伍の4 スエズ運河で郵便屋さんごっこ
マッサージ中国人をやり過ごし、町田市森野二丁目の株式会社三和社長、小山真邸前に到着した時、空は白んでいた。太陽の南中高度が最も高く、よって日照時間が最も長い六月下旬の夏至を過ぎたばかりだから、日の出は早い。
用意しておいた「飯を催促するギコ猫が『なんらかの法的措置』を催促する」渾身の出来栄えのA4版用紙刷り出しアスキーアート入り封筒をおれはリュックから取り出し、小山邸門柱の、受け口が縦長の郵便受けに投げ入れた。受け口の向こう側から、空っぽの郵便受け底にギコ猫が落ちたことを示す「コトン」と乾いた音が聴こえた。
町田駅まで歩いて、小田急小田原線の新宿行き始発に乗った。乗客はまばらだ。座席に腰を下ろした。
終点から四駅手前の「代々木上原」で、東京メトロ千代田線に乗り換えた。「表参道」駅で、同銀座線に乗り換えた。「虎ノ門」駅で降りた。
港区虎ノ門は、明治時代にそのまま皇居となった旧・江戸城の主要城門で、見張り番所が置かれた三十六カ所の「見附」の一つに由来する地名だ。超高層ビルが集中する大規模なオフィス街で、官庁が立ち並ぶ、おれの取材の主戦場の一つである千代田区霞が関と隣接するが、虎ノ門にはとんと縁がない。だから、この駅で降りる機会はめったにない。
目指すスズエ・アンド・スズエビルは、すぐに見つかった。
二〇〇六(平成十八)年築の地上九階、地下二階建てのオフィスビルで、名称の「スズエ」は、地権者の氏名に由来するようだ。当初、地中海と紅海を地峡で結び、アフリカとアジアを分断するエジプトの「スエズ運河」のことだと読み違え、弁護士、藤間崇史宛て郵便で宛て先を誤記してしまったのだが、投函前に誤りに気づき、書き直し・封入し直ししたことがある。
おれがこのビルに到着したのは、午前六時過ぎ。官民事業所が休業する土曜という事情もあってだろう、建物内に人気はない。往来の激しい区道に面する正面玄関前に立ってみたら、自動ドアが開いた。
町田市の小山真邸郵便受けに投げ入れた「ギコ猫」双子の片割れを、弁護士、藤間崇史が所属するという大江・田中・大宅法律事務所の郵便受けに、小山真邸と同じように投げ入れるつもりでいた。しかし、自動ドアが開いたから、行けるところまで行こうと考えた。
取材は、地理的にも対象者的にも、「行けるところまで行く。阻止されるまで立ち止まらない」場合と、「阻止される可能性を検討し、そこまでは歩を進めない。一歩前で立ち止まる」場合の、両極端な手法がある。事案の性質や取材者の性格、考え方、チーム取材か個人戦かによって選択は異なるが、おれは後者を選ばなければならない特別な事情がない限り、前者を選ぶ。その方が良い結果をもたらすという経験則を勤め人時代に得た。
ホールを進み、その先にあるエレベーターの上向き矢印のボタンを押す。かごは一階に待機状態で、扉がすぐに開いた。無人だ。乗り込み、六階の行き先ボタンを押した。
六階に到着しエレベーターの扉が開いた。扉の外に照明は灯っておらず、避難経路を示す緑色の誘導灯と、窓越しの朝の陽ざしだけがロビーを照らす。
大江・田中・大宅法律事務所の名称が刻まれた小さな銘板が、開いたエレベーターの目の前の扉に掲示されている。その扉の向こう、すなわち大江・田中・大宅法律事務所内に、人がいる様子はうかがえない。半透明の型板ガラスからは内部の明かりも外に漏れていない。中は真っ暗だ。
呼び鈴があったが、押さなかった。なんらかの反応があるとかえって困るから。面倒くさいから。反応があった場合の対処いかんを準備していないから。
用意しておいた「ギコ猫」入り封筒を、扉と床の間の一センチほどの隙間に差し入れる。封筒の角の一部を猫の耳のように、事務所の外、すなわちロビーにはみ出させた。出勤してきた職員か来訪した関係者に、瞬時に気づかせようとした。
上がってきたのと同じようにエレベーターに乗り込み、一階に下りた。先ほどはいなかったはずの老婆が、床をモップ掛けしている。
「おはようございます」
おれを視認した老婆が、口を開いた。ビル内のいずれかの事務所関係者とでも誤認されているのだろう。おれも同じように、あいさつを返した。
入ってきた正面玄関を出て、建物の外周をぐるっと回った。真裏に、コインロッカーに似た形状と大きさの、集合ポストのような物がある。黒っぽい一つ一つの扉は、縦、横とも四十センチほど。本来なら、そこが「ギコ猫」捨て場所のはずだった。
集合ポストは敷地のやや奥まった場所にあり、そこまで足を踏み入れなかった。《関係者以外立ち入り禁止》の札があったし、防犯用監視カメラのような装置が、奥まったスペースの天井からぶら下がっていたから。
ビルの中に入ったし六階まで行ったし事務所扉下に「ギコ猫」を差し入れたしで、その途上のどこかにも防犯用監視カメラがあったはず。不審なおれの容姿が映ったはず。それはそれで仕方ない。「ギコ猫」を差し入れる目的のためだ。
しかし、目的は達成したのだから、無用にカメラの被写体になることは避けようと考えた。
それでも、おれは、ビル正面に戻り、再び玄関から中に入った。
「このビルの郵便受けがあるのは、建物の裏だけですか?」
掃除をしていた老婆に、ビルの裏つまり奥の方を指さし、尋ねてみた。
「…郵便はほれ。あり。郵便局が…」
老婆は要領を得ない。外国人なのかとも疑ったが、要領を得ないものの語句は流ちょうな日本語だ。認知症気味なのかもしれないと悟り、老婆との会話はあきらめた。
ビルを出た。
まだ午前七時にもなっていない。歩いて三十分の千代田区永田町にある国立国会図書館が開館する九時半まで、三時間近く。
空は薄っすら曇っており日差しは弱いが、暑い。土曜の早朝から営業しているカフェのような涼める場所は、スマートフォンの地図機能では見つからない。
参拝客のふりをして道中の金刀比羅宮に入り込み、境内のベンチに腰を下ろした。「ふり」を徹底するため、鐘を鳴らし、両手を合わせてもみた。賽銭箱にはなにも納めていない。
そこでしばらく、時間をつぶした。その間に、木々の影の位置が、つまり太陽の高度が大きく動いた。
大学の多くが夏季休暇に入っている時期であるためと、図書館も休館になる二連休の前日であるためだろう、国立国会図書館は混雑していた。
土曜の国立国会図書館は、平日より二時間早い午後五時に閉館し、利用者は追い出されてしまう。しかし、そのまま電車を使うなどして帰路に就くと、「高齢者の高齢者による高齢者のための」団地の三年ぶりの夏祭りに遭遇してしまう。
そして、土曜で官民事業所は休業しているから、知り合いが勤める会社や、取り引き先といった、寄って暇をつぶせる格好の場所がない。もし知り合いが出勤していても、それは通常ではない休日出勤であって、おれの相手をしてくれる暇はあるまい。
おれは、買いたい物もないのに家電量販店に寄って商品を見たり、飲食店でもたもた食事をし、アルコールをちびちびなめ、お茶を飲んで、午後十時過ぎに帰宅した。
団地敷地内には、出店で売られていたであろう食べ物、飲み物の空容器が散乱し、『宴のあと』状態だ。
翌日の夏祭り二日目は、部屋にいた。
〈きのう以上に、張り切っていきまっしょおぉぉ〉
マイク越しのじじいの声が聴こえる。スピーカーの音声は割れている。タイトルも歌い手も分からない三年前まで毎年聴かされた盆踊りの伴奏のような曲と、生演奏らしい太鼓の音、じじい、ばばあの歌声が交互に繰り返される。
スイス発祥という黄色い耳栓を両耳に挿入し、「宴」が終わるのを、おれは寝て待った。
(「伍の5 喪黒福造クライマックス」に続く)




