の囚人を同時に移動させる際、電車ごっこのようにつなぐ縄を通すためだ。この日は、若い男と二人で電車ごっこをさせられた。
警察官の制服胸の階級章は、階級が上がるごとに、銀から金の面積が広くなる。新聞記者として警察を取材していたころ、公式には幹部としか面談しないから、金色の階級章に眼が慣れており、銀色基調の階級章は、なんだかすかすかで偽物のような印象を受けた。
警察担当を外れると、相まみえるのは現場警察官の銀色階級章ばかりで、逆に金ピカが眼になじまず、偽物のように見える。
留置施設二日目、三日目の朝、点検と称してこの警部が全居室を見回り、異常がないか確認した。点検では正座して点呼に応じるよう、巡査部長に言われていた。
「五十九番」
「はい」
「おはよう」
「おはようございます」
「異常なし」
こんな具合だ。刑務所でも毎朝、やらされていたのを思い出した。そして、一線署で警部の階級は課長職だから、この男は警務課長なのだろうと思っていた。
手錠腰縄でつながれ、厳重な扉を二つ抜ける。署庁舎外に出るのは、初日に精神科医に診てもらいに出掛けたのに続き二回目だ。樽の巡査長が言う「チケンのヨコハマシブ」とはいったいどこのことなのか、確認することもできぬまま引き回される。
階段を降りる際に振り返ったら、銘板が見えた。
《留置管理課》
留置部門は警務課の中にある係だろうと思っていたのだが、「課」として独立していた。つまり、おれが警務課長と思った警部は、留置管理課長だ。
警視正から上は国の定員で都道府県警は勝手に昇任させられないから、都道府県警の裁量で昇任させられるその下の警視が滞り、警察本部にも一線署にもわけの分からないポストが増設されていると、前に書いた。
警視が滞れば、その下の警部も滞る。青葉署の留置管理部門を「課」に昇格させたのは、警部のためのポスト確保目的に違いない。
階段を降りた先に、マイクロバスが止まっている。それに乗せられた。
車内には、先客がいた。しかし、カーテンで覆われており、容姿は分からない。
カーテンで仕切られる座席面積から、向こう側にいるのはおそらく一人だけ。おれが居室としてあてがわれている「少年室」に入るような年少者なのであろう、成人であるおれと顔を合わせるとまずいという配慮なのだろうと察した。
車内のシート席は、通路を挟んで右側が、いずれも進行方向に向かって二座ずつ。左側は、横向きのベンチ式で、車内は左右非対称だ。もう一人の男とは電車ごっこのまま座席の前と後ろに分かれ、座るよう指示される。前のおれが座るシート二座のすき間にロープを通し、後ろの車掌役の手錠とつながっている。
運転手以外に、制服勤務員一人、私服勤務員一人が乗っている。
車窓から外を見ると、署員らしい七、八人が、監視のためだろう、こちらを見ている。そのうちの一人、比較的若く比較的美しい女性は、白バイ乗務用のオーバーオール状つりズボンを履いている。上着は着けていないが、着けていないからこそ、そのオーバーオール状つりズボンで白バイ乗務員だと分かる。
その比較的若く比較的美しい白バイ乗務員が、日光がまぶしいのか、しかめっ面でこっちを眺める。日光のせいでないことは、後に分かる。
青葉署を出て、マイクロバスはすぐに有料道路に入った。今回も、東京湾側に向かっているように感じる。
運転手を含め勤務員三人は常に窓から車外を注視しているようで、「右後方から乗用車が追い越し体制」などと声に発し情報交換する。運転手以外の二人はベンチシートには腰掛けず、片方の膝だけ載せている。
俳優、萩原流行(一九五三-二〇一五)は、東京・杉並区で大型バイク運転中に別の車両と接触し転倒。さらに後続の車両に轢かれ死んだ。
最初に接触した車両について警視庁は「ワンボックス車」としか報道発表しなかったが、そのワンボックス車とは、同庁高井戸署の護送車だった。「(接触に)気づかなかった」と供述する運転していた男性警部補は、自動車運転過失致死傷の疑いで書類送検。東京簡裁が、罰金七十万円の略式命令を言い渡した。
マイクロバス車内での勤務員による異常なまでの安全確認は、この事故を教訓にした結果に違いない。
三十分ほどで有料道路を降りた。樽の巡査長が言う「チケンのヨコハマシブ」が、近いのだろう。
横浜に住んでいながら青葉区民という特殊性もあってもっぱら東京にしか縁がなく、横浜の市街地がある海側の地理にはとんと疎いのだが、メディアを通じて、あるいは直接にも何度か目にしたことのある光景が、車窓から見えてきた。赤、紺、金色に塗られたエキゾチックな、神社の鳥居のような門。中区山下町にある、東アジア最大とされるチャイナタウン「横浜中華街」の、周囲の何カ所かにある門の一つだ。
車が東京湾に向かっているように思えたおれの方向感覚に、誤りはなかった。門の前を通過してすぐ目的地に到着したようで、茶色いビル地下駐車場に、マイクロバスは入っていった。
「指示があるまで動かないでください。順番通り、降りてもらいます」
声を張り上げる私服勤務員は、まるで団体旅行の添乗員だ。
マイクロバスの扉が開き、制服勤務員が、外で待ち構えていた検察庁詰めの同僚に、書類などが入っているらしい荷を受け渡す。
「これ、女性用おむつね」
そう言ったから、カーテンの向こうの囚人は女性で、男であるおれたちとの接触を避けるためのカーテンなのだと分かった。そして、二日前の晩、調剤を待っていたドラッグストア駐車場のワゴン車内での、お茶目な巡査長の「おむつ」発言に合点がいった。
カーテンは閉じられたまま、おむつ女を残し、おれたち電車ごっこの二人が先にマイクロバスを降ろされた。
(「拾弐の2 企てられた喧噪」に続く)




