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アスキーアートに法曹ぶち切れーーカスハラ容疑で不当逮捕ーー  作者: 森史之助
弐拾肆 内から見るか? 外から見るか?
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弐拾肆の2 三日目の正直

 全国の地方裁判所とその支部には、刑事事件の公判、民事事件の口頭弁論の日程が決まったら逐次書き足される「期日簿」が総務を所管する部署に備えられており、その裁判所に巣くう司法記者クラブ加盟報道機関記者は、自由に閲覧できる。

 職員にその義理はないのだが、電話での問い合わせにも、彼らの仕事が立て込んでいなければ応じてくれる。

 しかし、もはや記者クラブ員でないおれは、一般の傍聴人として期日を覚知しなければならない。

 刑事事件の公判期日や開廷時刻、法廷を期日前に知るには、事件番号と被告人フルネームを申し出る。こっちは今も、電話が基本。

 事件番号が分からない場合、被告人名の漢字や、起訴されている罪名で補完できる。逆に、被告人名があやふやでも、事件番号に加えて同様に罪名が分かれば、対応してもらえる。

 開廷当日になれば裁判所内に開廷表が掲示されるので、そこから自身で探せる。

 一度傍聴すれば、閉廷前に次回期日が設定される。


 期待しなかった京都の弁護士から見ず知らずのおれのスマートフォンに電話があったのは、弁護士自身も、神奈川県警青葉署の留置施設でおれと同室だった四十番の男、野村の事件について、神経質(センシティブ)になっているということだ。本人の主張通り、私選弁護人解任にも危機感を抱いているのだろう。


 この年の十月は一日が日曜で、翌週月曜の九日は、移動祝日であるスポーツの日(旧・体育の日)。つまり、裁判所が開庁する、公判が開かれる「平日」で、おれがのぞき見て記憶にある一桁の日は、二、三、四、五、六の連続する五日間。

 自分の事件の釈放直後、横浜簡易裁判所(かんさい)による罰金の略式命令を拒否し横浜地方裁判所(ちさい)での公判に持ち込むための取材活動で期限(リミット)までに平日が少ないことを悲嘆したが、今度は、平日が少ないことを、どこにいてどんな格好をしているのかも知らない(カレンダー)の神に感謝した。

 十月最初の平日である月曜の二日から連日、横浜地裁詣でに励む。


 取材などの所用で遠隔地に出掛ける際、移動のための時間と費用を有効活用するため、つまり無駄(ロス)を極限まで切り詰めるため、スケジュールが詰まっていない限り、出先近隣で別の用事も済ませる。だから、予定より何時間も早く自宅を出発する。目的の仕事を終えても、その周辺に留まり、あるいは帰路でどこかに寄り、帰宅が遅くなる。

 勤め人時代はこんな牧歌的な動きはできなかったが、フリーランスの現在、一つの仕事のために遠距離を往復しても、どこも交通費を負担してくれないから、こういう節約癖が身に付く。


 開廷期日の分からない野村の公判傍聴のため、横浜地裁に毎日、朝から乗り込む。これは、早朝の開廷だと知らずに遅れて行くと、傍聴しそこねてしまうから。

 そして、野村の公判があってもなくても、別に用事がなければ夕方まで裁判所かその周辺で過ごす。官庁街だから、暇を持て余すことはない。

 都内に通勤する者やその家族のベッドタウンとして機能するわが家周辺は、新宿、渋谷と私鉄一本でつながっているが、横浜市の官庁街がある沿岸部に出向くには、複数路線を乗り換えるか、バスを併用しなければならないのは前述した通り。

 手錠腰縄を打たれ被疑者の身分で隣の検察庁舎から勾留質問を受けるため、被告人の身分で略式命令を受けるため連行された裁判所庁舎に、手も腰も拘束されていない状態で、自分の意思に基づき正面から入っていく。


 地下二階、地上十三階建ての裁判所庁舎は、午前八時半に開扉される。おれたち外来の傍聴人は、建物に入ってすぐにある「関所」で、空港の出発ロビーのような手荷物、身体検査を受けなければならない。


「はさみのようなものが見えるんだけど、これなに?」


 トンネルのような機械におれのリュックを通しながら、その向こうでモニター画面を見ていた警備会社の制服姿の中年男性が言う。


「あれ? 刃物の類いは全部、出してきたはずなんだけどな」


 機械から出てきたリュックの中身を自ら点検し、筆記具を入れているネット式ポーチに、文具の小さなはさみが入っているのを見つけた。


「これですか?」


 刃先を手に持ち、取っ手側を相手に見えるよう示した。


「ああ、そうだね。それはね、持ち込めないから、あっちのロッカーに入れて」

「準備万端のつもりだったんだけどなあ」

「大丈夫、大丈夫。なんも問題ない」


 久しぶりの傍聴なので、「抜かり」があった。

 警備員に伴われ玄関側に戻り、ロッカーの使用方法を教わり、はさみだけ収納した。別の物を一緒に入れると、収納したことを忘れてそのまま帰宅してしまったら困るから。はさみ一本くらい、失っても大して困らないから。


 一階ロビーを進むとその先のエレベーターホール手前に、「開廷表」が掲示されている。

 十月二日、野村らしい被告人の公判の予定は見当たらない。

 野村がいう「詐欺」の罪名の公判が入っていたから、法廷をのぞいてみた。キャッシュカードが不正使用されていると銀行員や警察官になりすまし高齢者からカードをだまし取るという、今世紀に入って急増した典型的な特殊詐欺の一種だ。

 公判が一度の期日で終わることはほとんどなく、二回目以降の期日の傍聴では、その事件の背景を知っていないと審理の内容をつかめない。この事件も、よく分からないまま閉廷し、次回期日が設定された。

 朝から夕方まで、民事事件の口頭弁論を含め各フロアの法廷をのぞいて回った。さび付いているに違いない傍聴取材の勘を取り戻す目的もある。

 ロッカーに収めたはさみは忘れず、持ち帰った。


 翌日も、同じようなことの繰り返しだ。

 強盗致傷罪の審理を傍聴した。裁判員裁判だった。青葉署に勾留されていたおれの国選弁護人のZ弁護士が「裁判員対策で増えている」「要は見かけ」と言う女性ではなく男性検事だったが、陳述の口調はていねいで、発語ははっきり、スピードもゆっくりだ。


「量刑、つまり、どのような刑に処すべきか、ということですがーー」


 明らかに、司法方面には門外漢であろう法檀上の裁判員たちを意識していると分かる。


 そして、地検詣で三日目の十月四日朝、はさみなど危険物の入っていないリュックをトンネルのような機械に通し、自らも鳥居のような金属探知のゲートをくぐり、勝手知ったるロビー奥まで進み開廷表をにらみ、ついに見つけた。「詐欺」の罪名で、「野村」の姓の被告人の、「第一回」公判が入っている。四階の四〇四号法廷で、午後二時半から三時半までの予定。

 姓が野村のフルネーム下の名前に、おれが記憶していた「夏」の文字は入らない。別の漢字を、読み間違えていた。「女みたいやろ」という野村の自嘲が納得できる。

 これに違いない。

 外に出て交通事故といったトラブルに見舞われ傍聴し損ねることがないよう、開廷までずっと庁舎内で過ごす。

 昼食は、職員向けであろう地下一階の臨時の出店のような弁当売りのおばちゃんから買った。


「空き容器は、どこに捨てればいいの?」

「またここに持ってきて」


 売り物が載るテーブルの脇には、その一部を粘着テープでテーブルに固定した、ごみ処分用の大きなポリ袋が口を開いている。


 コロナ禍の影響か、同じ地下一階にある職員用食堂スペースは、閉鎖されていた。

 人通りの激しい一階ロビーのベンチで、弁当に(はし)を付けた。おれと同じような食事風景の傍聴人が、何人かいた。


(「弐拾肆の3 二十万円納入じらす」に続く)

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