玖の5 新宿へ電話しただろう
「神田さん。日本郵便は、正規従業員にしても、非正規、いわゆる『ゆうメイト』にしても、都心のビジネス街やら高級住宅街にはやらには、優秀な、これは彼ら日本郵便にとって『優秀な』という意味で、ぼくの感触ではどんぐりの背比べなんだけど、選りすぐりの陣容を敷く。法人のような大口顧客が多いし、郵便職員として、むしろ社会人としての基本が身についていないと、高級住宅街の高級住人に対応できない――」
「――日本郵便の話は日本郵便で――」
「――もうすぐ終着するから、このまま聴いて。自治体の税金、保険料、公共料金納付、収入印紙・収入証紙売りさばきの指定金融機関出納窓口として、役所建物内に銀行の出張所がある。彼らの業界用語で、出納派出所と呼ぶ。青葉区役所には、確か『みずほ銀行』のそれがあったはず。そこは壮年女性職員が一人で切り盛りしてる。若くないから、見栄えの問題で、店舗の窓口業務はさせられない。役職にも就いていない。適材適所ということだよ、神田さん」
「……」
「あなた方も、神田さん。遠藤さん。職員を、『ゆあ~メイト』を、適材適所で配置している。高齢の貧乏人ばかりが住む団地には、無能な職員を置く。無能な職員に、さらに無能な住人を抑えつけさせる――」
「――違います」
神田がおれの発言にストップを掛ける。
「遠藤さん、どうですか」
管理主任、田代やおそらく『ゆあ~メイト』高瀬が雇用される日本総合住生活神奈川西支店副支店長の遠藤は、うつむいて用紙をぱらぱらめくるだめで、口を開かない。
「神田さん。UR都市機構、URコミュニティ、JS日本総合住生活の三社の相関関係は、どうなってる」
「ソウカンカンケイ?」
「指揮命令系統だよ」
「そんな系統はありません。三社が協力しあって仕事をします」
「UR都市機構を頂点に、URコミュニティとJS日本総合住生活とで三角形を成すということでいい?」
宙に三角形を、おれは描いて見せた。
「頂点という概念は、ありません」
神田の説明は、関連文献などの書きぶりと異なる。文献では、UR都市機構―URコミュニティ―日本総合住生活という一直線のつながりだ。
「そんなことより森さま」
「はい」
「新宿に電話なさったでしょう」
「新宿?」
「はい」
「してないな」
「したことは分かってます」
「新宿のどこに?」
「わたくしたちの事業所に」
「いいや」
「してます」
「いつ?」
「六月に入ってから」
神田が勘違いしているのだと分かった。勘違いさせたままにしておくべきだと後悔した。よけいなヒントを神田に与えてしまった。
「横浜の本社には電話したけど?」
「あっ!」
「それがなにか?」
「なんでもありません」
「本社に電話したらどんな問題があるの?」
「ありません」
「新宿に電話したら?」
「ありません」
「なにがないの?」
「なにも問題は」
「神田さん」
「はい」
「新宿にいったいなにがあるっていうの?」
「なにもありません」
神田は苦笑いだ。
新宿にはUR都市機構の大規模な営業センターがあり、前述の通り、先住者が死亡したいわゆる事故物件の「特別募集住宅」抽選会はこの営業センター会議室で行われたし、おれが奈良北団地の入居契約書をUR都市機構と取り交わしたのも、この営業センターだ。
顧客対応窓口だけでなくUR都市機構関連事業所が同じビルに集約されていてもなんらおかしくないが、神田が雇用されるURコミュニティ本社は、田代や遠藤が雇用される日本総合住生活本社がある東京・千代田区神田錦町の近隣ビル。新宿とは結び付かない。
おれたち住人など関連事業所外の者には見えない指揮命令系統があって、横浜のUR都市機構本社から、新宿のいずれかの事業所を通じ、神奈川県藤沢市在URコミュニティ神奈川西支店の神田になんらかの問い合わせなり指示なりがあったのだろう。そのことが、神田は不本意なのだろう。
そして、これも前述した通り、UR都市機構に対しこの月に入ってからのおれは、取材窓口が従来と不変かを確かめたに過ぎず、名乗っていない。トラブルの内容も、どこの団地のこととも、言っていない。
それなのに、UR都市機構側がおれを特定したこと、おれが抱える問題だと特定したことに、空恐ろしさを覚える。そのことを認識させてくれた間抜けな神田には、感謝する。
「神田さん、遠藤さん。後段部分。田代氏が警察への通報に当たり、ぼくが危険物やら凶器やらを所持しているとかってところ」
遠藤は相変わらず、ぱらぱら用紙をめくるだけ。用紙にはなにも書かれていないのではないか、勧進帳を気取っているのではないかと疑う。
苦笑いの神田の表情は、薄ら笑いに変わる。架電したのは新宿にではなく横浜の本社へだとおれが弁解した時から、苦笑いではなく薄ら笑いだったのかもしれない。
「そんな、森さまのお友だちが言ってることを持ち出されてもねえ」
耳を疑った。神田による「なにをそんなに困っているのか」発言の時より、ずっとひどくだ。聴き間違いだろうと思った。だから、確かめてみた。
「ぼくのお友だちとは、だれのこと?」
「危険物とか凶器とか言ってる、お友だちのことですよ」
聴き間違いではなかった。
「神田さん、遠藤さん。田代氏の通報内容について調査した? 録音を聴いた?」
遠藤は用紙をぱらぱら。神田は相変わらずの薄ら笑い。
「少なくとも二回、発信してる。神田さんがおっしゃる通り、ぼくの『お友だち』からの情報。制服警察官が少なくとも四人臨場したのは、そのせい。先月、長野で警察官二人を含む四人が殺害されたから」
「そんな大げさな」
「臨場した警察官が、現場で言ってるんだよ。現場とは、ここの隣の団地管理サービス事務所内で。彼らも、ぼくのお友だちに含まれるのか、神田さん」
団地管理サービス事務所がある左側に向け顎をしゃくった。
「森さまの交友関係をすべて把握しているわけではありませんよ」
「神田さん。あなた方はきょう、いったいなにをしにここにいらしたの。あなた方の会社で調査した内容を、結果を、ぼくに伝えるためではないの」
「その通りですよ。だから、お伝えしたじゃないですか」
「調査の結果をすべて説明してちょうだい」
「これがすべてです」
「さっき渡したメモの内容も含め持ち帰って、精査しなおして」
「いたしません」
「なぜ?」
「これですべてだからです」
それならまた社長宅に行って社長に直接聴く、あざみ野二丁目の日本総合住生活・伊藤治社長宅だけでなく、URコミュニティもUR都市機構にもそうすると言っても、無駄だろう。神田たちは、すでにそれに備え対策を講じている。横浜のUR都市機構がおれをピンポイントでヒットさせ、神田が新宿と言っているどこかの事業所経由で神田の耳にも、おれが横浜の本社を触ったと筒抜けの事実からも、そのことは明白だ。
「分かった。あなた方に尋ねるのは、もうあきらめる」
そう言って、席を立った。三人も同時に席を立つ。
集会所を出る際、隣の団地管理サービス事務所を指さし、おれにぞろぞれ付いてくる三人に聴いてみた。
「調査結果を聴いたから、喪明けで解禁ってことでいいね?」
「駄目です。当分、事務所には近づかないでください」
わざと分かりにくいであろう表現を使ったが、神田にはしっかり伝わっていた。
そして、この言により、問題は未解決であることを神田自身が認めた。
(「玖の6 ジャーナリストの成果物」に続く)
※ UR都市機構「東日本賃貸住宅本部」が、
〒一六三-一三八二 東京都新宿区西新宿六-五-一 新宿アイランドタワー 十六~十九階、二十二階(受付:十九階)
に立地すると分かりました。
(2025.07.17 追記)




