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アスキーアートに法曹ぶち切れーーカスハラ容疑で不当逮捕ーー  作者: 森史之助
弐拾肆 内から見るか? 外から見るか?
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弐拾肆の3 二十万円納入じらす

 昼飯に手を付ける前に、隣の建物の横浜地方検察庁(ちけん)に電話を入れておいた。その日が、《督促状》で設定されている罰金二十万円の納付期限だからだ。


 この額の罰金の略式命令を出したのは、おれがロビーで飯を食おうとしている建物にある横浜簡易裁判所(かんさい)だが、罰金を納める先は、略式起訴をした横浜区検察庁(くけん)の事務を取り扱う横浜地検になる。

 これは拘禁刑(当時は懲役刑、禁固刑)や死刑も同様で、検察の求刑に基づき裁判所が判決を下すが、収容される先は、拘禁刑だと、検察庁と同じ法務省の機関である刑務所。死刑も、法務省の機関である拘置所。死刑を執行するのも、拘置所の刑務官。

 つまり、悪者の生殺与奪はことごとく法務省が握っている。前述通り、法務省の主要ポストには検察庁採用の検事が就くから、検察庁が握っていると言える。


 神奈川県警青葉署の留置施設で同室だった四十番の男、野村と思われる被告人の初公判がこの日の開廷表から見つからなかったら、おれは、直接、隣の横浜地検に歩いて出向き、事情を説明しようと考えていた。しかし、午後に公判スケジュールが組まれていることを覚知するに至り、なんらかのアクシデント遭遇で傍聴できなくなるのを避けるため、裁判所建物から出ないでおくことにしたのは、前の項で述べた通り。


 地検の徴収担当とされる番号の電話を、おれのメイン携帯電話「赤色一号機」で鳴らした。釈放の日に顔を合わせた、《督促状》にも印影のある男性事務官、寺山(てらやま)が出た。


「罰金のことなんですけどね」

〈きょうが納付期限ですよ。納めていただけましたか?〉


 隣の建物にいることは言わない。


「払えないんで、労役場に入れてもらおうと思ってます」


 払えないこともない。手放すのが惜しい金額だし、納めるにしても、時期を極力、後にずらしたい。自営業者の宿命(さだめ)で、商売(ビジネス)のための運転資金をできるだけ手元に温存しておきたい。

 横浜刑務所にあるという「労役場」を、取材してみたい気持ちもある。前回の労役場留置で埼玉の川越少年刑務所に「潜入」してから、十年以上経つ。その後の変化や、川越と横浜の違いに、興味もある。


〈労役場留置のご経験が、おありだとおっしゃってましたね〉

「はい」

〈でしたらそのやり取りの手順はお分かりだと思います。こちらから改めて、呼び出し状を送付します。それに従って、出頭してください〉


 寺山の口調は、言葉遣いは冷静なものの、いら立っているように聴こえる。


 埼玉県坂戸市に住んでいた当時、二五〇ccのバイクで深夜の帰宅途中、同県警地域部自動車警()ら隊の白黒パトカーに止められ飲酒検知され「赤切符」を交付され、書類送検先の所沢区検副検事に略式起訴されその隣の建物にある所沢簡裁で道路交通法違反に基づく罰金二十五万円の略式命令を受けてから、実際の労役場留置までに一年以上かかった。

 その間、所沢区検から督促状を何度も郵便で受け取り、今回と同じように、労役場に入るのだと電話で回答。なんとか罰金で納めろ、と区検の事務官は毎回、なだめるように言った。

 労役場に投獄すると、衣食住の面倒を見なければならず、看守などのための人件費も割かねばならずで、労役名目の軽作業をさせても、国の予算の「持ち出し」がかえって多額に上るからだ。

 しかし、二度目の労役場留置は、一年も待ってはもらえまい。


「それでね、寺山さん」

〈なんでしょう〉

「医療機関にかかってて、常備薬と同じものを、労役場でも処方してもらいたい」

〈では、その薬を持参してください〉

「刑務所内部には、持ち込めないのよ。前回も検察で今の寺山さんみたいなことを言われたんだけど、持ち込めなかったのよ」

〈処方薬が分かるようなメモでも準備すればいいじゃないですか〉

「そのメモさえ、持ち込めないの。持ち物はすべて、牢屋に入る際に領置されるの」

〈メモは持ち込めます。薬も持ち込めます〉

「この十年で制度が変わったの? 同じ矯正管区でも、川越と横浜じゃ扱いが異なるの?」

〈十年前のことなんて知りません。川越のことも知りません〉


 寺山もおれも、だんだんと言葉遣いが乱暴になる。おれは寺山に合わせているつもり。寺山はきっと、逆の見方をしているだろう。


「分かった。じゃ、処方薬の心配はしない。薬を調剤薬局の薬袋ごと持ってく。呼び出し状を待ってるから」


 がちゃんと受話器を乱暴に置いたのが分かる音で、電話は切れた。


 裁判所一階ロビーに掲示される「開廷表」には、法廷ごとに、開廷時刻と閉廷予定時刻、事件番号、被告人姓名、罪名、裁判官と書記官の姓名が記されている。

《撮影禁止》

 大きな注意書きも貼り出されている。

 各法廷の出入り口付近にもその法廷のみの開廷表が貼り出され、やはり《撮影禁止》だ。


 野村と思われる被告人の公判の一つ前に、同じ四〇四号法廷で、野村と同じ詐欺罪の被告人の初公判が組まれている。担当裁判官は、野村と同じ。

 裁判官の移動の手間を省くため同じ裁判官の担当する公判を同じ法廷で開くことは日常的だから、おれは、そのことを気にしていなかった。おれ自身の移動の手間を省くため、さらに言えば、裁判所庁舎内においてもなんらかのアクシデントで野村の公判を傍聴し損ねるのを避けるため、それに備え、午後一時半からの詐欺罪も傍聴し、四〇四号法廷にこもることにした。


 書記官はすでに自身の席に着いている。午後一時半の開廷時刻少し前に、二十代と思しき女性検事が関係者出入り口から、それに続いて、三十代に見える男の弁護人弁護士が入ってくる。

 検事、弁護士が入ってきた、おれたち傍聴人も歩く廊下に面するのとは反対側の扉から、私服警察官の男二人に伴われ、手錠姿の被告人が入ってくる。腰縄はない。

 私服警察官二人はそろって、バッジ型警察手帳のネックストラップを首に掛け、手帳を可動部分で反転させバッジ面が見えるように、ワイシャツ胸のポケットに挟んでいる。

 バッジ型警察手帳がなくても、彼らが警察官であることは一目瞭然だ。なぜなら、二人のうちの一人は、おれが釈放される八月三十日の朝、青葉署を出発するマイクロバスの中で、「在庁だな?」「思うってなんだっ!」と乱暴な物言いで迫ってきた、人相の悪いあの五十路男だったから。

 五十路男が、傍聴席のおれに、つまり元被疑者が傍聴席にいることに気づいている様子はない。


 午後一時半ちょうどに法壇の奥の扉が開いて、黒い法服に身を包んだ男性裁判官が入ってきた。


「ご起立願います」


 やはり黒い法服の書記官が声を上げる。傍聴席から見て左側の検事も、右側の弁護士も、おれ以外に数人いたおれを含む傍聴人も、書記官自身も立ち上がる。

 裁判官を含め全員が一礼するのだが、おれは新聞記者時代から、礼をせず下を向き「したふり」だけでそのまま再び着席する。権威に対する反抗心の、おれなりの表し方だ。


「それでは開廷します。被告人は証言台の前へ」


 すでに手錠を外された初老の男は法壇上の裁判官に促され、証言台まで一人で歩いて移動する。灰色の服を着ているが、囚人服ではない。

 裁判官による人定質問が始まる。


「本人かどうかの確認をします。名前は、なんといいますか?」

橋本(はしもと)××です」

「生年月日はいつですか?」

「昭和三十四年×月×日生まれです」

「本籍地はどこか、分かりますか?」

「大阪市東淀川区××××」

「現住所はどこですか?」

「大阪市東淀川区××××」

「仕事はなにをしていますか?」

「無職です」

「起訴状では『会社役員』となっていますが?」

「当時はそうでした。今は無職です」

「分かりました。これから、検察官が起訴状を朗読します。いすに座って聴いていてください」


 被告の男は、証言台の前のいすを自ら引いてそこに座る。


「それでは、検察官」


 裁判官に促され、女性検事が立ち上がり、すでに卓上で開いていた分厚い青いファイルの記述内容を甲高い声で読み上げる。


「まず、令和五年六月二十六日付け起訴状です。被告人は、新型コロナウイルス感染症対策として厚生労働省が設けた特例措置である雇用調整助成金をーー」


 国からお金をだまし取って詐欺罪に問われているということのようだ。

 しかし、ぼんやり聴いてぼんやりメモを取っていたおれの耳を疑うことを、検事は言いだした。


「ーーノムラ×××らと共謀の上ーー」


 四十番の男、野村のものと思われる、開廷表にもあったフルネームだ。


(「弐拾肆の4 還付金じゃなかった」に続く)

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