弐拾玖の4 あばよダチ公
伝説の俳優、松田優作(一九四九-八九)は、当時としては芸能界でも珍しいその高身長、とくに四肢の長さから、体に合う既製服が見つからず、映画出演などで着る衣装はほぼオーダーメード品。そして、やはりサイズの問題で別の俳優では着回せず、撮影が終わるともらい受けていたという。
キャリア初期のころ、最初の妻、美智子(一九四九-)が趣味で編んだセーターを、優作に贈った。しかし、美智子が参考にした編み物の教科書はずいぶん旧い物で、よって編み方も編み目も完成品のデザインも時代遅れ。
ところが、編んだ美智子も贈られた優作も、そのことをまるで気づかずにいた。二人にとって共通の劇団仲間から、美智子は指摘された。
優作は初主演作となるコメディ・青春映画『あばよダチ公』(一九七四)と、脇役で出演した児童向け映画『ともだち』(同)で、美智子が編んだセーターを着ている。
「映画でわたしが編んだセーターを着ている優作の姿を見ると、冷や汗が出る思い」
後に美智子は述懐する。
低予算製作だったという『あばよダチ公』で優作が演じる主人公は、強盗と殺人未遂の罪で三年間服役後、出所し電車で向かった千葉・浦安市の駅に降り立つ。季節は夏なのに、冬の装い。逮捕、収監されたのは寒い時期だったと、観客に印象づける。
映画冒頭のこのシーンで優作が着ていたのが、美智子手編みのセーターなのだろう。収監前に入手したセーターだと解釈すれば、デザインが旧いというのはかえって自然だ。
おれが神奈川県警青葉署に、家宅捜索からそのまま通常逮捕されたのは、酷暑の八月上旬。略式命令を受け釈放されたのも同じ月。
しかし、横浜地方検察庁がでっち上げた威力業務妨害事件の発生はその年の二月だ。事件時の着衣など一式を、正規の手続きを踏まないまま青葉署が押収したのは前述した通り。
身柄を放たれた横浜地検で、ハーフコートなどかさばる冬物を一方的に返却され、担いで持って帰ったことも、すでに述べた。
美智子がいうもう一つの映画『ともだち』は、川崎市の工業地帯で仕出し弁当屋を営む一家の小学生の長男と、気管支ぜんそくを患うクラスメートの少女との触れ合いを描く作品。家業柄、衛生管理に関する誤った思い込みから持病がある少女を自宅に招待できない主人公の、頼りないながらも相談相手となり背中を押す、おそらく住み込み設定の従業員を演じるのが、優作だ。
尺にしてわずかの登場シーンで優作は、確かにセーターを着ている。劇中も冬場だった。
映画公開時、そしてほぼリアルタイム設定の一九七四(昭和四十九)年に着るセーターとして編み方が旧いのかどうか、服飾デザインへの関心が薄いおれには分からない。
青葉署の留置施設で同室だった四十番の男、野村が「内縁の夫婦関係にあった」と主張するものの所属音楽製作事務所は全否定する、夭逝した美しいシンガーソングライターが、作品に添えたり販売促進ツールに使ったり、それ自体をミュージックビデオにしたりの静止画、動画で、あるいはメディアに出演したりで着用した衣装には、製作サイドが用意したものと自前のものが混在するという。
撮影直前になってイメージが違うからと、製作サイドが急ごしらえで手配したエピソードも残されている。
これらのエピソード自体が、ひょっとしたら、創作なのか。彼女のイメージを固定させそのモデルで売り出すためのマーケット戦略だったのか。
次に述べる事実から、おれは、そうは思わない。
スイス製の、おもちゃのような腕時計を左手首に巻く彼女の静止画、動画が複数存在する。それぞれ別のシチュエーションで、ロケ地は遠隔。衣装も別。
若く美しい女性アーチストを、その「美しさ」を前面に押し出す撮影において、腕時計などの小物は衣装に勝るとも劣らず重要だ。
映画やテレビドラマの製作の世界に「スクリプター」という専門職がいる。別の専門職が兼ねることも、もちろんよくある。
これら創作物はシーンをぶつ切りにして撮影するから、演者の衣装や立ち位置、大道具、小道具が前のシーンとそれに続くシーンで矛盾がないよう正確につなげなければならない。それを管理するのがスクリプターだ。
登場人物が引き戸の玄関から入ったはずなのに、それに続く家屋内側から見たシーンでは、開き戸から入っていることなどよくある。刀を抜いて突入したはずなのに、次のシーンではさやに収まったまま、という時代劇も、よくある。前のシーンの撮影時とそれに続くシーンの撮影時で、登場人物が整髪したり負傷したりで人相が変わっていることも、よくある。
よくあってはならない。スクリプターが阻止しなければならないのだ。
では、夭逝した美しい女性シンガーソングライターが頻繁にはめているおもちゃのようなスイス時計を、どう解釈すればよいか。
いくつかのヒントがある。
彼女の映像の多くは、没後に公開されている。生前には眠っていた素材が、前述の所属音楽製作事務所によって徐々に開放されてきている。その過程で、「別の現場で同じ時計」が散見されるようになったのかもしれない。
また、衣装や小道具担当スタッフに限らず、彼女の製作現場には、プロフェッショナルとしての練度、意識の高い者とそうでない者が混在していたと捉えざるを得ない証拠がいくつもある。そのことは彼女の作品昇華に寄与もしたし、残酷にも、彼女が命を落とした原因に直結していると、おれは考えている。
現場のプロ意識、練度の欠如やそのことの彼女の作品、余命への影響については、章を改め述べる。
ただ、おもちゃのようなスイス製腕時計がそれぞれ別シチュエーションで映り込んでいる問題は、撮影に当たり製作サイドが準備した衣装と自前のものが混在したという彼女に関する伝承の傍証になり得る。
おもちゃのようなスイス時計は、自前だった。彼女の私物だった。撮影隊の衣装係や小道具係は、彼女の時計を取り替えさせなかった。
そのことになにか理由があるのか、つまり、積極的で意図的なのか。
そんなあざとさは、マーケティング戦略は、彼女や周辺からは感じられない。残念なことに彼女が命を落とした事実も、その傍証だ。
なんにでも合わせられるからおれは身に着ける物について、消去法で黒色を選ぶのだと、青葉署の取調室で刑事課強行犯係巡査長、ピロシキ田中に話したのは、前述した通りだ。汚れが目立たないという理由もある。
黒を選ぶこれらの理由と同じように、おれは、ジーンズと革を好んで身に着ける。プライベートでは、会社勤めを辞めてからは仕事でも、葬儀など特別な場合を除きこのスタイルを通す。
多少汚れても、傷んでもそれなりに格好が付くことのほか、優れた素材という観点もある。皮膚科医療機関にかかると必ず「アトピーか?」と医師に尋ねられるほど肌が弱く、化学繊維の服を着ると炎症を起こす。炎症の原因が着ている服にあるのだと、成人してから気づいた。
綿、麻、皮革など天然素材だと、皮膚トラブルが起きない。
そして、おれは改めて気づかされた。夭逝した美しい女性シンガーソングライターが着用している衣服は、驚くほどおれとの共通項が見て取れる。
没後に発掘されたものも含め、出回っている映像で彼女が着る服に、自前の私物が多分に含まれていることは、関係者による証言や、おもちゃのようなスイス時計の例から明らか。
彼女の嗜好は、あるいは同じ読みである思考(いずれも大和言葉ではない)は、おれと同じだったのではないか。
ーー人間ってのはさ、なんかこう/冗談か本気か分からない、ぎりぎりのところで生きてるんじゃないかしらーー
日本テレビドラマ『探偵物語』(一九七九-八〇)で、松田優作演じる工藤は言った。
ーーぼくらがいう取材と、取材に縁のない人がイメージする取材は、その意味するものが大きく異なります/今こうして検事さんから聴取を受けているのも、ぼくにとっては逆に、取材ですーー
スーパー三和と株式会社三和をいつの段階から取材対象と認識したか横浜地検検事、鈴木陽子に聴かれ、おれはこう答えた。
夭逝した美しい女性シンガーソングライターは、衣装係スタッフが用意したかのような自前の私服で、あるいは逆に、まるで自前の私服と見間違えられそうな衣装で撮影に臨みフレームに収まった。
(「弐拾玖の5 究極の嫉妬」に続く)




