玖の2 言っていないと思う
〈調査の結果がまとまりましたので、ご説明に上がりたいと思います。ついては、森さまのご都合は〉
口腔周りに贅肉が付いた中高年男特有の声質だ。
「そちらに合わせますので、候補日を挙げてください」
鍵の時の神田さんですね、とは、確かめていない。神田はもちろん、おれの人定は事前に十分、調べ上げているはず。そして神田は、自身のことをおれが覚えているかどうか判断が付かないといった口調だ。
〈では、来週の水曜日。十四日の午後二時ではいかがでしょう〉
スケジュール帳に使っている手帳を、おれは開いた。
「いいですよ。空いてます。空けておきます。お願いいたします」
〈もしなんでしたら、もっと遅い時間でも〉
「その日は現在のところ終日、空いておりますので、遅い時間でも構いません」
〈では、森さまのご希望ということで、もう少し遅い時間で――〉
「――ちょっと待てや」
〈は?〉
「ぼくがなにか希望したか? 神田さん。あんたが『もしなんでしたら、もっと遅い時間でも』って先に言い出したんだぞ」
〈ですから、森さまもおっしゃったじゃないですか。『遅い時間でも構わない』って〉
「その文言で、ぼくが『遅い時間』を希望したって理屈になるのか?」
〈はい。だって、そうでしょ?〉
交換したシリンダー錠のかぎ三本のうち一部でも返せなかったら退去時に費用を請求する、そのために、かぎ番号を届け出ろという意味の通らない「ご注意申し上げ」に、届け出た上で一部を紛失してしまったら費用の請求はどうなるのか尋ねたところ、「紛失した場合は別問題」として回答拒否または不能に陥った間抜けさと同程度の低レベルだ。
「じゃ、もう一切なにも希望しません。神田さんの好きにして」
〈もしなんでしたら、もっと遅い日でも…〉
「……」
結局、六月十四日の午後二時に、神田は関連従業員二人を引き連れ、調査結果の説明をしに来ることになった。その日に向けおれは、自分の手元のメモ用、かつ相手にも同じものを示すために、質問項目を箇条書きにした。
こんな内容だ。
一 二〇二三年六月四日付け当方発《配電盤三系統のうち、エアコン用系統が断線しているよう》から始まる文書を、貴職らは理解できない、できなかったという解釈でよいか。
二 管理事務所・高瀬なにがしがブレーカーが落ちていないか確認するよう言われたという神奈川西住まいセンター職員の名前を、例えば「部内(内部)のことなので言えない」などではなく、「失念した」ですらなく、「忘れた」とするのは、それが貴社関係機関内で通用する通常のビジネス用語ととらえてよいか。
三 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏が、「(高瀬なにがしは)『忘れた』とは言ってない。きちんと『忘れました』と言っている」とするのは、上述 二 で尋ねたように、当該「忘れました」が貴社関係機関内で通用する通常の【きちんとした】ビジネス用語ととらえてよいか。
四 URコミュニティ神奈川西住まいセンター・松縄氏が「(当方が)困るでしょう。困ることになると困るでしょう」とするのは、従前に続き今後も同様の嫌がらせ(例えば、居室不具合の点検・修理方願い出たことに対し課される無理難題)が続くこと、ないしそれらがさらに増大することを予告・宣告した脅迫(刑法第二二二条ほか)ととらえてよいか。
五 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏が、上述 四 の松縄氏発言を、「言ってない。絶対に言ってない」と断じたものの、その後、「(自分は)『言っていない』とは一切言ってない」と変遷。さらに、「『言っていないと思う』と言っただけ」と変遷するのは、その場しのぎの欺騙ととらえてよいか。
六 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏が、URコミュニティ神奈川西住まいセンター・松縄氏発言に関し、「じぇーえす、じぇーえす」と連呼しながら自らのポロシャツ胸の刺繍部分をつまみ上げ、自らはURとは無関係と主張することと、松縄氏発言の存在を「言ってない。絶対に言ってない」「言っていないと思う」と否定することの整合性。
七 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏が、警察への通報に当たり、当方が武器(または凶器あるいは危険物)を所持しているという趣旨を主張しながら、管理事務所の女性(人相着衣からそう判断)職員二人を避難させず誘導せず取り残したまま自身のみ事務所を離れたことの合理性。
八 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏が上述七 のような内容で通報したのは、虚偽告訴(刑法第一七二条ほか)ととらえてよいか。
九 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏による「わたし(田代氏)、あなた(当方)とは話したくない」発言の真意。
十 JS日本総合住生活神奈川西支店管理主任・田代修氏による「正規の手続きとしてこちら(JS日本総合住生活?)でやらせていただきます。セッキンキンシ(接近禁止?)命令を出してもらいます」発言の真意。
十一 一連の出来事により当方は、貴社ら・貴職らの巧妙なわなにはまったととらえてよいか。
本作の連載に当たりおれは、過去の記録探索と並行しながら執筆、投稿している。第陸章「気に入らないから退去しろ」、第漆章「スラッグ弾をはね返せ」を書いていたころには思い出せず関連記録も見つからずで、田代らの異常さをその一部しか活字にできていない。
この十一項目の質問事項など当時の記録を発掘するたびに、おれが受けた、そして今もおれの知らないところで彼らは加害を継続しているであろう一連の被害の記憶がよみがえり、戦慄が走る。
管理サービス事務所隣の集会所を指定された。
十年以上前、初対面のはずのおれにペンの頭を向け、「こいつ?」と暴言を吐いた管理主任、渋谷の問題を隣人同士の騒音トラブルにすり替えた、おそらく神田と同じ職責の気色悪い中年男が、おれを呼び出しパイプいすに座らせ、おれの片ももを自身の片手のひららひたすらさすり続けた場所だ。
指定された日時に、集会所に降りていった。すでに三人の男がおれを待ち構えた。
彼らと名刺交換した。
《神奈川西住まいセンター
お客様相談課
課長
神田 裕治
YUJI KANDA
UR都市機構業務委託者
株式会社URコミュニティ
〒252-0052
神奈川県藤沢市藤沢462番地
日本生命藤沢駅前ビル9階
TEL:0466-26-3100
FAX:0466-26-7600》
縦置き横書きの名刺最上段には、URのロゴマークと並んで、《URコミュニティ》と、下段の社名と重なる太字表記がある。
裏面には、社是のような文言。
《UR賃貸住宅において
安全・安心・快適な
住生活環境を提供し、
地域社会に貢献する
企業を目指します。》
電話の印象通りの小太りで、五十歳前後に見える。
十年前に片ももをさすってきた変態男からも同じような名刺を受け取ったはずだが、どこを探しても見つからない。
URコミュニティからもう一人、技術サポート課課長。事業所所在地、電話番号、ファクシミリ番号、名刺デザインは神田と同じ。神田よりは若い。
そして、前の週、伊藤治社長邸宅前で、牛の巡査、石川を介してメモ入り名刺を交わした、日本総合住生活神奈川西支店副支店長の遠藤。
社長邸宅前では遠距離で容姿がよく分からなかったが、同一人物だ。細身で、四十歳前後と思える。
(「玖の3 なにをそんなに困っているのか」に続く)




